アメリカ人の成人の約40%、2歳から19歳の18.5%は肥満というデータがあります*1。アメリカの名物といえばハンバーガー、フライドチキン、デリバリーのピザ。それにフライドポテトにビールとコーラ。わかります。おいしいですよね。

 肥満になると健康に問題が起きます。肥満に貢献するアメリカのファストフードもそろそろ変化するはずです。時間を大切にして健康的な食事を求める高所得者向けのファストフードチェーンが誕生すると予測します。

●盲腸で200万円。アメリカでは病気になれない

 「あなたは盲腸の手術で200万円払えますか」。ジャーナリスト堤未果さんの『沈みゆく大国 アメリカ〈逃げ切れ! 日本の医療〉』のキャッチフレーズです。近ごろは円安なので300万円に値上げですね。考えただけでお腹が痛くなっちゃいます。

 アメリカの医療保険制度は日本のように、すべての国民が加入する皆保険制度ではありません。2010年までは医療保険加入は個人の自由でした。自由の国ですから。

 2010年には約3,000万人が未加入。人口3億3千万人のアメリカのほぼ1割が無保険ということでした。当時のオバマ大統領はオバマケアとしてこの問題に取り組みました。それでも現在までに、この数字は大きく減少してはいないようです。

 アメリカでは保険に入っていたとしても医療費は高額です。病院は医療事故の訴訟に備えるためにも高額に設定しておく必要があるからです。

 また薬の値段も高額です。日本と違って薬の値段について国の承認が不要だからです。日本でも最近ゾルゲンスマという難病の薬が、保険適用でも約1億6千万円という薬価になり話題になりました。

 アメリカならお金に余裕のない人は病院に行きたくても行けません。病院に行って何百万円も請求されると思ったら足がすくんでしまいます。ましてや医療保険に入っていないとすればなおさらです。病気になったら、あきらめて死を選ぶしかないということでしょうか。

●自分で健康を守ることが大切になる

 アメリカ人の平均寿命は78.9歳。日本の平均寿命はOECD諸国で最長、84.4歳です。次いでスイスの84.0歳、以下スペイン83.9歳、イタリア83.6歳、韓国83.3歳と続きます。OECD平均では81.0歳。アメリカはOECD諸国のなかでもかなり低いほうです*2。

 平均ですから、高額の医療を受けられるお金持ちは長生きのはずです。十分な医療が受けられない貧しい人が早くに死んでいるということです。所得の格差は、そのまま命の格差になります。

 「血がでるほど本気で歯を磨くんだ。歯医者にいくことになったら、いくらかかるかわからない」。アメリカ人は自分の健康を守ることに必死だと聞いたことがあります。手厚い健康保険制度に守られた日本人と比較するとアメリカ人は自分の健康を守る意識がかなり高いはずです。

一人当たり医療費と平均寿命
●飲食店のポジショニング。こんなところに新しい機会が

 肥満の元凶のひとつでもあるファストフードについて考えてみましょう。商品価格と食事時間の2軸で飲食店ビジネスを分類するとファストフードチェーンの上に空きポジションができます。

 「急いで食べなければいけない店で高価格の商品を食べる」なんて考えられませんね。食事の時間を大切にするフランス人なら怒ってしまうでしょう。つまり、高級なファストフードというポジションの飲食店はいまのところありません。

 ファストフードといえば、基本的に低価格です。お客さまは、騒がしい…イヤ、元気のいい子どものいる家族、そしてあまりお金はないけどお腹を満たしたい人たちです。これまでは早く食べるのに、お金をたくさん払うなんて考えられませんでした。

 しかし21世紀には、これまでと違う、新しいタイプの人たちも生まれています。空きポジションの高価格のファストフードチェーン。ここが新しい機会、ビジネスチャンスだと言えます。

商品価格と食事時間による飲食店ビジネスの分類
●人類は料理で進化した。食事のための時間を減らす

 アメリカでは完全食で食事を済ませる人たちがいます。シリコンバレーなどで働く仕事中毒の人たちです。サプリやドリンクで食事を済ませてしまいます。遠くにいるママは心配しているかもしれません。

 アメリカRosa Labs, LLCが販売するソイレント、日本ではCOMPなどの会社が完全食を提供しています。最近ではタンパク質や食物繊維入りの「べースブレッド」(BASE FOOD社)という商品も売れているようですね。このような食品を求める人たちがいることは確かです。

 この現象、人類の進化と関わっています。人類の進化は「火で料理」をするようになったからだという人類学者リチャード・ランガムの「料理進化説」です。前述しました。

 食べ物は生のままでは咀嚼にも体内での消化にも時間がかかります。チンパンジーの食事時間は、食べ物を探すことと咀嚼するために1日に5~6時間をかけています。テレビのチンパンジーは楽しそうですが、野生で生きていくのは大変です。

 人類は約180万年前のホモ・エレクトスの時代に、火を使って調理することで食事の時間を短くしました。火によって炭水化物の栄養価は高まり、タンパク質はやわらかくなり消化しやすくなりました。これによって脳の発達にエネルギーを使うことができるようになり、人類は進化しました。

 こう考えると「食事に使う時間を減らす」ことでさらに進化がおこるかもしれません。いまのところ脳は「たくさん食べる」ことを要求しています。数百万年にわたって食べることが最優先だったからです。

