ソーメン屋はニッチな飲食店です。ラーメン屋さんがたくさんあるのに、同じような名前のソーメン屋さんはほとんどありません。夏のメニューなので難しいようです。しかし一年中営業する大人気のかき氷専門店はあります。ニッチなソーメン店もマーケティング力を活かせばラーメン店のようになれるはずです。ニッチな飲食店はニッチを磨きあげることで確かな地位を築けます。
※以下「ソーメン」は食品の標準表記である「そうめん」とします。

●ラーメンとそうめんのここまでの話。「もっとあってもいい」

 暑い夏はそうめんですね。コロナ禍の2020年3月。「ラーメン屋がたくさんあるのにソーメン屋がない」とレポートしました。以下のようでした。詳しくは前回レポートをご覧ください。
   
 ラーメン店と比べるとそうめん店は比較にならないほど少ない。『外食産業マーケティング便覧(2018年)』によるとラーメン店は15,650店。そうめん店はデータなし。食べログにラーメンで登録されている数は5万件以上。そうめんは東京で50件程度。
    
 家庭の消費量を調べると、ラーメンは家計調査年報(2018年)では年間1万円弱の購入。対してそうめんは家計調査年報とその他資料から年間900円弱の購入と推定される。
     
 ということで、店舗数ではラーメン100に対してそうめんはゼロ。家庭の消費では10対1。となると、そうめん店は圧倒的に少ない。「そうめん店はもっとあってもいい」となります。

●そうめんは夏のメニュー。専門飲食店は難しいのか

 1年中営業するのは難しいようです。冷やし中華の専門店もありません。正月料理の雑煮の専門店もありません。あれば超のつくニッチな飲食店です。
    
 しかし同じ夏のメニューのかき氷については東京・谷中に「ひみつ堂」があります。真冬でも行列の人気店です。「ひみつ堂」が人気のヒミツは連続的な新メニューの提案です。これによって季節メニューのニッチな飲食店でも営業できています。
     
 長崎の郷土料理「長崎チャンポン」。かつてはニッチなメニューでした。牛丼店も明治期はニッチな飲食店でした。しかし、どちらもいまや大きな外食チェーン店です。成長の要因は新しいメニューの提案です。
 季節メニューのニッチな飲食店でも新しいメニューの提案で成長できそうです。

●ラーメン店ビジネスの成長も新メニュー

 ラーメン店については皆さんのほうがよくご存じかもしれません。ラーメン店は外食の巨大ビジネスです。ラーメン店市場は約4,000億円。ハンバーガー、回転ずしに次ぐ巨大ビジネスです。
    
 明治期からはじまったラーメン店も漫然と大きくなったのではありません。1960年代にみそ味の札幌ラーメンが注目されました。以降、九州・博多のとんこつラーメン、喜多方ラーメン、尾道ラーメンなどご当地ラーメンが連続的に人気になりました。
      
 その後、差別化のために新メニューと新しい店が登場してラーメン店ビジネスは成長しました。ラーメン店だけでなく、飲食店ビジネスの成長には新しいメニューづくりが欠かせません。

●そうめん店増加の気配を探る

 そうめん店でも新しい躍動が感じられます。
   
 専門店「そうめん そそそ」は東京・恵比寿のほか、日比谷に「そうめん そそそ その先へ」、渋谷には「そうめん そそそ 研究室」と複数店を展開。メニューも洋風、中華、和のハイブリッドなど多彩で魅力的です。
    
 東京・西荻窪の「阿波や壱兆」。ちょっと太めの徳島県の半田そうめんの店です。新宿から西荻窪の駅前に移転。もう一店が南阿佐ケ谷にもできています。毎日のように工夫をこらした新しいメニューが登場。常に新しいメニューには脱帽です。
    
