一つめは「同じものばかりでは全滅する」ということです。19世紀におきたアイルランドのジャガイモ飢饉。同じ品種を全土で栽培したために一斉に病気になり食糧不足になってしまいました。
二つめは「人は専門家を目指す」ということです。キャリア・カウンセリングではキャリアを8つに分類しています。その中の半数の人が「専門」を希望します。
最後は生態学。「ひとつの場所(生態学のニッチ)には、ひとつの生き物しか存在できない」としています。38億年の歴史で生き物が獲得した方法論です。ニッチで考えることが大切です。
●ジャガイモ。一品種栽培がもたらしたアイルランドの悲劇
ことわざに「卵はひとつのカゴに盛るな」というのがあります。カゴを落としたらすべて割れてしまうからです。
1845年のアイルランドにこれがおきました。当時アイルランドでは収穫量が多いランパー種のジャガイモばかりを栽培していました。そこにジャガイモの「胴枯れ病」が発生。同じ品種ばかりだったため、胴枯れ病はすぐにアイルランド全土に広まってしまいました。
当時の貧しい人たちの主食はジャガイモ。次に蒔くための種イモまで食べることにもなり大飢饉となってしまいました。これが約5年間続き、1841年に818万人だった人口は飢饉が終わった10年後の1851年には655万人まで減少してしまいました。
減少は飢餓からの病死だけではなく、アメリカをはじめ各国への移民もありました。ジョン・F・ケネディ大統領や「マクドナルド」の創始者マクドナルド兄弟もこのときの移民の子孫でした。
アイルランドのジャガイモ飢饉は歴史上の大事件として世界の人びとに記憶されることになりました。同じものばかりでは危険です。他とは違う独自のものである「ニッチ」という考え方が必要です。
●キャリア。「ひとりの専門家」として仕事がしたい
米国の心理学者として著名なエドガー・H.シャイン博士は8つのタイプのキャリア・アンカーを提唱しました。
「自分はどのようにして働きたいか」ということの分類です。①専門・職能別、②全般管理、③自律・独立、④保障・安定、⑤起業家的創造性、⑥奉仕・社会貢献、⑦純粋な挑戦、⑧ライフスタイルの8つです。
一番に説明しているのは、特定の仕事に対して意欲を感じ、専門家(エキスパート)になることに満足感を覚える「専門・職能別コンピタンス(能力)」。
シャイン博士が教え子を卒業から13年後まで追跡。調査やインタビューをした45名のうちおよそ半数がこのタイプだとしています。
日本でも職種別採用が注目されてきています。これまでのように入社して各部署を何年かごとにまわってやがて出世して社長になるなんて変ですよね。社長は4年か5年に一人で十分ですから。
ヒトは自分の能力を高めることが好きです。集団生活だった先史時代に焼きつけられた遺伝子の記憶ではないでしょうか。専門家はつきつめていくと「ほかのだれにもできない」という独自のポジション、つまりニッチに到達することになります。
●生態学の教え。マウンドにピッチャーは二人いらない
「ニッチ」の重要性を語るなら、なんといっても生態学です。生態学専門の稲垣栄洋静岡大学教授は『敗者の生命史38億年』でニッチについて以下のように述べています。
生物にとってニッチとは、単にすき間を意味する言葉ではない。すべての生物が自分だけのニッチを持っている。
(中略)
ニッチの争いは、野球のレギュラーポジション争いにたとえることができるかもしれない。
一番の背番号をもらえるエースピッチャーは一人だけ。キャッチャーもファーストも、すべてのポジションには一人だけが選ばれる。ピッチャーが交代するときには、一人のピッチャーはマウンドを降りなければならない。ピッチャーマウンドと同じように、一つのニッチには一つの生物種しか占めることができない。
生き物が38億年かけて出した結論が「一つのニッチに一つの生物種」です。私たちも、この法則に従うべきではないでしょうか。
ニッチの獲得です。「そんなにたくさんニッチはない」と思うかもしれません。しかし生態学が解決法を教えてくれています。たとえば「棲み分け」です。サバンナの草原でシマウマは地面に近い草を食べ、キリンは高い木の葉を食べます。
問題の解決にニッチという考え方が役にたちます。ここからマーケティングとして考えるのがニッチ・マーケティングです。これからの社会にとって重要だと思います。
妻はゆでたブロッコリーが好きです。私はブロッコリーの茎をよく食べています。「これは食べ分け?」。いや……ただの「力関係」かもしれません。
<参考文献>
ブライアン・フェイガン/東郷えりか、桃井緑美子訳『歴史を変えた気候大変動 中世ヨーロッパを襲った小氷河期』河出文庫 2023
エドガー・H. シャイン/尾川丈一、石川大雅他『シャイン博士が語るキャリア・カウンセリングの進め方』白桃書房 2017
稲垣栄洋『敗者の生命史38億年』PHP研究所 2019