新しくできた近所のラーメン屋さん、行列です。でも、ちょっと心配。人気はいつまでも続くものでしょうか。

<おもな内容です>
 ラーメン、相変わらず人気です。でも、このままでは伸びないかもしれません。工業化社会によって生まれたファストフードのハンバーガー。そのシェアはマクドナルドが7割以上。しかし、市場規模は小さくなっています。情報化社会になったいま、ラーメン屋さんのようなファストフードは、大手はともかく中小の事業者には厳しいものになると思います。
 ラーメンは日本のクールなコンテンツ。しかし、ルーツは中国。いま、中華圏*の料理に着目すべきだと思います。情報化社会では「個食化」が進みます。個食化に対応するヒントは中華圏の多様な料理にあると思います。日本は古代から現代まで、東西の国々の背中を追いかけてきた歴史があります。背中を追って新しいものを作り出す。これが辺境の国にとって大切なことです。他の国ではマネできないニッチなポジションです。ラーメン・ビジネスなら、いま一度中華圏の大きな背中に注目すべきです。

*中華圏の定義:ここでは特定の国ではなく、広い意味で漢字の文化圏や中国語が使えるエリアを中華圏とします。

1.ラーメンは細くなっていくのか?

 ラーメンは細麺か太麺か。ラーメン通のみなさんなら、ひとこと、ふたことあるでしょう。私の考えですが、「このままでは細くなっていく」です。麺の太さの話ではありません。ラーメン・ビジネスの先行きです。

 外食産業のなかでラーメン市場は成長しています。2008年の市場規模は4,025億円でしたが、2018年は4,427億円(見込)になりました。10年で約10%成長しています*1。

 市場規模だけではありません。世界からも注目されています。訪日外国人が日本で最も満足した飲食は何かという調査では、ラーメンが寿司よりも上位の2位にランクされています*2。いまは、新型コロナウイルス感染症の拡大で訪日客は止まっていますが、日本のラーメンは大変な人気です。

 海外出店も増えています。ラーメン業界でシェア6位の「一風堂」、国内の店舗数は163店ですが、海外の店舗はすでに130店にもなっています。あまり知られていませんが、熊本が本拠地の「味千拉麺(あじせんラーメン)」は国内店舗は76店舗。しかし、海外は中国を中心になんと835店舗も展開しています*3。

 「ラーメンは太くなっている!」じゃないですか。しかし、それでもビジネスとしては、これから厳しいと考えます。

*1:外食産業マーケティング便覧2018 富士経済
*2:国土交通省観光庁 2018年年次報告書「訪日外国人の消費動向」
*3:一風堂、味千拉麺のWebサイト情報

ラーメンの市場規模は成長。訪日外国人に人気なラーメン
ラーメンの市場規模は成長。訪日外国人に人気なのは肉料理、次いでラーメン

2. ハンバーガー市場は縮小中。ラーメンの未来は?

 新型コロナウイルス感染症の拡大で、特に社会の変化を感じています。飲食のビジネスにも大きな影響があると思います。

 ファストフードの代表ハンバーガー。その誕生は19世紀後半のアメリカ社会の工業化という変化が要因です。一斉に工場に出勤し、昼は、短い時間で食事をして職場にもどる。夜も遅くまで働き、カンタンに食事をして寝る。食事の準備をしたり、食事を楽しむことに時間をかけなくなったことからファストフードが必要になりました。

 いま情報化社会になりました。工場などで働く人たち、いわゆる第2次産業で働く人の割合は23.6%、飲食店など第3次産業で働く人は43.9%になっています*1。人びとが一か所に集まって、一斉に仕事をする必要は少なくなっています。

 さらに、ファストフード・ビジネスで顕著なのは、大企業の寡占です。大きな企業であれば、資金力があります。人材も豊富。広告などのマーケティングも上手です。なによりも商品を大量に生産して、コストを下げてシェアを拡大することができます。

 日本のハンバーガーでは、マクドナルドがシェア73.8%です。テリヤキバーガーの生みの親、2番手のモスバーガーは16.8%。マクドナルドはちょっと前に、異物混入などの安全性の問題でゴタゴタして業績を落としました。しかし、それでも圧倒的な寡占といえます。一方、ハンバーガーの市場規模は減少しています。2008年には6,910億円だったのに、2018年は6,300億円になっています。10年で約9%のダウンです。*2。

 どういうことでしょうか。ファストフードのトップ企業は市場を独り占め。市場規模は縮小。ならばラーメン市場の未来はどうなるのでしょうか。成長するオイシイ市場です。大手外食企業がラーメン・ビジネスに飛び込んでくるかもしれません。あるいは現在の上位チェーン店がシェアを伸ばし成長するかもしれません。いずれにしろ、中小のチェーン店や一般のラーメン店は厳しい状況になるのではないでしょうか。

