世の中には苦い食べ物が好きという人がいます。でも飲食店で専門に出す店はありません。当たり前ですね。だれもが行きたいという店ではありません。しかし好きな人がいるなら、そして東京でなら「ニッチな飲食店」としてうまくいくはずです。あまり明らかになっていませんが苦い食べ物には効用があるからです。また東京の人口1,400万人のなかに潜在的なお客さまがたくさんいるからです。ニッチな飲食店のビジネスチャンスです。

1.ほろ苦い、ちょっと苦い、かなり苦い。苦い食べ物総覧

 苦い物って、デキる上司の小言…。そうじゃなくて苦い味の食べ物です。おもに野菜ですね。
    
 思い浮かぶのはゴーヤ。別名もニガウリです。最近食べても苦くない気がします。そのほか春菊、芽キャベツ、なばな、フキノトウ、たらの芽、ゆり根など。たくさんあります。
   
 苦い西洋野菜の代表はケール。青汁の原材料ですね。そのほかパセリ、トレビス、ルッコラ、クレソンなど。こちらもたくさんあります。
   
 飲み物ならコーヒー、ビール、抹茶。罰ゲームのせんぶり茶は薬草ですね。ワインも苦いものもあるようです。
   
 さらにチョコレート。ポリフェノール効果のあるカカオ分95%のチョコはかなりの苦さです。
   
 魚の内臓類も苦味で人気です。最近食べられなくなってきたでっぷり太ったサンマの塩焼き。通はワタが好きです。アユのキモの塩漬け「うるか」。ウナギのキモヤキなどもあります。探してみると結構たくさんあります。

苦い食べ物はいろいろ
2.苦い味はいろいろ。理由は毒だから

 味覚には五味というものがあります。甘味・酸味・塩味・苦味・うま味です。甘味はスイーツやデザートなど、この世の食べ物界のヒーローでヒロイン。酸味はアクセント。塩味は味付けのトップスター「いい塩梅(あんばい)にしてや」です。
   
 うま味は日本人の池田菊苗(いけだきくなえ)が20世紀初頭に発見したおいしさの根源です。その成果は「味の素」として世界へと広がっていきました。いまや世界でも「Umami」という言葉で使われています。
   
 苦味はほかの4つに比べるとあまり話題になりません。好きな人は少ないでしょうし、子どもなら「キライ」ときっぱり言うでしょう。
   
 ヒトが苦味を感じる物質は酸味や塩味のように単純ではありません。下の表のように酸味や塩味に比べると苦味物質はたくさんあります。「苦い味はもともと毒の味だから」というのが一般的な説明のようです。毒ならば食べ物の苦い味について敏感にならざるをえません。
   
 死ぬ危険のある毒物には植物ではトリカブト、きのこではドクツルタケ、魚介類ではフグなどいろいろあります。ヘビ、カエル、昆虫にも猛毒のあるものがあります。
   
 生物以外にも青酸カリや水銀などの化学物質、暗殺好きのロシア人スパイが得意の毒物もあります。毒物が多様であることから苦味を感知する能力も発達したようです。
   
 一方で「良薬は口に苦し」で苦いものは薬にもなります。チンパンジーのような動物たちも身体の変調を感じると苦い植物を食べることがあるようです。また冬眠明けの熊は整腸作用があるというフキやフキノトウをたくさん食べるようです。
   
 私たちが苦い物が食べたくなるのは、もしかしたら身体のどこかに不調があるのかもしれません。動物のように苦味が薬になることを感じている人がいるようです。ここに「苦い物レストラン」のビジネスチャンスがあります。

味物質の種類とその具体例
3.苦い食べ物の市場成長性。ケールの栄養価と苦い野菜の食物繊維

 苦い食べ物でビジネスができるのか心配です。市場として少しでも存在する価値があるのか、さらにそれが成長するのかが知りたいところです。
  
 注目すべき野菜はケールです。スーパーフード(栄養成分が豊富でカロリーが低い)とよばれ、アメリカでは最近人気が高まっています。
   
 日本では青汁のもと。かつては「まずい!もう一杯」のCMで有名になりました。現在ではサラダ用のケールをスーパーで見かけるようになりました。野菜としては珍しく機能性表示食品として厚生労働省に認定された品種のケールもあります。
   
