日本のヴィーガンレストランはまだ夜明け前です。しかし世界ではヴィーガンやベジタリアンが急速に増加しています。畜産業による気候変動への影響を若い世代が懸念しているからです。日本でもあと数年でヴィーガンが増えるはずです。しかしヴィーガンの食事は少し物足りません。日本の飲食店技術と食材ならカバーできそうです。世界のヴィーガン市場に出ていくべきです。世界は日本のヴィーガンレストランを待っています。これまでのヴィーガン思想を超えた大きなコンセプトをもつことで成功するはずです。
●東京のヴィーガンレストランは急増中。期待できるビジネスへ
「ヴィーガン?私は関係ない」。きっとそう思っていますね。
「肉も魚も卵もない食事なんて考えられない」でしょう。
ところが東京のヴィーガンレストランを調べてみると、ここ数年で急速に増えています。世界的に有名なヴィーガンのためのWebサイト「HappyCow(ハッピーカウ)」によると2024年3月時点で東京には104のヴィーガンレストランがリストアップされています。
東京のヴィーガンレストランは2017年から増えはじめています。2024年は3月時点で、すでに5店がオープン。このペースならば今年20店近くがオープンすることになりそうです。
ヴィーガンレストランは「ニッチな飲食店」です。しかし成長が期待される飲食店ビジネスでもあります。
●まだ夜明け前の日本のヴィーガンレストラン
東京のヴィーガンレストランは約100店。増えています。世界の大都市のなかでは多いほうかもしれません。
しかし10万人あたりの数で見ると約1.1店。オランダのアムステルダムの7.5店やパリの4.2店と比較するとかなり下位です。
WebサイトのHappyCowは利用者からの情報(レビュー)でリストを作成しています。ビックリするのは食ベログにも出てこない小さな店までリストにあがっていることです。
日本では外国人観光客が多いにもかかわらずヴィーガンレストランはまだ少なく、その情報も十分ではありません。
来日したヴィーガンが必要性にかられてレポートしているのだと思います。どうやら世界のヴィーガン観光客からは「日本は少し遅れている」と思われているようです。
2022年の観光庁「訪日外国人消費動向調査」では外国人観光客が「訪日前に期待していたこと」についてトップは約86%で「日本食を食べること」でした。
コロナ禍が終わり外国人観光客もこれからさらに増加するはずです。日本の食を楽しみに来日することを考えるとヴィーガンレストランが少ないのはもったいない気がします。
また、しばらくすると日本人でもヴィーガンに関心をもつ人も増えるはずです。アメリカやヨーロッパ諸国の様子から、東京のヴィーガンレストランもいまの2倍、200店ぐらいになってもよさそうです。
急成長の日本のヴィーガンレストラン。でも状況は夜明け前です。明けるまでにはあと少し時間がかかりそうです。
●ヴィーガンは数パーセント。しかしベジタリアンなどで10%?
ではヴィーガンがどのくらい存在するかです。森映子の『ヴィーガン探訪』よると英国では約3%、ドイツでは約1.5%、日本は約2%となっています。しかし各国での正確な調査データはないようです。
肉を食べない人はヴィーガン以外に、野菜中心で卵や乳製品を食べる「ベジタリアン」、ベジタリアンでも魚は食べる「ペスカタリアン」、ときどき肉を食べない生活をする「フレキシタリアン」などもいます。
観光庁の資料によると全世界で約8%の人が「ベジタリアン等」となっています。インドでは宗教上の理由からベジタリアンが多数います。台湾では仏教徒としてニラ、ニンニク、ネギなどの五葷(ごくん)を食べないオリエンタルヴィーガンもいます。
ヴィーガンが2~3%であったとしても、ベジタリアン、フレキシタリアンも含めると世界で肉食をしない人の数は10%ぐらいになるはずです。肉を食べない人は思った以上に多くありませんか。
●気候変動がヴィーガンになる理由
「私はヴィーガン」という日本人は少ないようです。しかし欧米では急速に増加しています。
ヴィーガンは、なんとなく「肉も魚も卵も食べない人たち」などと思っています。でも正統派のヴィーガン(エシカルヴィーガン)は厳格です。
定義は「衣食その他、あらゆる目的による動物の搾取と虐待を現実的で可能なかぎり暮らしから一掃しようと努める生き方」(パメラ・ファーガソンの『ヴィーガン食の栄養ガイド』)です。