 社会の変化が急速です。ラーメンがこのまま支持され続けるかは疑問です。もはや成熟市場です。マーケティングの方法論では、ここから先は商品バリエーションを増加させることと安売りの道です。麺は細麺かちぢれ麺か太麺か…。チャーシュー2枚サービスか替え玉サービスか次回半額か…。この道に明るい未来はありません。

*1 総務省 国勢調査概要 平成27年(2015年)
*2 外食産業マーケティング便覧2017 富士経済

ハンバーガーの市場規模は減少傾向 市場はマクドナルドが圧倒的なシェア
ハンバーガーの市場規模は減少傾向。市場はマクドナルドが圧倒的なシェア

3.クールな日本のラーメン。ルーツは中国

 ラーメンはクールジャパンの最前列にいます。政府機関も熱心に支援しています*1。でもラーメンのルーツは中国ですね。「黄門さまが最初に食べた」など、各地に楽しい元祖自慢があります。

 歴史研究家のバラク・クシュナーさんは、1884(明治17)年に函館の「養和軒」が「南京そば」を出したとしています*2。食文化史研究家の小菅桂子さんは、横浜(または長崎)の南京町の華僑の食堂から始まったとしています*3。中国の麺の研究者の坂本一敏さんは、ラーメンが日本にわたったルートは、札幌、横浜・東京、九州・沖縄の3つがあるとしています。*4。この議論、調べれば調べるほど面白い話がでてきます。ラーメンの邪馬台国論争です。いずれにしろ、日本を代表するラーメンは、中国からやってきた麺料理をアレンジして、ここまでに高めたものだといえます。

 歴史をさかのぼれば、定かではありませんが、中国の麺はシルクロードを経由してイタリアにわたりパスタとなったとのこと。また、讃岐とか稲庭などの「うどん」も遣唐使とともに日本に渡ってきたようです。

 餃子からタピオカ・ミルクティーまで、広い意味での中華圏の食べ物は、日本の食文化に大きな影響を与えてきました。その要因は、味覚の親しみやすさ、世界三大料理といわれる高い調理技術、そして、さまざまな民族がもつ多様な料理の存在があるからだと思います。

 いまに至っても、中国の麺文化は続々と日本にやってきています。麺を包丁で切り出す刀削麺(山西省)、すっきりしたスープの牛肉麺(蘭州)、3メートルもある麺のビャンビャン麺(西安)など中国からやってくる人の増加とともに、新しい麺料理店がお目見えしています。中華圏の料理は飲食ビジネスの大きなキッカケになっています。

*1 官民ファンド クールジャパン機構が一風堂を支援
*2 バラク・クシュナー『ラーメンの歴史学』明石書店 2018年
*3 西山松之助ほか『たべもの日本史』新人物往来社 1994年
*4 坂本一敏『誰も知らない中国拉麺之路』小学館新書 2008年

刀削麺(日本橋)、蘭州牛肉麺(東京駅)、ビャンビャン麺(新川)
刀削麺(日本橋)、蘭州牛肉麺(東京駅)、ビャンビャン麺(新川)

4.社会は変わる。飲食は個食化へ

 今度の感染症拡大によって、社会の変化がスピードアップするかもしれません。人と人の間をちょっとあける「ソーシャル・ディスタンシング」。英語でいうとちょっとカッコイイですね。これからしばらく続くのでしょう。

 未来社会のことまでわかりませんが、飲食業界では「個食化」が進むといわれています。すでに多くの人が指摘しています。また、日本の世帯構造はひとり世帯(26.9%)がまもなく、夫婦のみの世帯(29.5%)を抜いてトップになると思われます*1。少子化、高齢化などで「おひとりさま」がますます増加。個食化は必然のなりゆきです。

 「ぼっちめし」、「ソロメシ」などといわれます。居酒屋さんなどで、ひとりで来店し、お酒を注文しないで食事だけというお客さんが増えてきているという声を聞きます。お酒の注文がないと売上が減ります。困っている店主さんも多いと思います。しかし、これが個食化の表れです。

 テレワークやオンライン授業を経験して「けっこうデキる」と思った人も多いはずです。こうなると、仲間といっしょに食事をする必要性が減少します。仕事帰りに嫌いな上司につかまって、聞きたくもない昔の自慢話を聞かなくてよくなるわけです。「飲みにケーション」などというオヤジ人類はやがて絶滅ですね。昼食や夕食などの時間を気にせず、好きなタイミングで、食べたい量だけ、切れ目なく食べる。これが個食化のスタイルのようです*2。間もなく飲食のビジネスモデルが変わることになると思います。

