内容の要約です

夏のメニューでおなじみのそうめん。しかし、飲食店のそうめん屋はあまり見かけません。夏という季節性があるからだと思います。同じように季節性のあるお雑煮屋も冷やし中華屋も見かけません。しかし、繁盛しているかき氷屋はあります。違いは提案力のようです。当初ニッチな飲食店であった長崎ちゃんぽんや牛丼も新メニューや24時間営業などの継続的な提案で成長したのだと思います。そうめん屋のようなニッチな飲食店も新しい提案で成長の可能性があると思います。(本文約4,500字です)

1.そうめん屋さんはニッチな飲食店

 夏のお昼は、そうめんが一番ですね。ネギ、ミョウガなどの薬味で涼しく食べたり、家族で流しそうめんを楽しんだり。つるつるっとしたのどごしが夏にぴったりです。
 カップ麺やインスタントラーメンと比べると、食事の回数は少ないものの、夏の人気メニューであることは間違いありません。

 総務省の家計調査年報では「中華麺、カップ麺、即席麺」の世帯あたりの年間支出金額は1万円弱。そば・うどん、焼きそばの麺なども含まれるのでこの金額とはいえませんが、近い金額だと思います。一方、そうめんの支出金額は、同調査と生産量から900円弱だと推定されます*1。

 ラーメン屋さんの市場規模は約4,400億円、店舗数は15,650店です*2。食べログでラーメンと検索すると5万件以上でてきます。登録されている店舗の総数は86万件(食べログ媒体資料)とありますから、全体の約6%もあります。

 しかし、そうめんの外食市場のデータはありません。そうめんだけに、サッパリですね。食べログで検索しても、わずか73件しかヒットしません。そのなかにはラーメン、伝統菓子の鶏卵素麺、そうめん小売店もあるので除外すると54件しかありません(2020年3月現在)。
 家計支出額から考えると、せめてラーメン屋さんの5~10%ぐらいの数のそうめん屋さんがあってもよさそうなのですが…、ないですね。ラーメンとソーメン、「ラとソ」のたった一文字しか違わないのに、どうしてこんなに差があるのでしょうか。不思議ですね。

 ということで、都内に数軒あるそうめん専門店のひとつ「そうめんのそそそ」さん(恵比寿)にうかがいました。おいしいではありませんか。しかも、普通のそうめんメニューだけでなく、ジェノベーゼそうめんなど工夫されたメニューもたくさんあります。お店も常連さんのような方やカップルでにぎわっています。こんなにおいしいのに、なぜそうめん屋さんが、もっとたくさんでてこないのでしょうか。

 そうめん屋さんは少ない。となると「ニッチな飲食店」じゃありませんか。う~ん、なぜなのか?そのナゾが知りたくなってゾクゾクします。

ラーメンとそうめんの比較

*1 2018年の「中華麺、カップ麺、即席麺」の支出金額合計は9,964円(総務省/家計消費年報)。「乾麺(うどん・そば含む)」の支出金額は1,838円(同)。乾麺の生産量(うどん、日本そば、ひやむぎなど)のうち、手延べそうめんとそうめんは合計47%であることから864円と推定(日本食糧新聞/全国麺類特集2019年)。
*2 外食産業マーケティング便覧2018 富士経済

2.弱点は季節性とシンプルなメニュー

 そうめんは、夏には食べたいけれど真冬に食べたいか?と問われると、それほどでもありませんね。そうめんをあたたかい麺つゆで食べる「にゅうめん」もあります。しかし、「にゅうめん」をいつも食べている人は少ないと思います。
 飲食店ビジネスとして考えたときに、夏しか集客ができないとなると、あえてそうめん屋さんをやりたいという人は少ないでしょう。

 もうひとつ、そうめんは乾麺をゆでて麺つゆで食べるという調理のカンタンさに価値があります。ゆで時間は1分か2分。バラエティやボリュームのあるメニューもあまりありません。「天ぷらそうめん」とか「カレーそうめん」とかあまり聞いたことがありませんね。食欲のないときに、さっと食べる夏の食べ物というイメージがあるからでしょう。ラーメン屋さんやうどん店のように、トッピングで稼げないとビジネスとしてはキビしいですね。

3.お雑煮、冷やし中華の専門飲食店はあるのか

 そういえば、そうめんと同じような季節メニューがまだあります。お正月のお雑煮もそのひとつ。お餅好きにはたまらないメニューなのに、家庭ではお正月しか食べられません。

 お雑煮専門店をネットで調べてみると、渋谷にありました。お店にうかがってみると大人の雰囲気、シックなイメージの「バー」でした。オーナーの方がお雑煮が好きなようで、フードメニューのひとつとしてだされています。お客さまも名物メニューと知っているようで、ワインや日本酒のあいまに注文されています。

 ここのお雑煮は名物ではありますが、業態としては「バー」です。専門店ではありません。あんみつなどを提供する甘味どころなどのお店でもお雑煮は食べられます。しかし、お雑煮専門飲食店となると、ほとんどないようです。

 冷やし中華も夏のメニューです。冷やし中華の発祥は昭和のはじめごろ、仙台の「龍亭」*3(または、東京の神田神保町の揚子江菜館)から始まったといわれています。いまや暑い夏には欠かせないメニュー。しかし、これもそうめんと同様に真冬に食べたいという人は少ないと思います。

 冷やし中華の専門店をネットで調べたところ、東京・赤坂にありました。専門店はここだけのようです。しかし、訪ねてみると、もはやお店はなくイケイケの居酒屋さんに変わっていました。

 こう見てくると季節メニューの専門飲食店、つまりニッチな飲食店のビジネスは難しいということでしょうか。

*3 菊池武顕(2013)『あのメニューが生まれた店』 コロナ・ブックス.