 ケールはキャベツやブロッコリーの仲間。古代ギリシャでは薬草とされていたようです。食物繊維、ビタミン類も豊富。栄養価の高さが評価されているようです。
    
 後述しますが、ケールだけでなく苦い野菜は食物繊維を多く含みます。多くの人が食物繊維で腸内環境を整えることに熱心になっています。これから苦い野菜は消費量が伸びるものと期待できます。

ケール・ゴーヤ・ブロッコリー・ニンジンの栄養価比較
4.「苦い物レストラン」構想。ターゲットはストレスを感じる人

 ケールで「市場の成長性が見えてきた」として具体的に「苦い物レストラン」を構想しましょう。
   
 まず一番はターゲットです。マーケティングの一番大切なもののひとつです。経営学の神さま、ドラッカーも「顧客を創造すること」といっています。だれがお客さまなのか。これがABCのA、いの一番です。
   
 ストレスをかかえる人たち、ココロとカラダに負荷のかかる人たちがお客さまになりそうです。
   
 昭和のニオイのする男たちに囲まれてガラスの天井を打ち破ろうとする女性かもしれません。新しい資本主義とDX・AIに翻弄される若い人たちかもしれません。
  
 ストレスを減らすためには睡眠、運動などが重要です。さらに食べることでもストレスを減らせます。腸の状態を良くすることで脳の機能にも良い影響を与えます。「脳腸相関」です。
    
 その腸活、腸内環境を整えるためには食物繊維です。パセリ、フキノトウ、芽キャベツ、ゆり根、なばな、たらの芽など苦い野菜はほかの野菜に比べて食物繊維量が多い傾向にあります。もちろんケールにも十分含まれています。
   
 ターゲットは潜在的に食物繊維をもとめる人たちになります。

野菜の食物繊維量
5.「苦い物レストラン」の4P。苦い野菜の新メニューと苦味のコンテンツ

 マーケティングの基本「マーケティング・ミックス」の4Pつまり製品(プロダクト)・場所(プレイス)・価格(プライス)・プロモーションでさらに店について考えてみましょう。
   
(1)製品(プロダクト):苦い野菜の新メニュー開発
 ケールの新しいメニューの提供がポイントになりそうです。定番のケールをつかった野菜サラダも重要ですが、レストランということならケールと肉や魚を使ったメニューがほしいですね。
    
 アメリカで人気が高まるケールなのでニューヨークやロサンゼルスでも料理開発が進んでいるかもしれません。でも世界の観光客が注目する日本の飲食店ビジネスです。見た目も美しくおいしい日本的な料理を開発したいところです。
   
 もし人気のケールメニューができたら元祖メニューの店になれます。元祖メニューの店はニッチな飲食店の成功パターン。最強のプラチナカードです。
    
 元祖メニューを目当てに半永久的にお客さまがやってきます。麻婆豆腐の「四川飯店」。トンカツの「(銀座)煉瓦亭」。たらこスパゲッティの「壁の穴」。元祖メニューの店は長寿で人気店です。よその店が上手にマネしても元祖にはなれません。
    
 ソフトドリンクは苦みの効いたコーヒーと抹茶。カフェイン、タンニンが苦味のもとです。カフェインには覚醒を促す効果が期待できます。
   
 アルコールならビール。苦味はホップにあります。ビールの保存性を高めるものですがホップの成分にも健康機能があるようです。
  
 またビールの苦みは「IBU」という1から100までの指数で示されます。一般に市販されているビールは10~20ぐらい。海外のビールには100以上のものもあるようです。苦いブランドのビールを提供できます。
   
 デザートはビタータイプのガトーショコラ…。いやいや最後のデザートだけは苦味なしの超甘いスイーツがいいかもしれません。
      
(2)場所(プレイス):東京の都心。イノベーターが住む街
 立地は東京の都心がいいですね。革新者(イノベーター)がいるからです。「苦い物レストラン」のような風変りな店、ニッチな飲食店はイノベーターがまっさきに試すことになるからです。
    
 イノベーターは新しいことや新しい製品が大好きです。苦いサラダを口にして「ニガ~い!」とSNS叫んでくれるはずです。そこから真に苦い物が好きな人へと伝わっていきます。
     