*1 厚生労働省 国民生活基礎調査 2018年
*2 ジャック アタリ『食の歴史』プレジデント社 2020年

5.スマホを見て「それなに?」と聞きたくなる料理

 「個食化」という言葉は、ちょっと寂しい響きの言葉ですね。これまでの食事(会食)と異なり会話ができません。会話がなければ食事の時間は短くなり、健康面からも望ましいものではありません。夕飯を食べながら父親、母親から小言も食らったり…。たわいない会話でストレスを解消させたりする。会食は人びとにとって重要な活動でした。

 しかし、個食化は進みます。ロマンや郷愁では会食を復活させることはできません。むしろ、これから個食化にどう向き合うかが大切なのだと思います。インスタグラムには料理の写真がいっぱいあがっています。調査によると、インスタのトピックスで「クッキング/料理」はフォロー率23%。これはファッション、写真の27%についで3番目にランキングされています*1。

 アップされた写真や動画に友人や海外の知らない人たちが反応します。コメントをもらうと「見てくれたんだ」と感じます。返事したり、スタンプしたりカンタンなコミュニケーションが生まれます。これには満足感があります。テレビを見ながらの食事よりも孤独感はありません。SNSを使うことで会食にはない交流ができます。

 SNSで関心をもってもらうためには、ハンバーガーのようなありふれた食事では難しい。できれば「それなに?」と対話が続くものがいいはずです。豪華でオシャレな料理もいいけれど、新しい料理、珍しい料理もポイント。SNS映えには中華圏の広大なエリアにあるさまざまな珍しい郷土料理が適しています。

 前述のビャンビャン麺の「ビャンビャン」は、漢字で書くと57画になります。「え!どんな漢字?」と聞きたくなります*2。中華圏は、その地域の広大さと多様性から個食化にむけた料理のアイデアをふんだんに提供してくれるものと思います。

*1 Business.Instagram.com 「2017Instagram使用実態調査‐メディア&デジタル」カンター・ジャパン
*2 詳しくは、当室ブログ「中国麺料理市場誕生か。中国西安のビャンビャン麺」参照ください

誰も知らない中国拉麺之路
中国各地の麺料理を調査した坂本一敏氏の『誰も知らない中国拉麺之路』から

6.まとめ 辺境の国は中華圏の背中を追って学ぶ

 海外の大きな国々の背中を追いかけること。日本が歴史のなかでおこなってきたことです。明治維新で追いかけたのは、英・仏・独などのヨーロッパ。脱亜入欧でしたね。飲食でも牛鍋、すきやきなどの肉料理、オムライスなど西洋料理を日本化した洋食が誕生しました。

 第2次大戦後はアメリカ型の社会を追いかけました。小麦の輸入によるパンの普及。その後のコーラ、ハンバーガー、ポテトチップス、ピザ…。脈絡ありませんが、私の好きなものです。しかも、ピザはイタリア(^_^)。

 明治維新だけではありません。古代から漢字、仏教、儒教など中国の知識、技術、文化を学びました。戦国時代には、キリスト教の国から鉄砲の技術を学び、戦乱の社会を変えました。(そういえば、カステラも好きです。特に底の茶色の部分。)

 あちこちの背中を追いかけてきました。ときに「サルマネ」と揶揄されながらも、技術を磨いてご本家と肩を並べ、追い抜いていく。ここが、日本のいいところではないでしょうか。欧米から製造技術を学び、洗練させて、「ものづくり大国」と称しました。中国からやってきた茶の習慣も、日本では「わび・さび」のような独自の美意識に変身させました。悪くいうとパクリですが、良くいえばオープンマインド。恥ずかしがらずにしっかりと大きな背中から学ぶことです。

 中華圏は広大なエリアと多くの民族、人口をかかえています。日本は辺境の国です。日本は世界をけん引するリーダーには、才能の問題ではなく地理的な条件として適していません。辺境の国は学び上手です。他の国ではマネできないニッチで素晴らしいポジションです。背中を追いかけることを残念に思うことはありません。この位置にいることの大切さを噛みしめるべきです。

 新型コロナウイルス感染症で悩める飲食ビジネス、ラーメン・ビジネスは、いま、追いかける背中について考えるべきです。これからの個食化時代にこたえるために、古くて新しい大きな背中、中華圏から料理のヒントをたくさんもらう。そして洗練させ、超えていく。そこに道が開ける気がします。

 

ステイ・ホーム。いま、家にこもって、野菜いっぱいの中華丼を作って食べています。おいしい。おかわり!

*参考 内田 樹『日本辺境論』新潮新書 2010年