純文学も純喫茶もその名に反して、やや不純で猥雑なイメージがあると私の友人が言っています。純文学はわかりませんが、確かに私が子供のころの昭和時代には「喫茶店に行くやつは不良だ」と言われていました(笑)。

1.神保町の喫茶店「ラドリオ」

 そんなわけで本と喫茶店の街、神田神保町の喫茶店「ラドリオ」さんに伺いました。お昼過ぎでしたが、お客さんがいっぱい。人気店ですね。このお店は「純喫茶へ、1000軒」*1という本にウインナーコーヒー日本発祥の店として紹介されていました。

「純喫茶」懐かしい響きです。入り口はレンガと古びたドアや手書きの看板。昭和30年代のレトロなイメージがいっぱいです。けがれを知らなかった少年時代を思い出します(笑)。

純喫茶ラドリオ、ニッチビジネス戦略
神保町のレトロな純喫茶「ラドリオ」

2.「残存ニッチ」というニッチビジネス

 ニッチビジネスの分類の中に残存ニッチ戦略というカテゴリーがあります。これについては、「競争しない競争戦略」(山田英夫著)*2に詳しく書かれています。
 市場が衰退期に入ると大手の企業は撤退します。その後、中小の企業が細々と事業を続けていくことで維持される市場です。小さな市場ですが、残り物には福があります。

 残存ニッチの典型的な例は「アナログレコード」。次々とあらわれる新しいメディアの登場で、アナログレコードは小さい市場となってしまいました。しかし、現在は、東洋化成株式会社が日本で唯一の会社となったため、独占市場となりました。

 純喫茶というカテゴリーも残存ニッチと考えられます。フルサービス型の喫茶店(お客さまの席まで注文を取りに来るお店)は、スターバックスやドトールなどのセルフサービス型のコーヒーショップやコンビニのコーヒーの成長により減少。毎年千店舗ぐらいが閉店しています。
 しかし、店舗数はセルフサービス型の約5,000店舗と比較すると、約50,000店舗とまだ圧倒的に多くなっています。それでも純喫茶、名曲喫茶、ジャズ喫茶などのような古くからあるカテゴリーは、全体からみると店舗数は少なく、ニッチビジネスと考えてよいと思います。

フルサービス型とセルフサービス型コーヒーショップの市場規模
フルサービス型喫茶店が減少。しかしセルフ型と比較するとまだ大きな市場

 では、この残存ニッチの人気喫茶店「ラドリオ」について、お客さま、自社の強み、競合企業をもとに分析(いわゆる3C分析)をしてみます。

3.お客さまはキッパリ。昭和・紫煙・読書

 店内は、本を片手に紫煙をくゆらす方が多く見受けられます。最近は、なかなか受け入れてもらえない喫煙者も全席喫煙席のこのお店なら安心して入れます。本屋をまわって、気にいった本を手に入れ、コーヒーとたばこで一服というところでしょうか。ターゲットは、中高齢者、喫煙者、読書好きと明快です。

 お客さまがどんな人なのか。これがしっかりとイメージできていれば、マーケティングの施策はカンタンです。前述の「純喫茶へ、1000軒」によると数年前にお店は改装したとのこと。「では、今風に変わってしまったのか」と思いきや、むしろ、昭和の古いイメージを強化するための改装だったようです。お店のターゲットをしっかりと認識した施策です。

 喫煙する人も減ったといわれていますが、調査でみる限り、男性の喫煙率はまだ約30%もあります。昨今、全面禁煙の飲食店が増加したことを考えると、喫煙者側に立ったお店であることも人気の要因かもしれません。ちゃんと、お店のマッチも用意されています。デザインも懐かしさいっぱいです。

男性喫煙率約30%
意外と多い喫煙率。喫煙できる喫茶店は少ないことも人気の要因

4.店舗の強みは「日本発祥の店」

 ウインナーコーヒー日本発祥の店というのは大変な財産だと思います。ウインナーコーヒーは、一定年齢以上の方にはプレミアムなイメージがあると思います。週末は並ぶとの声もあるので、おそらく新規のお客さまの獲得も「日本発祥の店」ならば容易だと思います。

 ウインナーコーヒーを知る人なら、神保町に来た時には、懐かしい昭和の香りがいっぱいのこのお店に入ってみたいと思うのが普通だと思います。ラドリオ=ウインナーコーヒー発祥の店。ワンワードで覚えてもらえることは、何にも代えがたいマーケティング戦略です。

ウインナーコーヒー発祥の店
ウインナーコーヒー発祥の店

5.競合は浅草連合と中野・高円寺連合

 ここが面白いところです。近隣に有名な老舗喫茶「さぼうる」。近くには本格的なコーヒー店「伯剌西爾(ぶらじる)」。さらに路地の向かいにもレンガ壁の「ミロンガ・ヌォーバ」など昭和のイメージを持つ純喫茶が多数あります。
 これらのお店は競合店ではなく、むしろ協力店だと思います。神保町に同じような純喫茶が集積していることで魅力が高まり、遠くからもお客さまが集まっていると思います。

エリアとしての魅力をたかめるのがニッチ空間戦略
真の競合は近くの純喫茶ではない

 浅草は昭和というよりは「大正モダンのイメージ」。中野・高円寺はかつての「中央線カルチャー」の本拠地。神保町は「昭和の純喫茶と純文学」。それぞれが、それぞれのイメージを高め、さらなる差別化を進めていくことが今後の成長にとって重要だと感じました。

 出口にあるランタンの電球色は、まるで遠い夏の日の花火のような輝き…

♪時には~母のない子のように~♪やや。ふっと気が付くと、なんと昭和時代にタイムスリップでした(笑)。

2019年5月14日改稿

*1:「純喫茶へ、1000軒」難波里奈著 株式会社アスペクト刊
*2:「競争しない競争戦略」山田英夫著 ダイヤモンド社刊