「冷や飯レストラン」は書いておきながら名前が良くないですね。「冷や飯」は社会人としてたくさんいただきましたから。冗談ではなく身体を冷やすための食事の店が必要になりました。2023年の暑さなら日本はもはや亜熱帯国です。これまでとは違う気候変動に対応するレストランが必要です。いまから頑張れば2024年の夏に間に合うかもしれません。

●2023年夏。ソーメンが食べたかった

 2023年の猛暑中、私のブログのアクセスが急増、爆発しました。タイトルが「ラーメン屋がたくさんあるのにソーメン屋がない」だったからです。
 
 みなさん「暑い!だからソーメン!」。そう思って探されたようです。残念ながら私のブログにはソーメン屋さんのニッチ・マーケティングのことしか書いてありません。すいません。「クソおもしろくないサイト」とガッカリされてほかのページに移ったはずです。
  
 東京都内でもソーメンの専門店はわずか数軒です。多くの人が猛暑のなかで冷たいソーメンの店を探したはずです。しかしソーメン店はほとんどなかった。つまり飲食店はビジネスチャンスを逃したということになります。

●気候が変われば食べ物が変わる。平成のコメ騒動

 気候変化と食べ物で思い出すのは「平成のコメ騒動」です。コメ騒動といっても1918年のシベリア出兵による米価高騰の「コメ騒動」とは違います。1993年、平成5年におきた米不足のことです。
   
 1993年は50年に一度といわれる冷夏でした。原因は20世紀最大規模といわれる1991年のフィリピンのピナトゥボ火山の噴火あるいは南米沖の海水温が高くなるエルニーニョ現象ともいわれています。
   
 1993年の夏は長雨で一度出された梅雨明け宣言が取り消され、さらに台風が6個も上陸。異常な冷夏で米の収穫量(作況)も例年の7割程度となってしまいました。戦後最悪の米の凶作で日本中が大騒ぎになりました。
   
 急遽タイなどから米を輸入。しかしタイのみなさんには大変申し訳なかったのですが長粒種のタイ米は日本人の口にあわず「道端にタイ米が捨てられていた」などと、これもまた大騒ぎになってしまいました。幸い翌年には暑い夏がもどり米不足はなんとか解消されました。
   
 温室効果ガスによる温暖化で気温が上昇しています。気候の変化によって食糧の生産は影響をうけます。食糧の供給が変われば私たちの食べ方も変わるはずです。

●気温があがると、なにが食べたくなるのか?

 食べ方ということなら「ウェザー・マーチャンダイジング」が思い浮かびます。気温によって販売する商品を考えることです。コンビニやスーパーの販売データと気温の変化をもとに、どのような商品を提供するのが適切なのかが研究されています。
   
 夏をすぎて気温がさがりはじめると最低気温が25℃でもコンビニではおでんが売れ始めます。また夏場に最高気温が30℃を超えるとアイスよりもかき氷が売れるようになります。
  
 外食ならば気温が上昇する春夏(昇温期)で最高気温が25℃を上回ると冷奴、ざるそばなどが売れ、「とりあえず生!」も売れるようです。さらに最高気温が30℃を上回ると冷麺などが売れるようです。
  
 ところが2023年の夏は連日35℃以上でした。それどころか外出もままならない40℃近くにもなりました。ウェザー・マーチャンダイジングも根本的に考え方を変えないと対応できないはずです。

ウェザー・マーチャンダイジング
●気候変動で気温上昇。飲食店の新しいビジネスチャンス

 「温暖化などない」という人も少なくなりました。この200年で急速に温室効果ガスが増えたのは間違いありません。石炭と石油を燃やし続けた人類の活動によるものです。これからも気温の上昇はほぼ間違いありません。
   
 暑いと酸味のあるものでサッパリ食べたい。辛いもので汗をかいて体温を下げたい。体温があがる高カロリーのものは食べたくないなどと考えるようになります。
  
 2023年は12月でも気温が25℃を越えました。Tシャツの人もいます。これまでの気候と違います。体温を下げるための食事や暑さ対策の食事が必要です。飲食店の新しいビジネスチャンスが生まれています。

世界の年平均気温偏差(℃)
●亜熱帯国ジャパン「冷や飯レストラン」4つの試案

 気候変動を前提に新しい飲食店ビジネスについて4つのアイデアを考えてみました。
  
(1)「冷食レストラン」。一年中冷たい料理の専門店
 暑ければ冷たい食べ物です。冷たい料理の専門店。暑さはもはや3月ごろからはじまり11月まで続いています。冷たい料理専門でも一年間を通した営業も大丈夫です。
   