 そのほか、そうめん居酒屋という形態の店もいくつかあります。お酒中心で、飲んだあとのシメにそうめんという店です。
    
 外食において居酒屋市場は減少中です。若い人たちのアルコール離れが主因といわれています。この傾向がコロナ禍でさらに拍車がかかったようです。そうめん居酒屋が成長するには施策の工夫が必要かもしれません。
   
 東京のそうめん店の開店日を食べログのデータでグラフ化してみました。ニッチな飲食店の分析方法です。近ごろ話題の発酵食のレポートでは、コロナ禍前の盛況とコロナ禍による急減などがよくわかりました。
    
 そうめん店はここ5年で、数は少ないながら急に出店が増えているようにも見えます。一方でコロナ禍によってたくさんの閉店もあります。傾向がわかるほどの店舗数がなく、成長するのかはまだ不明です。

そうめん専門店のオープン・閉店数推移
そうめん専門店(東京)
そうめん新メニュー
「阿波や壱兆」、「そうめん そそそ」、「そうめん そそそ 研究所」、「そうめん酒場はやし」
●そうめん店市場は存在するのか。コトラー先生に聞く

 そうめん店ビジネスの市場はあるのか。これが知りたいところです。
     
 前回もブログ「裸足の国で靴を売る話」でマーケティングの大家P・コトラーに登場してもらいました。
    
 裸足の国で今、靴を履いている人がいない。「ならば市場は絶望」、「だから市場は有望」と単純に考えてはいけない。「マーケティングで考えるべき」がコトラーの教訓でした。
    
 そうめん店は少ない。しかし、家庭内消費は着実にある。しかもそうめん店は少しだが増えている。ということなら、わずかな可能性があります。
     
 しかしラーメン店のような活況ではありません。ラーメン店のように盛り上がるための施策をマーケティングのフレームワークで考えてみましょう。

●マーケティング・ミックス。飲食店なら4Pではなく7P

 マーケティング・ミックスとはマーケティング活動の組み合わせのことです。一般的に4Pを使います。製品(プロダクト)、価格(プライス)、場所(プレイス)、プロモーションです。
     
 しかし飲食店はサービス業でもあるので、さらに3Pをプラスして考えます。人(ピープル)、プロセス、物理的証拠(フィジカル・エビデンス)です。7Pで考えるといいアイデアが出てきそうです。
     
(1)製品(プロダクト):新メニュー
 これまでお話ししてきたとおり、ポイントは新メニューです。新メニューがヒットすればマネする店も出てきます。そうなればしめたもの。「元祖の店」になれます。「元祖の店に行きたい」とお客さまが来店。栄光のニッチな飲食店になれます。
     
 (2)価格 (プライス):競争しない
 ニッチな飲食店は価格競争をしません。近くの店と競合しないからです。近所の店と価格をあわせる必要はありません。高級な食材で高くなっても大丈夫です。
    
 しかし、めん類であることから、似たメニューでは競争になってしまいます。ただの冷たい「そうめん」では「冷やしうどん」と価格競争になってしまいます。価格でも新メニューがポイントです。
     
(3)場所(プレイス):集積する効果
 一般的に飲食店は立地で6割が決まるともいわれます。どこに店を出すのかは重要です。
    
 ニッチな飲食店の立地では面白いケースがあります。ニッチな飲食店の集積です。たとえば東京・月島にはもんじゃ焼き店が100店近く集まっています。東京・高田馬場駅周辺にはミャンマー料理店が20店ほど集中しています。 
    
 これによって「目立つ」ことになります。メディアも注目します。ニッチであっても認知度が高まり集客できるようになります。
    
 また店同士で差別化することになります。老舗もんじゃ、海鮮もんじゃ、創作もんじゃなどそれぞれが特徴を工夫。違う店なので「次はあの店に」と地域全体での再来店の動機になります。
   
(4)プロモーション:コンテンツ・マーケティング
 一般的に4つの施策です。広告宣伝、ニュース記事を提供するPR、「ご一緒にポテトはいかがですか」などの人的販売、さらに開店セールなどの販売促進です。
    