 イノベーター理論では全体の2.5%の人をイノベーターとしています。東京都の人口は約1,410万人(2024年1月)。となると35万人の人が初期の来店者になる可能性があります。人口密度の高い東京の都心が最適です。
     
(3)価格(プライス):価格競争しない
 珍しい食材をそろえることになります。それなりの価格になるはずです。たとえサラダであっても他の飲食店との価格競争は考えません。ニッチな飲食店ならば競合はありません。十分な利益のでる価格に設定できます。
    
(4)プロモーション。店の名前と苦い食べ物コンテンツ
 プロモーションの筆頭は店の名前です。ニッチな飲食店に広告予算はありません。店の名前こそ最大のプロモーションです。名前で店のすべてがわかり、一度聞いたら忘れられない店名が必要です。
    
 5分で考えてみました。キャッチフレーズ付きで二つ提案です。
    
 最初は<苦い味こそ楽しい「苦楽苑」>…「きみと、一生苦楽をともにしたいんだ」なんて…。すべりそうですね。
   
 次は<苦い味こそ天国「レストラン ビターヘブン」>。…「どうだ、この苦さ天国気分だろ」なんて…。罰ゲームの会場になりそうですね。…もっといいアイデア考えて出直します。
    
 ここまで書き進めてきましたが苦味の情報は少なく、書かれている本もあまりありません。しかし苦い味は多様でそれぞれに効能がありそうです。珍しい情報を集めて適切にお客さまに知らせるべきです。
    
 店のWebサイトやSNSで苦味について正しく伝えていくことで店の知名度があがるはずです。知名度があがれば苦味好きの人がやってきます。
    
 世の中の役に立つ情報であればGoogleでの検索ランクも無理なSEOをしなくても上がっていくはずです。店内でもこの情報をわかりやすく伝えるのが大切なプロモーションだと思います。

6.まとめとして。ニッチな飲食店の成功戦略はターゲット

 このサイトでは個人店がとるべき道について語っています。「ニッチな飲食店」を目指すべきだということです。事例で紹介しているように、ニッチならば小さな個人店でも大きな成長の可能性もあります。日本の飲食店なら海外からも注目されます。
    
 特に東京ならばチャンスがあります。アマゾンのジャングルのような濃密な環境では多様な生物種が存在できます。生態学の知見です。実際に都市ジャングル東京にはびっくりするようなニッチな飲食店が存在します。
   
 外食チェーン店はサービス技術を高めて、おいしいものをそれなりにおいしく手頃な価格で提供しています。お客さまは「できるだけ多くの人」です。
   
 一方で個人店は外食チェーン店と同じでは厳しい状況に追い込まれます。ヒト・モノ・カネ・情報などの資源がないからです。チェーン店ではどうしてもできないことに心血を注ぐべきです。それはターゲットを特定のお客さまに絞ることです。
   
 苦い食べ物に絞った飲食店ビジネス。お客さまが想定できます。苦い食べ物の効用に着目すれば飲食店ビジネスとしてチャンスがあります。
   
    
 私も苦い物が大好きです。マイブームはセロリの葉の塩炒めです。妻からは「貧乏くさい」と言われます。本当は「貧乏くさい」じゃなくて「貧乏」かもしれません。

<参考文献>
斉藤幸子・小早川達編『味嗅覚の科学: 人の受容体遺伝子から製品設計まで』朝倉書店 2018
『サライ』「苦いものは、体に旨し」小学館 2004年7月15日号
阿部 清『野ブキ・フキノトウ―株増殖法・露地栽培・自生地栽培・促成栽培・加工』農文協 2004
中村好男監、タニカワ久美子『職場のメンタルヘルスケアと実践 ストレス対処のための運動・栄養・休養』講談社2018
<Webサイト> 
Harper‘s BAZZAR『栄養士が推薦!腸内環境を整えるのに効果的な「苦い」食べ物13』
農畜産業振興機構『苦いからおいしいへ~今、注目されるケール』新田美砂子
ビール醸造組合『飲酒(ビール)の効用:ホップ成分の効果』
ヤクルト中央研究所『健康用語の基礎知識:脳腸相関』