 最近、ラーメン屋さんのメニューで「冷やしラーメン」が目につくようになりました。人気のラーメン業界です。これからこのメニューは増えていくはずです。
   
 冷たいメニューなら冷やし中華、冷麺、冷製パスタや冷や汁などもあります。お茶漬けに氷水をぶっかけて食べるCMもありましたね。
   
 冷たいメニューの専門店はどれも可能性があると思います。しかし、ほかの飲食店でも出しているメニューならば「競合」になります。つまり専門店化しても競争になってしまい価格競争で厳しい状況になるはずです。さてどうするかです。
    
 ヒントはかき氷で有名な谷中銀座の「ヒミツ堂」。かき氷専門店ですが真冬でも行列の人気店です。理由は高品質の食材を使った新しいメニューの連続提案です。したがって価格も2,000円近い値段になっています。ほかの店がマネできません。
   
 すでにある料理でも新しいメニューとして提案すること。「新メニュー登場!」は飲食店の王道施策です。

冷製パスタ、冷やし中華。谷中銀座の「ヒミツ堂」
冷製パスタ、冷やし中華。谷中銀座の「ヒミツ堂」

(2)「日本式台湾料理レストラン」。台湾料理を日本人向けにローカライズ
 日本列島の南に台湾があります。北緯23度の北回帰線付近。まさしく亜熱帯です。暑いときの食事の手本なら台湾です。
   
 インドもサウジアラビアも暑い国です。しかし日本人の味覚にピッタリとはいえません。台湾と日本はしょうゆなど「うま味文化」を共有しています。その台湾料理を日本人向けにアレンジ(ローカライズ)することで暑さに対応する飲食店ビジネスができるはずです。
   
 台湾は美食の国としても有名です。台北の一人あたりのミシュランの星の数は東京やニューヨークに負けていません。またインドに次いでベジタリアンが多いことでも有名です。
   
 1949年に中華人民共和国が成立。政治的思想を異にする人たちが中国の本土から台湾にやってきました。北の北京料理、東の上海料理、南の広東料理、西の四川料理なども料理人とともにやってきました。これが台湾のおいしさの源にもなっています。
   
 参考にするなら赤坂「四川飯店」の創業者の陳建民さん。戦後、中国四川省から日本にやってきました。とびきり辛い四川料理を日本人向けにアレンジ(ローカライズ)。麻婆豆腐・担々麵・回鍋肉・エビチリソースなどいまの日本の中華料理になくてはならないメニューの多くを考案しました。偉大な功績です。個人の気持ちですが神社をつくってお祭りしたいぐらいです。
  
 元祖メニューの店になれば、その地位は絶対です。「四川飯店」は元祖メニューの店として3代目まで人気店として引きつがれています。
   
 亜熱帯の台湾料理を日本人にあわせてアレンジすることで新しい日本の食文化が生まれそうな気がします。

100万人あたりの星付きレストラン数(台北)
おいしい台湾料理。四川飯店と麻婆豆腐
おいしい台湾料理。四川飯店と麻婆豆腐

(3)「熱中症対策レストラン」。健康重視の65歳以上がターゲット
 日本の65歳以上の人口は約3,600万人。全人口の約30%です。石を投げれば当たるはずですが…逮捕されちゃいますね。ターゲット層は厚いということです。
   
 65歳以上ならば時間も生活も比較的余裕があります。なによりも健康に大きな関心があり、夏の熱中症対策も心がけているはずです。
  
 熱中症はひどい場合には死亡します。その死亡者の多くは65歳以上です。熱中症患者数は増加傾向です。2023年の統計はまだ発表されていませんが、ことしの暑さなら減っているとは思えません。
    
 熱中症対策にはいくつかポイントがあります。アルコールやカフェインなどをひかえて脱水がおこらないようにする。汗などで失われるナトリウム、カリウム、マグネシウムなどのミネラル分を補給する。また抗酸化作用のあるビタミン類も大切です。さらに高齢者は筋肉量の低下で筋肉中の水分が保持できにくくなります。筋肉維持も重要です。
   
 「熱中症対策レストラン」は水分やビタミン・ミネラルを補給する食事の提供と筋肉量を増加させるための良質なたんぱく質の食事を提供することが基本になるはずです。
   
 40℃近くになる真夏は「クーリングシェルター(涼みどころ)」として開放できれば理想的です。ミネラル・ビタミン補給のドリンクを飲みながら高齢者仲間でおしゃべりができるオープンな飲食店があってもいいはずです。