 しかしニッチであるなら、お金のかかるプロモーションは後回し。自社のWebサイトやSNSを使ったニッチ特有の情報を提供です。コンテンツ・マーケティングです。
    
 そうめんについては、先日亡くなられた伝承料理の研究家、奥村彪生(おくむらあやお)さんの『日本めん食文化の一三〇〇年』に詳しく書かれています。このなかで「そうめんは鎌倉初期に宋から伝わったと考えられる」として、そうめん発祥の俗説を否定しています。
     
 お客さまは「ニッチに関する特別な話」を探しています。面白い話なら、すぐに友だちにも「口コミ」してくれます。この「口コミ」がプロモーション施策のなかではもっとも効果的です。
     
(5)人 (ピープル):顔出し
 「人」にはお客さまも従業員も含まれますが、まずは店のオーナーです。ニッチの伝道者です。コンテンツ・マーケティングの主役でもあります。
     
 「どんな人が店をやっているのか」にお客さまは興味津々です。恥ずかしがらずに顔出しと自己紹介しましょう。個人情報が気になる時代ですが、顔出しによって得られる信用は大きいと思います。
    
(6)プロセス:オープン・キッチン(仮案)
 一般的にはサービスするまでの手順などの紹介です。飲食店ならオープン・キッチンでシェフの姿を見てもらうのもひとつです。魚屋さんの上手な魚さばきに見とれるのと同じですね。
     
 しかし、そうめん店は魚屋さんのようにいきません。オープン・キッチンがベストアイデアなのか…。わかりません。すいません。いいアイデアが出てくるまで少しお待ちください。神さま、よろしくお願いします。
     
(7)物理的証明(フィジカル・エビデンス):そうめん
 サービスは人がやります。そのため現場でなければサービスの実態がわかりません。お客さまはちょっと不安です。それをカバーするために店の外観などでサービスの実在を証明することです。しかも飲食店であれば店があるのでここは明確です。
     
 ここでさらにです。そうめん店なら「らしさ」を見せることもできます。そうめんがズラーっとならぶイメージが使えそうです。店内にそうめん風のカーテン。入口の「のれん」がそうめん風の縄のれん。そうめんの束のような箸、ランチョンマット、スタッフの髪の毛が白いロングのかつら…。いろいろ出てきますね。

そうめん物理的証明企画案
●まとめ。マーケティングでそうめん店市場をつくる

 そうめん店市場は自然には拡大しません。ラーメン店市場が長い時間をかけて成長してきた足跡を見ると、複雑な出汁スープの新メニュー、怒る頑固おやじ、炎があがるパフォーマンスなどの歴史があります。これらがマーケティング・ミックスになっています。
   
 中心は新しいメニューづくりです。イノベーションです。イノベーションは難しそうに聞こえますが、日本語では「新結合」です。マクドナルドも日本人向けに「月見バーガー」をつくっています。これまでにあったメニューや食材を組み合わせて新しいメニューをつくることです。
    
 新しいメニューづくりを基本にして、マーケティングのさまざまな施策を組み合わせていくことで、ニッチな飲食店も成長できるはずです。
    
 そうめん店も含めてですが、ニッチな飲食店を成功させるには珍しいメニュー探しだけでは不足です。ニッチを探して、それをマーケティングで磨きあげることです。
     
      
     
 そういうことで、家でそうめんをつくっています。メニューを工夫するのですがうまくできません。妻からダメ出しです。ゆで方からダメなようです。厳しく磨きあげられています。そうめんだけに、もうツルツルです。

        

<参考文献>
『外食産業マーケティング便覧2021』富士経済 2020
フィリップ・コトラー/木村達也訳『コトラーの戦略的マーケティング―いかに市場を創造し、攻略し、支配するか』ダイヤモンド社 2000
黒岩健一郎、浦野寛子『サービス・マーケティング-コンサル会社のプロジェクト・ファイルから学ぶ』有斐閣 2021