肉はもちろんハチミツ、カツオだし、皮製品のバッグ、ウールのセーター、羽毛の布団もダメです。さらに動物実験を行った医薬品も使えません。動物を搾取と虐待と殺戮から完全に解放するのが目的です。
「ワンちゃんや猫ちゃんは家族として可愛がるのに、どうして同じ動物である牛や豚は殺して食べるのですか」というのがヴィーガンの問いかけです。
「そうはいっても昔からシカやイノシシを狩猟して生きてきたんだから」、「肉なしの食事だと健康に良くないでしょ」、「そもそも食事がおいしくないから」…と思う人、私を含めて大半ですね。
それでも急速にヴィーガンが増えているのには別な理由があります。気候変動です。猛暑に寒波、100年に一度の大雨に洪水、乾燥による山火事、島国の水没…。2023年の夏は思い出してもぞっとする異常な暑さでした。
世界の平均気温は上昇の一途です。鈍感な私でも「そろそろヤバイ」と感じます。若い世代はもっと深刻に感じています。
気候変動の原因は温室効果ガスの増加です。牛のゲップのメタンガスなど畜産業による温室効果ガスの排出と環境破壊も大きな要因になっています。
世界の人口は現在の70億人から2050年ごろには100億人になります。人口の増加を考えると、これ以上牛や豚を食べ続けるのは人類と地球の命取りになりそうです。
スウェーデンの高校生だったグレタ・トゥーンベリさんが2018年に国連で気候の危機について演説しました。「非常ブレーキを踏むべきときなのに、大人たちは経済成長のことばかり」とかなり怒っていました。
気候変動は止まっていません。これからさらに危機を迎えることになります。食肉を減らす。できないことではありません。ヴィーガンの志望者や食肉をやめる人が増えるのは間違いなさそうです。
●外国人観光客だけの狭い顧客層。日本人ヴィーガンは?
東京のヴィーガンレストランには和食、野菜料理、ハンバーガー、ラーメン、カフェなどさまざまなタイプがあります。高尾山の山頂にはヴィーガンそばの店もあります。
一緒にしてはいけないかもしれませんが精進料理、マクロビオテック、中東料理のファラフェル、インドのベジタリアン料理なども含まれています。
ヴィーガンレストランに行ってみるとお客さまのほとんどが外国人観光客です。「日本人がいる」と思っても台湾の女性だったりします。日本人の場合は若い女性。しかしその数も多いとは言えません。
ヴィーガンレストランの弱みは顧客層が限られていることです。日本人のお客さまが増えない限り「やっぱりダメだろ。ヴィーガンレストラン」などといわれてしまうかもしれません。
どうしたら日本人のヴィーガンは増えるのでしょうか。
●日本のヴィーガンが増えるのは4年後か
「ヴィーガンはただのトレンド」、「ヴィーガンレストランもタピオカドリンクのようにブームが去れば店も消える」と思っている人もいるかもしれません。しかしヴィーガンは流行ではありません。着実に世界で広がっています。
「Googleトレンド」を使うと言葉がどのように検索されているのかがわかります。
英語「vegan」を世界(すべての国)で調べてみると2020年の1月がピーク(100)になっています。
一方日本語「ヴィーガン」が日本でどうなっているかを調べてみると2023年の12月がピークになっています。世界から約4年遅れて波がきているようです。
つまり今年のパリオリンピックの次、2028年のロサンゼルスオリンピックのころには日本でも「私、実はヴィーガン」という人が身近に出てくるのかもしれません。
日本のヴィーガンレストランはそれまで待つのでしょうか。日本人ヴィーガンが自然に増えるというのは楽観的すぎます。日本人ヴィーガンを増やすいいアイデアはないのでしょうか。
●外国人もラーメンが好き。日本人もラーメンが好き
ヴィーガンレストランでも外国人で行列ができるほどの店もあります。ヴィーガンラーメンの店です。
ラーメンは外国人観光客に人気の日本食です。観光庁の2019年の調査でも「もっとも満足した食事」の2位が「ラーメン」でした。1位は「肉料理」。やっぱり焼き肉か…。まさかの神戸牛のステーキか…。そして3位が日本の代表料理である「寿司」です。ラーメンは寿司より上!です。
