1.飲食店はニッチな新メニューの提案が鍵
ネットで調べた限りですが、明治以前に創業した飲食店が東京でも32店あります。生存競争の厳しい飲食業界です。老舗飲食店はどのように生き残ったのか。そして、これからどのように成長していくべきなのか。ニッチな飲食店のマーケティング企画室スタイルで考えてみました。
結論としては、老舗企業の特徴といわれる日本的な経営手法にとらわれずに、時代にあった経営やマーケティングを行っていくべきだと思います。特にそのなかでもニッチな新メニューの開発が鍵になると思います。
2.親子丼の老舗「玉ひで」。なるか革新
「令和元年<更なる美味>を求め調理手法を刷新しました」。元祖親子丼の老舗「玉ひで」のサイトトップページ。調理手法の刷新ですか。何があったのでしょうか…。
もともと玉ひでは鶏すきの店として1760年、宝暦10年に創業。親子丼は5代目の女将が明治24年に考案。その後、玉ひでは今日まで元祖親子丼の店としての人気を保っています。
人形町のお店にうかがいました。相変わらずの長蛇の列。30分ほど待って入店。やはり老舗ですね。お店の方も和服。内装も昔ながらの雰囲気です。さっそく新商品をいただきました。なるほど令和元年を感じます。新メニューでした。老舗の伝統を守りながらも革新的なメニュー。世の人々に「どうですか」と問いかけています。
3.老舗企業の強みは「歴史」と「財務」
帝国データバンクによると創業100年以上の企業は約2万社、200年以上の企業が約1,000社、300年以上の企業も435社あるとのことです*。これ以外にもデータ化されてない企業もあるので、実際にはもっと多いようです。
老舗企業の強みは歴史と財務だと思います。創業の歴史は、いくら他の企業が頑張っても追いつけません。マネができませんね。究極の差別化。老舗企業は、長い歴史からくる信頼度やブランド価値を広告などに上手に使って経営しています。
老舗企業は財務体質もいいようです。企業評価では財務分析を行います。収益性、効率性、安全性の三つの指標から判断します。帝国データバンクが調査した創業100年以上の1,913社の決算データ(2008年時点)では、安全性を示す自己資本比率が高い老舗企業が多くなっています。
持っている不動産などの運用。さらに先祖からの家訓や「身の丈」経営で自己資本を高めた結果のようです。一方、固定資産なども多く、効率性を示す総資本回転率などでは一般企業に比べやや劣る傾向もあるようです。あまりガツガツとしていないということでしょうか。
*参考:「百年続く企業の条件」帝国データバンク 史料館・産業調査部編 朝日新聞出版
4.老舗大国ニッポンではない。戦禍が少ないだけ
WikipediaのList of oldest companiesでも、創業200年以上の世界の企業数は5,586社。うち56%の3,146社が日本企業となっています(2008年韓国銀行のレポート)。また、創業年が古い企業のリスト上位10社のうち5社は日本の企業です。世界の中で老舗企業が断トツで多い国が日本です。
老舗企業が多くなった要因として、家訓を大切にした経営、感謝・勤勉・誠実などの社風、従業員との家族的な関係などの日本的経営があるといわれています。しかし、同じ帝国データバンクの資料からもう少し詳しく見てみると違うのではないかと思われます。
企業全数のなかの創業100年以上の老舗企業数は、全国平均で1.64%。多いのは京都、島根、新潟など。3%を超えています。一方、少ないのは沖縄県。わずか0.08%です。全国平均の約20分の1。他の都道府県と比較して極端に低い数字です。原因として第二次世界大戦の痛ましい戦禍を考えないわけにはいきません。
ヨーロッパ諸国でも激しい戦争の歴史があります。島国である日本は近代に国内で激しい戦争による災禍が少なかったという歴史があります。前述の3,146社も沖縄県レベルとして20分の1で計算すると150社程度。日本は実質的に老舗企業大国ではない。ただ地理的、歴史的な偶然で老舗企業大国になったと考えたほうがいいのではないでしょうか。
5.東京の老舗飲食店
