新しいニッチな飲食店はなかなかできるものではありません。飲食店の歴史は古く、食べるものについて人びとは保守的です。しかし生態学のニッチの考え方をヒントにすると飲食店のアイデアが出そうです。「環境の変化」に注目するのがポイントです。

●生態学の新しいニッチは「環境の変化」から

生態学の専門家である稲垣栄洋の『弱者の戦略』第四章にはこう書かれています。

 それでは、新たなニッチというものはあるのだろうか。
 残念ながら、長い生物の歴史のなかで、ジグソーパズルのピースは全てはめられて地球上のほとんどのニッチがすでに埋められている。
(中略)
 それでは、この世の中に新たなニッチを生み出すことはできないのだろうか。
 もし、椅子取りゲームの椅子が新たに置かれるとすれば、それは大きな変化が起こったときである。洪水や山火事など大きな変化は全ての生物にとって脅威である。しかし大きな変化はニッチが空白となり、新たな椅子が置かれるチャンスでもある。

 つまり、すでに生物の環境は定まっていて、あらゆるところに生物がいる。ほかの生物があとから入りこむ余地はないということです。
   
 しかし洪水や山火事などの天変地異、環境の変化は生き物にとって千載一遇のチャンスになります。新しい環境ができ、ニッチ(ここでは生存のための場所という意味)が生まれるからです。そうなると行き場を探している生き物は新しい椅子というポジションに座ることができます。

●ニッチな飲食店も「環境の変化」から

 飲食店はどうでしょうか。自然界と同じように、これまでのタイプの飲食店はすでに安定していて、新しいタイプの飲食店はなかなか入れません。
   
 ハンバーガー、ラーメン、カレー、回転寿司、牛丼、さらに居酒屋など…。もう人びとが求めるものはほとんど満たされています。
  
 一方で人間社会は毎日が天変地異です。戦争、異常気象、AI、デジタル化などくる日もくる日も大変です。環境は変化しています。
  
 環境の変化があるなら、生態学と同じように新しい飲食店もニッチという椅子に座ることができるはずです。独自地位という意味でのニッチな飲食店が生まれそうです。

●日本の飲食店のはじまりも「環境の変化」から

 日本の飲食店のはじまりも環境の変化からです。江戸時代のはじめごろ、明暦の大火(明暦三年・1657年)がありました。別名「振袖火事」。恋愛のもつれ話としておもしろおかしく語られています。
    
 この火事で江戸市中の約3分の2が焼けました。江戸城の天守閣もこのとき焼け落ちてしまいました。
   
 復興事業のために多くの職人たちが江戸に集まりました。多くは男性であり独身でした。しかも住居は長屋。狭くて火を使っての料理は大変でした。そこで惣菜やうどんなどを食べさせる「煮売茶屋」という飲食店が誕生。それが人気となり急速にふえたようです。
   
 日本の飲食店の誕生は世界でも早いほうの部類に入るようです。ブリア=サヴァランの『美味礼賛』第20章によると

 諸説はあるが、最初のレストランは、1765年にブーランジェ何某という男がパリ旧4区のブーリ通り(現在のルーブル通りのセーヌ河寄りにあった道)につくった「シャンドワゾー」という店だというのが通説になっている。

 1657年にできた江戸のレストランはフランスよりも100年以上も早くできていたことになります。日本の飲食店のはじまりも江戸での大火という「環境の変化」によるものです。

●変化によるニッチはすでに見えている

 現代でニッチな飲食店を立ち上げるには、社会の変化からニッチを発見し、それを飲食店としてのビジネスにする必要があります。ここはちょっと大変かもしれません。しかし見えていることもあります。
    
 見えていることは社会課題のことです。解決すべき社会の問題です。
    
 日本であれば「少子化」、「高齢化と健康問題」、「停滞する経済」、「男女の不平等」、「多様性の欠如」、「個人の孤立」「シングルマザーと子どもの貧困」などです。世界的な問題「気候変動」もありますね。
    
 食欲を満たすことが優先の飲食店です。こんな大きな社会の課題を正面から解決はできません。しかしニッチな飲食店でなにを目指すのか、堅苦しい言い方ですが使命(ミッション)を持っておくことが大切だと思います。

●課題解決から生まれたニッチな飲食店。「分身ロボットカフェ」

 東京・日本橋に「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」という店があります。アヴァターのロボットがサービスするカフェです。
   
外出困難者である従業員が「Orihime」という分身ロボットを使って接客します。AIなどではなくリアルな人が遠隔から話しかけてくれます。テレビなどでご覧になった方もいると思います。
   
この店は社会の多様性、孤独や個食という課題の解決のあり方を示しています。新しいニッチな飲食店だと思います。
   
 健康問題、高齢化、社会の多様性、孤独と個食、シングルマザーと子どもの貧困など…。新しいニッチな飲食店の出現チャンスはたくさんあります。特に健康問題は飲食店ビジネスと直結しています。食と健康に関する発見も毎日のように報告されています。これからますます新しいニッチな飲食店が生まれてくるはずです。
    

分身ロボットカフェ DAWN ver.β
分身ロボットカフェ DAWN ver.β

<参考文献>
稲垣栄洋『弱者の戦略』新潮選書 2014
阿古真理『日本外食全史』亜紀書房 2021
ブリア=サヴァラン/玉村豊男訳『美味礼讃』新潮社 2017