日本でニッチでも世界にまで広がると大きなビジネスになります。すでにグローバル・ニッチ・トップなどの成功事例があります。
日本でも小さくニッチな昆虫食レストラン。事例でお話しした昆虫食レストラン「アントシカダ」を紹介しました。海外でセンスのいいニッチな昆虫食レストランとして展開できれば大きなビジネスになるはずです。
●気候変動による昆虫食への注目
以前お話しした昆虫食レストランの話です。昆虫食の習慣は日本や中国、東南アジアなどにあります。日本でも食べる人は少ないかもしれません。でも過去の話ではありません。いまでもイナゴの佃煮を販売しているのを見かけます。
昆虫食の重要性は高まっています。2013年に国連が昆虫食を推奨しました。迫りくる気候変動の危機。その要因である畜産業を代替するものとして昆虫食を取りあげたからです。
しかし、ヨーロッパ、北アメリカは非昆虫食の国ぐにです。気候変動のためにと思っても「虫を食べる」と聞いただけで気分が悪くなるようです。
昆虫食を定着させるのは難しいことなのでしょうか。
●「生の魚」を世界の人びとに食べさせた日本の寿司
ここで寿司の話です。「生の魚を食べる?信じられない」。50年ほど前にはヨーロッパでもアメリカでも「生の魚」を食べるということは考えられないことでした。日本の寿司が世界に広まって変わりました。生の魚を食べるようになったのです。
寿司は世界の飲食ビジネスにすっかり根づいています。日本から渡っていった巻きずしはアメリカでカリフォルニアロールとなりました。いまではカリフォルニアの人たちは郷土料理だと言っています。
寿司をここまでに広めたのは日本の調理技術です。アメリカの食文化研究家ヘレン・C・ブリティンは「日本料理は慎重な調理と巧みなプレゼンテーション」と表現しています。
客の目の前で魚をおろして見せます。見事な手さばきで魅了させます。様式美とも思える手順で寿司を美しく仕上げて客の手元に提供します。食べられないと思われた「生の魚」は世界のグルメの憧れに変わりました。
なかなか難しい昆虫食の普及に日本の調理技術と食べ物のプレゼンテーション技術を生かすことができるのではないでしょうか。
●トマトが家庭のテーブルにたどりつくのに200年
一気に人気が広がるためのカベは「虫」ですね。食物新奇性恐怖の克服が必要です。しかし、新しい食べ物の体験は、おいしさを発見する機会でもありますが。
ここで、少し遠回りになりますがトマトです。原産国は中南米あたり。コロンブスやマゼランが活躍したころの16世紀、スペイン人がトマトをヨーロッパに持ち帰りました。
最初は観賞用でした。真っ赤な色から食用としては嫌われていたようです。「毒がある」とも言われていました。食用となったのは18世紀のイタリア。いまやピザやパスタにトマトソースは欠かせません。
北米では19世紀からです。ヨーロッパからの移民によって広まりました。トマトケチャップができたのもこのころです。トマトケチャップは、ハンバーガーと同じぐらいアメリカの偉大な発明だと思います。
スーパーで売っているトマトがフルーツのように甘くておいしくなったのはここ10年ぐらいではないでしょうか。トマトケチャップだけでなく、トマトジュースやプチトマトなど製品化や改良がたくさん進められました。
トマトがヨーロッパに渡ってから世界の食材になるまでに200年以上かかったということです。
昆虫食が欧米諸国でありふれた食材になるためには、品種や調理技術の改良とすこしの時間がかかるのだと思います。
●顧客は、昆虫食に興味がある人と気候変動に関心のある人
昆虫食のような珍しい食べ物に興味を示すのはイノベーター(革新者)と呼ばれる人たちです。ごく少数です。この人たちが主な顧客になると思います。
イノベーターはエベレット・ロジャーズが『イノベーションの普及』で紹介しています。カテゴリーで最初に試す2.5%の人と考えればいいと思います。一般的には新しいデジタル機器などに強く興味をもつ人びとです。昆虫食のような飲食について強い関心のある人もイノベーターと言えます。
また気候変動への関心から昆虫食に興味をもつ人もいるはずです。前述のように昆虫食に注目が集まったのも地球の気候変動への対策のひとつとして取りあげられたからです。
気候変動はいまや深刻な問題です。とくに畜産業はメタンガスが多い牛のゲップや飼育に伴う水資源や土地の利用が原因となっています。この対策のひとつとして、恐怖心と戦いながら昆虫食を試す人もいると思います。
●昆虫食レストランの成長戦略は「メニュー開発」
昆虫食のレストランの成長性はどうなのでしょうか。私は有望だと考えます。
昆虫食メニューはなかなかすぐにマネできません。事例で紹介した「アントシカダ」のメニューは洗練されていて想像以上にすばらしいメニューでした。このレベルに達するにはかなりの昆虫食研究とメニュー開発が必要です。
マネできない調理技術は参入障壁です。ほかのお店が入ってこないということです。「うちでもタピオカドリンクやってみようか」ということにはなりません。同じようなお店が出てくると値下げ競争です。これがないということは大きなメリットです。
今は嫌われていても、歴史上は人類になじみのある食材です。まったく新しい食材ではありません。お客さまがレストランのテーブルにたどり着くまでは、そんなに時間がかからないかもしれません。
しかし、そのためにはレシピ開発などに相当な努力と時間が必要だと思います。飲食店でのレシピの開発は重要です。トンカツ、麻婆豆腐、和風パスタ…。家庭の人気メニューの多くは元祖メニューの店と言われる飲食店がつくったメニューです。
気候変動の解決、将来のタンパク質不足解消という社会課題があります。昆虫食が大きなビジネスになるのは間違いありません。日本のニッチな飲食店がつくるメニューが貢献するはずです。
さらに日本の調理技術とプレゼンテーション力で昆虫食の魅力を高めることができると思います。少し時間はかかるかもしれませんが、寿司のようなメジャーな飲食ビジネスにできるはずです。
<参考文献>
ヘレン・C・ブリティン/小川昭子、海輪由香子、八坂ありさ訳『国別 世界食文化ハンドブック』柊風舎 2019
エベレット・ロジャーズ/三藤利雄訳『イノベーションの普及』翔泳社 2007年
デイビッド・ウォルトナー=テーブズ/片岡夏実訳『昆虫食と文明 昆虫の新たな役割を考える』築地書館 2019
クラリッサ・ハイマン/道本美穂訳『トマトの歴史』原書房 2019
石川伸一『食べることの進化史』光文社新書 2019
2022年6月10日掲載 2024年6月14日改稿