明治以前に創業した東京の老舗飲食店は32店ありました。なかには300年以上というお店もあります。以下の情報は老舗飲食店を紹介するWebサイト「老舗食堂」さん、Wikipediaの「日本の老舗一覧」や各店のWebサイトなどから作成しています。これ以外にもあるかもしれません。入っていないお店の方すいません。
一般的に飲食店は10年続くのは約1割ともいわれます。厳しい飲食業界で200年、300年と継続してきたということは、歴代の経営者の方々の努力のたまものだと思います。
6.東京の老舗飲食店の特徴
一覧を見ながらいくつか気が付くことがありました。
(1)市場規模減少傾向の業種が多い
業種でみると、当然ですが、うなぎ、蕎麦、寿司、日本料理などの伝統的な業種のお店が多くなっています。これらの業種の売上高推移を外食産業のデータで見てみると、残念ながらどれも減少傾向です。
新しい業種、業態が毎日のように生まれる外食産業。老舗飲食店は伝統的な業種でお客さまを日々、確保し続けてきました。お客さまに来ていただけるように創意工夫を重ねたことの大きな成果だと思います。しかし、これから先もこれを継続するのはカンタンではないと思います。
(2)大きく成長した店(企業)が少ない
世界最古の企業「金剛組」は明治維新後の廃仏毀釈などで建築の仕事が激減。その後も何度も廃業の危機に瀕したとのこと。一方、竹中工務店(1610年・慶長15年創業)、三越(1673年・延宝元年創業)、武田薬品工業(1781年・天明元年創業)などは長い歴史のなかで大きな企業に成長しています。
飲食業はヒトに食欲があるかぎり、お客さまの激減という危機はありません。他の老舗企業と少し違うところです。その反面、新規参入、同業者も多く競争が激しい産業です。そのため大きく成長することも難しいといえます。結果的に飲食店では大きな成長を遂げた店や企業があまりありません。
(3)元祖のお店は残りやすい
32の老舗飲食店。少し変わった料理を提供する店が目立ちます。豆富、豆腐の別名ですね。いのしし、どじょう、あんこうの専門店。そして、当時画期的だったと思われる親子丼、フルーツ(水菓子)の店です。ここに秘密がある気がします。
親子丼の玉ひで(1760年・宝暦10年創業)、以下明治以降の飲食店ですが、天ざるの室町砂場(1869年・明治2年創業)、オムライスの煉瓦亭(1895年・明治28年創業)、冷やし中華の揚子江菜館(1906年・明治39年創業)など…。メニューの元祖といわれる飲食店です。
いずれも老舗の有名店として残っています。どれもが新しいメニューとして登場した時には、ニッチだったと思います。
7.吉野家の成長モデルと玉ひでの挑戦
忘れてはならないのは1899年、明治32年創業の牛丼の吉野家。牛丼は明治時代にはニッチな食べ物だったと思います。その後、約50年間ニッチであり続けました。1960年代に入って商品の改善、店舗の24時間営業、チェーン店化による多店舗展開などを急速に進めました。高度成長の時代背景にもマッチして大きく成長。現在創業120年。売上高約2,000億円(2018年度)の大企業に成長しました。
高く評価すべきことは、独自商品でニッチなメニューだった牛丼を日本の外食市場に定着させたことです。市場規模は約3,800億円(2017年見込)。外食産業の大きな一角を占めています。また、世界市場への展開も進んでいます。
革新的なメニューの提案。これによりニッチな飲食店のポジションを確保。その後、社会と時代の要求にあわせて商品の改善や経営を工夫する。これが新規でも老舗飲食店でも共通の成長のモデルだと思います。その意味で玉ひでの過去に拘泥しない調理手法を刷新する新メニューの提案は、称賛すべき挑戦だと思います。
8.まとめ:革新的でニッチなメニューの提案で成長
日本の伝統的な経営手法が老舗になるための方法ではありません。先進的な経営手法、マーケティング技術を駆使すべきです。飲食店では商品であるメニューが重要です。老舗飲食店は革新的な新メニューの提案で事業を継続しています。吉野家のように独自の新メニューで新市場を築いた飲食店もあります。時代の要求に応える革新的でニッチなメニューの提案を世に問いかける必要があります。