以前、インドネシアやマレーシアから来日するイスラム教徒の観光客向けの「ハラールラーメン」についてレポートしたことがありました。日本に行くなら「噂のラーメンをどうしても食べたい」ということです。ヴィーガンラーメンはこれと同じような現象だと思います。
もちろん日本人もラーメン好きです。日本人がヴィーガンにたどりつく入り口としてもいいものだと思います。「ヴィーガンラーメン、うまいじゃん。これなら肉なしでも大丈夫」となればヴィーガンレストランも定着すると思います。
日本人にも食べてもらえてヴィーガンの外国人観光客も呼びこめる。日本人のヴィーガン体験のスタートはラーメンが良さそうです。
●ヴィーガン食の弱点は日本の「うま味」で解決
ヴィーガンの悩みは食事が物足りないことです。わかりやすくいうと「おいしくない」。「だよね!」とあちこちから声があがりそうです。
パメラ・ファーガソンの『ビーガン食の栄養ガイド』にも食生活の問題として「チーズ、ジャンクフード、肉がほしい これは無理もありません。」とあります。
原因として「旨味(うまみ)もしくは塩と油の組み合わせを欲している可能性があります」としています。
味覚には5つの味があります。甘味・塩味・酸味・苦味とうま味です。うま味は日本人の池田菊苗(いけだきくなえ)が20世紀初頭に昆布から発見したおいしさの根源です。
その成果は「味の素」として世界へ広がっていきました。いまや世界でも「umami」という言葉が使われています。
うま味は主にタンパク質のアミノ酸にあります。アミノ酸は肉だけではありません。前述の昆布にはグルタミン酸、カツオ節にはイノシン酸、干しシイタケにはグアニル酸というアミノ酸が含まれています。
うま味は組みあわせるとよりおいしくなるという「うま味の相乗効果」もあります。日本人は古くからうま味のスペシャリストです。
つまりヴィーガン食に欠けるおいしさを日本の飲食技術と食材でカバーできそうです。
●ヴィーガン食のもうひとつの弱点「バリエーション」
同書ではヴィーガンの悩みとして「もっと選択肢がほしい」ということも書かれています。肉や魚のない料理なら当然ですね。焼き肉もダメ、刺身もダメで目玉焼きもダメ。メニューの選択肢はかなり狭くなってしまいます。
飲食店ビジネスについて考えてみると成功のための王道は新メニューの提供です。しかも連続してそれを行っていくことです。
新メニューがお客さまに評価され、やがて近隣の飲食店に広がれば「元祖メニュー」の店と呼ばれます。そうなると半永久的に人気店が約束されます。お客さまは元祖メニューの店に「一度は行ってみたい」と思うからです。
麻婆豆腐の赤坂「四川飯店」、ポークカツレツの銀座「煉瓦亭」、ナポリタンの横浜「ホテルニューグランド」…。それぞれの店はこれら以外にも多くの元祖メニューを出しています。
レシピが限られているヴィーガン料理もきっと新しいメニュー提案で突破口がみつかるはずです。
日本のヴィーガンレストランがこの点で有利なのが「豆腐」の存在です。タンパク質が豊富で肉の代わりになります。豆腐はすでに「tofu」として世界で通じるようになっています。
森永乳業(株)の社員だった雲田康夫が1985年に渡米し、苦労してアメリカ市場に豆腐を売り込みました。「ミスター豆腐」と呼ばれ2008年には日本食海外普及功労者として農林水産大臣賞を受賞しています。
豆腐はアメリカでヴィーガンの食材として認知されています。さらにヨーロッパにも渡り、ドイツではオーガニックスーパーやヴィーガン食品メーカーがドイツ製の豆腐をつくっています。
日本には江戸時代の人気レシピ本『豆腐百珍』(1782年)以来の豆腐料理の伝統があります。また豆腐だけでなく海外ではなじみのない高野豆腐、厚揚げ、焼き豆腐、油揚げ、がんもどき、湯葉など豆腐由来の食材がたくさんあります。
日本の飲食店技術と食材を使えば新しいヴィーガンメニューがたくさんできるはず。バリエーションが少ないという世界のヴィーガンの悩みを解決できるはずです。
●日本のヴィーガンレストランは世界を目指せ。しかし難題も
うま味とバリエーションが少ないという世界のヴィーガンの深い悩みを日本の飲食店技術と食材、さらに新しいレシピ開発によって解決できそうです。