4.そうめん屋市場はあるのか、ないのか。コトラー先生の教え

 麺類の外食市場は、そば・うどんが約8,000億円。加熱気味のラーメン店が先述したように約4,400億円。パスタ専門店でも600億円ほどあります*2。外食産業の市場規模は約25兆円(総務省)。麺類以外ではハンバーガー、回転ずしの市場がそれぞれ約6,000億円、牛丼が3,700億円です。めん類の市場規模は大きいといえます。そのなかで、外食のそうめん屋市場はカテゴリーにありません。データ上はゼロです。

 ここからですね。考えどころは。マーケティング業界で有名なP・コトラー先生の本に有名な小話があります*4。

 靴をはいている人がいない国に行った靴のセールスマンの話です。この国には靴市場がないので売れないというセールスマンA。靴をはいていないのだから有望市場だというセールスマンB。どちらなのでしょうか。

 話の続きでは、このあとマーケティングの専門家Cが派遣されます。Cは現地で、インタビューも含めた詳細な調査をおこないました。結果、この国の人にあった靴を開発・製造し、一定の利益率を確保できる価格を設定し、靴の販売をするべきだと会社に報告しました。コトラー先生は、この行動がマーケティング活動としてあるべき姿だといっています。

 ということで、そうめん市場があるのか、ないのかは、もう少し調べる必要があります。コトラー先生の教えのとおり、今ないから、「ない」とは言いきれないということです。

*4 P・コトラー(2000)『コトラーの戦略的マーケティング』 ダイヤモンド社

麺類などの市場規模

5.もうひとつの季節ニッチのお店、かき氷屋さん

 谷中銀座に有名なかき氷のお店があります。「ひみつ堂」さんです。お店の前には、いつもお客さんの長い行列。メニューはゴージャスなかき氷。高いものは一杯1,800円もします。赤や緑のシロップのかかったかき氷が200円、300円だと思っている人(=私)にとっては驚きの価格です。しかし、お店のなかはお客さんでいっぱいです。

 このお店ではいつも新しいメニューが出てきています。メニュー開発の秘密については、店主が書かれた本、『ひみつ堂のヒミツ』*5に詳しく書かれています。このお店の新しい提案によって、かき氷ビジネス、季節メニューのビジネスに大きな変化が生まれたと思います。夏だけの商品であったにもかかわらず、1年中ビジネスが続いています。真冬でも人気の衰えがなく、通常は30分並んでもなかなか入れないようです。季節ニッチの飲食店であってもウマくいくということではありませんか。

*5 森西浩二(2017)『ひみつ堂のヒミツ』 DU BOOKS

ひみつ堂
谷中銀座の「ひみつ堂」さん。工夫した新メニューがいっぱいです

6.そうめん界のスティーブ・ジョブズはあなた

 かき氷のお店の繁盛ぶりを見ると、そうめん屋市場が存在しないのは、私の意見ですが、お客さまを魅了する新しい提案ができていないからだと思います。

 お客さまが求めるものを提供することをマーケットインといいます。重要です。反対に、「俺のメニューはどうだ!」とか「私の確信サービスはコレ!」というお店からの提案、プロダクトアウトの姿勢も、もっと重要だと思います。古くはソニーのウォークマン、近くは(?)アップルのアイフォン。お客さまに「すごい!」と思わせる新しい提案が新しい市場をつくります。

 そうめんのような、多くの人にとって親しみのあるメニューが、いまだに事業化されていないというのは不思議です。「これだぜ、俺のそうめんは」(どこかのお店の名前と似てしまいました)と新メニューを提案する気骨のある人、そうめん界のスティーブ・ジョブズのような人がいないとビジネスが成長しないのだと思います。

7.ニッチメニューから飛躍する飲食店ビジネスの歴史

 歴史に学ぶなら、たとえば長崎ちゃんぽん。清朝末期に日本に留学してきた学生のために考案されたメニューです*5。長崎のご当地メニューとして人気でした。このご当地のニッチメニューをリンガーハットさんが全国にチェーン展開、現在は約400億円のビジネスにまで成長させました。

 牛丼も似ていますね。文明開化のころ流行したすき焼きからヒントを得て、魚河岸で働く人たちのためにできた牛丼。吉野家さんが24時間営業、多店舗展開をして、現在は競合店を含めて3,500億円の市場になりました。メニューやサービスなどの新しい提案によって成長したのだと思います。

 ニッチな飲食店については、私なりですが、これまでいろいろな考察を重ねてきました。集中効果、グローバル化、社会課題の解決。ニッチな飲食店ビジネスに、この3つのなかのどれかが加わると成長すると考えています。(詳しくはサイト内をご覧ください)
 4つめは、この「新しい提案」だと考えます。ニッチなメニューに、新しい提案をして、事業を拡大し、参入障壁を築くことでビジネスとして成長すると思います。この意味でそうめん屋さんには、大きなチャンスがあると思います。

 ここまで考えてきたら、おなかが空いちゃいましたね。お雑煮で思い出しましたが、ヨメさんが香川県出身です。香川では世にも珍しいあんこ餅のお雑煮があります。初めて食べたときは「衝撃」でした。もう一度食べたいかなぁ。………カップ麺つくるか。