 しかし現代に至ってはもはや十分に食べています。十分以上に食べることは栄養過多で健康を害することになります。「いつもお腹いっぱい」は危険です。

 この先の時代は短い時間で健康を維持するために食事をすることが目標になってくるはず。それを目指す人たちが増えてくるはずです。完全食が完全だとは思いませんが、人びとは食べ物の栄養価についてこれまで以上に関心が高くなると考えます。

●アメリカのファストフード業界。いまだにカロリー先行型。それでも

 アメリカのファストフードチェーンのランキングです。マクドナルド、スタバ、サブウェイ、バーガーキングなどおなじみのメンバーがそろっています。それぞれに炭水化物と脂肪のオンパレードです。

 それでも最近、少し変化が表れています。大豆ミートの食品もたくさん出てきました。マクドナルドでさえもカロリーを減らし塩分を減らす商品づくりをしています。消費者の健康や気候変動への意識の高まりに応えざるを得ない状況なのだと思います。

 しかしビジネスとして高カロリー商品でお手ごろ価格がメインであることに変化は見られません。時間の節約と健康を強く意識したファストフードチェーンはいまのところないようです。

全米ファストフードチェーンベスト20
アメリカのファストフードチェーンランキング上位20チェーン QSR Magazine Ranking The Top 50 Fast-Food Chains in Americaより
●健康ファストフードチェーンがアメリカで誕生する

 個人の健康データとリンクし栄養学的に管理された食事をすばやく提供するファストフードチェーンが誕生すると予測できます。

 ターゲットの顧客は、健康を維持しながら食事の時間を短くしたい人たちです。食べる楽しみを優先する人たちではありません。また、それなりの所得のある人たちです。以下マーケティングの基本としての4Pつまり商品、価格、場所、プロモーション別に説明します。

(1)商品(Product)
 仮にハンバーガーを想定します。ふたつのコースが考えられます。ひとつめはポピュラーコース。一般的な健康維持や肥満に対応します。完全食を目指して、低カロリー、高タンパク。不飽和脂肪酸を減らし、十分な野菜や果物をハンバーガーにセットにします。

 ふたつめは個人別アレンジコースです。個人の健康データに基づいて個別に調理されます。高血圧なら塩分控えめ。動脈硬化なら全粒粉で食物繊維を。それぞれの症状にあわせて食事療法となるようなものを提供します。

 個人別アレンジコースでは管理栄養士がメニュー作成をサポートします。なにを食べたらいいのか、どのくらいの食事のカロリーを摂るべきなのか。健康データをもとにサポートします。

(2)価格(Price)
 高価格設定。これまでのファストフードのような低価格ではありません。提供する商品とサービスは価値の源泉があるからです。個人別アレンジコースではかなりの高額になります。

(3)店舗(Place)
 多店舗化。ニッチな飲食店のマーケティングが専門ですが、これについては一定のエリア内でのチェーン店化が望ましいと思います。チェーン店であれば、どこの店でもその人に必要なメニューが提供できるからです。また食事療法ならば、いつでも、どこででも継続的に食べられることが大切だからです。

(4)プロモーション(Promotion)
 正しい情報によるコンテンツ提供。広告は使いません。確かに金太郎に浦島太郎、乙姫、かぐや姫まで登場する広告は面白い。だから買うのか。これは別問題だとみなさん思っているはずです。

 ネットでの記事(コンテンツ)を中心にしたプロモーションが有効なはずです。ブルーベリーで目がよくなる。赤ワインで心筋梗塞にならない。コラーゲンでお肌プルプル…。しっかりとしたエビデンスのない情報は「怪しい」情報です。信用できません。

 ターゲット層は正しい情報を求めています。コンテンツ提供ではすぐに効果がでないかもしれません。しかし正しい情報を積み重ねていく努力をすると大きなプロモーションになるはずです。

●日本にもやって来る。怖いかもしれません

 日本人は健康に無頓着かもしれません。国民全員が健康保険を持っているからです。「ストレス解消にはお酒が一番」「スイーツは自分にご褒美」「深刻になったら考えよう」。そんなこと言っていて大丈夫なんでしょうか。

 国民医療費を負担する政府と自治体は死に物狂いです。「いつかはこの金食い虫を踏みつぶしてやる」と思っているはずです。そこに、アメリカの健康ファストフードチェーンが現れます。「これは病気予防にいいじゃないか」と思う行政の人たちも出てくるはずです。

 アメリカのように、健康を維持しようとする生真面目な人たちだけが利用するチェーンでは「甘い!」。国民の理解に期待することではうまく行かないことを知っています。いままでも、さんざん口をレモンとカボスとシークワーサーのように酸っぱくして言ってきたのに聞いてくれないからです。

 「公的圧力でやろう」となりはしないでしょうか。結構、恐ろしいファストフードチェーンになるかもしれませんね。でも、そうでもしないと健康保険制度がこわれてしまい、アメリカのようになってしまうかもしれません。

 明日から、食事の健康管理とウォーキングをやりますか。間に合うかな~。

<参考文献>
*1 https://www.qsrmagazine.com/health-wellness
*2 「図表でみる医療2021:日本」OECD雇用局医療課 藤澤理恵 2021年
細田満和子『パブリックヘルス 市民が変える医療社会』明石書店 2012
堤 未果『沈みゆく大国 アメリカ〈逃げ切れ! 日本の医療〉』 2015
リチャード・ランガム/依田卓巳訳『火の賜物 ヒトは料理で進化した』NTT出版 2010