熱中症による死亡数の年次推移

(4)「気候の危機レストラン」。気候変動の緊急停止を訴える
 たったひとりで「気候のための学校ストライキ」を行って世界から注目されたグレタ・トゥーンベリさん。毎週金曜日に学校を休み、ひとりでストックホルムの議会前で気候危機を訴え続けました。
   
 2018年12月には国連で各国の政治家たちにむかって厳しく演説しました。以下一部引用です。

あなたたちは人気を失うのが怖いので、エコで永続的な経済成長のことしか語りません。非常ブレーキを踏むしか選択肢はないのに、あなたたちはこの惨事を招いた考えをもっと推し進めることしか話しません。(中略)
2078年に、私は75歳の誕生日を祝うでしょう。もし私に子どもがいたら、一緒にその日を過ごすでしょう。彼らはあなたたちのことを尋ねるかもしれません。まだ時間に余裕があるうちに、なぜ何もしなかったのかと。あなたたちは、自分の子どもたちを何よりも愛していると言いながら、実際には子どもたちの未来を奪っているのです。(『グレタ たったひとりのストライキ』海と月社より)

 もうすぐ温暖化が後戻りできなくなる。ゆっくりしている場合ではなく非常ブレーキを踏むときだと怒っています。科学の声を聴くことと社会のシステムを変えることだと主張しています。世界中の若いひとたちが賛同しました。
   
 温室効果ガス排出要因の3分の1が食べ物によるものとされています。牛肉、豚肉の生産などによる排出です。飲食店ビジネスも「おいしい食事をおなかいっぱい」という考え方にブレーキを踏む必要があります。豆腐や大豆たんぱくなどを使い温室効果ガスの排出を抑える新しいメニューを提供する飲食店をつくるときです。
   
 気候変動に関心をもつコアな若もの層の支持をうけられるかもしれません。ニッチな飲食店で経営は大変かもしれません。しかしこのレストランから新しい気候変動への活動が生まれるかもしれません。

●まとめ。気候が変われば食べ物が変わる。食べ物が変われば社会が変わる

 1789年のフランス革命。はじまりは1788年の高温と少雨でした。乾燥によって小麦の収穫量が平年の60%になり小麦価格は急騰。翌年にはパンが不足しました。
   
 パリ市民の不満はルイ王朝にむかって爆発。マリー・アントワネットが本当に「パンがないならケーキを食べればいいじゃない」と言ったのか、よくわかりませんが革命になりました。この革命で社会は大きく変わりました。
   
 1845年のアイルランドの夏は日照が少なく低温でじめじめした湿潤の状態が続きました。やがてジャガイモに疫病が発生。貧しい人たちの主食であったジャガイモが不足しました。しかも生産性を高めるために全土でほぼ同じ品種だったために被害が拡大。飢饉になりました。
   
 人口850万人のアイルランドで100万人が餓死し100万人が国外に脱出したといわれています。アメリカにも多くの人が移民としてわたりました。その子孫のひとりが合衆国第35代大統領のジョン・F・ケネディ。世界の政治を動かしました。
   
 世界を動かすということではハンバーガーの「マクドナルド」の創業者マクドナルド兄弟もアイルランドの移民の子どもでした。
  
 気候の変動は食べ物に影響をあたえます。食べ物の変化は社会も動かすことになります。2023年の夏の暑さも一時の気候の変化ではなく、新しい飲食店ビジネスと新しい社会のはじまりであるはずです。
   
   
 私は妻の気候変動にも注意しています。賛同される方も多いと思います。ときに真夏でも震えがとまらない寒さを感じることもあります。「あれ、またオレなにかやっちゃった?」。

フランス革命。アイルランド飢饉の子孫ケネディ大統領
フランス革命。アイルランド飢饉の子孫ケネディ大統領

<参考文献>
常盤勝美『だからアイスは25℃を超えるとよく売れる: 基礎から学ぶウェザーMD』商業界 2018
田家 康『異常気象で読み解く現代史』日本経済新聞出版 2016
三宅康史、清水敬樹、小田泰崇、藤田基、神田潤ほか『医療者のための熱中症対策Q&A』日本医事新報社 2019
マレーナ・エルンマン、グレタ・トゥーンベリ/羽根 由訳『グレタ たったひとりのストライキ』海と月社 2019
クライメート・リアリティ・プロジェクト・ジャパン編、平田仁子ほか『気候変動を学ぼう: 変化の担い手になるために』合同出版 2023
田家 康『異常気象が変えた人類の歴史』‎ 日経BPマーケティング 2014