それを海外のヴィーガン市場で試すべきです。世界のヴィーガンレストランのなかで独自のポジションをつくれます。お客さまに技術と食材による付加価値と日本らしい経験価値を味わっていただけます。つまり、ちょっとお高い値段でも受け入れてもらえます。
しかしそのためには技術、食材、レシピの準備だけでは困難なようです。一橋大学の伊丹敬之名誉教授は『サービスイノベーションの海外展開』で海外市場への進出には「顧客説得の難しさ」、「供給体制づくりの難しさ」、「まず輸出という王道なし」があると指摘しています。
飲食店ビジネスでは、モノのように「デザインがいい」などと思ってもらうことができません。食べてみるまでわかりません。また現地のキッチンでメニューをつくるために供給体制をつくっておく必要があります。さらにクルマのように「まずは輸出」ということができません。
伊丹敬之名誉教授は成功のために大切なことは「コンセプト力」といっています。「世界でビッグになるぞー」という勢いだけでは長続きしないようです。コンセプトを立ち上げて、その力で進めていくということです。
事例のひとつとして「無印良品」が取り上げられています。無印良品は1980年に「わけあって、安い」をキャッチコピーにスタートしました。「素材の選択」、「工程の点検」、「包装の簡略化」の3つの視点による商品づくりで世界から高い評価を受けています。
コンセプトを中心にして組織をはじめヒト・モノ・カネ・情報を集中し、海外市場でMUJIブランドとして成功をおさめています。
では日本のヴィーガンレストランが海外展開するときのコンセプト力とはどんなものにすべきなのでしょうか。難しい課題です。
●もうひとつ先の「ユニバーサルレストラン」へ
自由が丘のヴィーガンレストラン「彩道」。HappyCowのメンバーによる投票で2019年には世界ナンバーワンに輝きました。2024年現在もナンバー2にランクされています。楠本勝三シェフは雑誌『事業構想2020年4月号』でこう語っています。
「アニマルフリー、アルコールフリー、五葷(ごくん)フリー。これらを使わないようにすれば理論上すべての宗教、食の禁忌に対応できます。これによって世界中の誰もが一緒に食事ができるレストランになることができる店を目指しました」
素晴らしい考え方です。異なる宗教、異なる信条、異なる国の人びとがともに食卓を囲むことができれば世界を平和にできます。ヴィーガンレストランは世界の市場で「ユニバーサルレストラン」というカテゴリーになるかもしれません。
ヴィーガンは動物への搾取と虐待からの解放からはじまりました。現在は気候変動を止めるという目的が加わり支持が増えています。
ここで「世界の人びとがともに楽しめる共通の食卓を提供する」というコンセプトをもつことができれば支持はさらに大きくなるはずです。
つまり「ユニバーサルレストラン」。これがヴィーガンレストランを世界で成功させるためのコンセプト力になります。
ヴィーガンの世界市場の成長は間違いありません。どんどん成長します。日本のヴィーガンレストランには世界市場での大きなチャンスがまっています。
追伸:「ユニバーサルレストラン」はここではじめて提案しました。面白そうです。「世界を平和にするユニバーサルレストラン」構想については、日をあらためてレポートしてみたいと思います。
<参考文献>
森 映子『ヴィーガン探訪 肉も魚もハチミツも食べない生き方』角川新書 2023
パメラ・ファーガソン/井上太一訳『ビーガン食の栄養ガイド』緑風出版 2023
ピーター・シンガー/児玉 聡・林 和雄訳『なぜヴィーガンか?倫理的に食べる』晶文社 2023
マレーナ・エルンマン、グレタ・トゥーンベリ/羽根 由訳『グレタ たったひとりのストライキ』海と月社 2019
菊池武顕 『あのメニューが生まれた店』 平凡社 2013
雲田康夫『豆腐バカ 世界に挑み続けた20年』集英社文庫 2015
伊丹敬之、高橋克徳、西野和美、藤原雅俊、岸本太一『サービスイノベーションの海外展開 日本企業の成功事例とその要因分析』東洋経済新報社 2017
月刊『事業構想2020年4月号』事業構想大学院大学出版部
<参考サイト>
「HappyCow」https://www.happycow.net/
「うま味調味料協会」https://www.umamikyo.gr.jp/
2024年3月29日掲載 2024年6月14日改稿