1.洗練された昆虫食ラーメン

 アリ(蟻)ではありません。昆虫飲食店のビジネスは「有りだ」という意味です。
 「ANTCICADA(以下、アントシカダ)」さん。今年6月に都内の馬喰町にできた昆虫食レストラン。店内はお客さまで、ほぼいっぱいです。オープンしてわずかですが、テレビ、新聞などで話題沸騰。うかがった当日も北海道のテレビ局の取材がありました。「北海道のみなさ~ん。私、映ってましたかぁ?」

 「虫」に嫌悪感をもつ方がいるかもしれません。ところがこのお店のラーメンはスゴイです。国産コオロギから取った深みのある出汁とコクのある香味油のスープ。粉末を練り込んだ中細ちじれ麺。三つ葉の上にチョコンとのった素揚げのヨーロッパイエコオロギ。「そうじゃない」という人もいるでしょうが「カワイイ」。想像したものとは違う洗練された料理とおいしさです。

アントシカダ ANTCICAD
洗練されているコオロギラーメン。センスのいい店舗とロゴデザイン

2.将来のタンパク質資源だから

 人口増加によるタンパク質不足。これが問題です。2013年にFAO(国際連合食糧農業機関)が昆虫食を提言しました。2050年には世界の人口は97億人に達すると予測されているからです(図1)。ひとりあたりのタンパク質の消費量も増加しています(図2)。やがてタンパク質の供給ができなくなることは明白です。
 昆虫の養殖は牛や豚よりも効率的で環境への負荷も少なくてすみます。さらに栄養価の面からも優れています。イナゴ(つくだ煮)100gあたりのタンパク質量は26.3g。牛肉や豚肉と比較しても十分な栄養成分です(図3)。

世界総人口予測
図1:世界の総人口は2050年に97憶人を超える予測
ひとり当たりの畜産物の消費量
図2:ひとりあたりの畜産物の消費量は増加している
イナゴの栄養成分
図3:タンパク質量は牛肉、豚肉とあまり変わりない

3.昆虫を食べなくなったのは、つい最近

 「昆虫食なんて無理」かもしれません。しかし、数百万年前に人類がはじまったころから昆虫は大事な食糧でした。地球温暖化などでカロリー豊富な果物を食べるようになり昆虫食が減少したようです。確かにイナゴよりシャイン・マスカットのほうがおいしいですよね。

 イナゴの佃煮などのように日本の各地には昆虫食が伝統として残っています。戦後の食糧不足の時代は昆虫食は当然でした。私、昭和29年生まれです。こども時代はイナゴ取りはイベントのひとつ。となりのマリちゃんとイナゴ取りに行きましたね。夏の終わりの遠い思い出です(ほろッ)。

 いまは町の中華屋さんで「野菜炒めに虫が入っている!」と大事件です。現代社会で昆虫を食べることはなくなりました。昆虫食はDNAの奥のほうにしまいこまれてしまったようです。ということで昆虫食レストラン「アントシカダ」の登場は衝撃的なことなのです。

4.ニッチな飲食店「昆虫食レストラン」の成長戦略

 あらためてです。ニッチな飲食店のマーケティングとして考えると昆虫食のレストランの成長性はどうなのでしょうか。私は有望だと考えます。

(1)お客さまは新しいことが好きな人(革新者) 
 ヒトは新しい食べ物に「恐怖」あるいは「興味」を抱きます。食物の新奇性恐怖と新奇性嗜好です。生き残るための本能です。死に直面するほど飢えて、食べられそうもないナマコを食べて生き残った人とおいしそうな真っ赤なキノコを食べて死んでしまった人がいたのだと思います。

 興味を抱くヒトが「革新者(イノベーター)」です。マーケティングの消費者の区分です。新製品などを真っ先に購入する人です。2008年に日本で発売されたiPhone3Gをお店で並んで買ったあなたです。全体の2.5%の人がイノベーターといわれています。この人たちがお客さまになると思います。東京都心の人口を約1,000万人とすると2.5%で25万人。お客さまとして見込むなら十分な数です。

革新者、イノベーター、P・コトラー
全体の2.5%が革新者(イノベーター)

(2)マネできない調理技術(参入障壁)
 昆虫食メニューはなかなかすぐにマネできません。「アントシカダ」のメニューは洗練されていて想像以上にすばらしいメニューでした。このレベルに達するにはかなりの研究と開発が必要です。「うちでもタピオカドリンクやってみようか」というような軽い気持ちではできません。この高い技術は参入障壁です。同じようなお店が出てくると値下げ競争になります。その可能性が低いことは大きなメリットです。

(3)オンラインで商品販売(複数の流通経路)
 ポイントは商品の販売だと思います。お店での売上は座席数や営業時間などで限界があります。「アントシカダ」さんでは、コオロギラーメンほか自社開発のコオロギ醤油、コオロギビール、シルクソーセージなどをオンラインで販売しています。お店とネットという複数の販売ルートをもつことで売上の安定が見込めますね。

5.ビッグビジネスになるためには改良と時間が必要

 問題は「虫!」です。なかなか口にできません。食物新奇性恐怖の克服が必要です。

 ここで、急にですがトマトについて考えてみましょう。原産国は中南米あたりのようです。コロンブスやマゼランが活躍したころの16世紀のはじめ、メキシコを征服したスペイン人がトマトをヨーロッパに持ち帰りました。最初は観賞用でした。真っ赤な色から食用としては嫌われていました。「毒がある」ともいわれていました。一般的に食用となったのは18世紀です。

 北米では19世紀から。ヨーロッパからの移民によって広まりました。トマトケチャップができたのもこのころ。いまはどこの家庭の冷蔵庫にも必ずあります。アメリカの偉大な発明ですね。トマトがフルーツのように甘くておいしくなったのはここ10年ぐらいではないでしょうか。トマトが基本の食材になるまでに200年以上かかったということです。

 新しい食材がありふれた食材になるためには、品種や調理技術の改良とすこしの時間がかかるのだと思います。昆虫食も人類を救う食材となるためには、養殖のための品種改良やレシピ開発など努力と手間がかかるものと思います。しかし、タンパク質不足という社会の要求があるのなら大きなビジネスになるのは間違いないと思います。

 

 ビートルズ世代にとっては、なつかしい名アルバムの「ミート・ザ・ビートルズ」。私は涙を流しますが、未来の世代はヨダレを流すのでしょうか……って、これが言いたくてここまで書いてきました(^_^)。

<参考>
デイビッド・ウォルトナー=テーブズ『昆虫食と文明 昆虫の新たな役割を考える』築地書館 2019 
フィリップ・コトラー/ゲイリー・アームストロング『新版マーケティング原理』ダイヤモンド社 1995
クラリッサ・ハイマン『トマトの歴史』原書房 2019
石川伸一『食べることの進化史』光文社新書 2019
内山昭一『昆虫は美味い!』新潮社 2019
香川明夫『七訂食品成分表2020』女子栄養大出版部 2020