マズローの5段階欲求説によれば、人が幸せになるためには自己実現が必要なようです。自己実現という考え方で新しいニッチな飲食店ビジネスができると思います。
●あなたのレシピがお店にでる。「自己実現レストラン」
料理のレシピを公募し、それをシェフがサポート。レシピはレストランのメニューとしてお客さまに提供します。応募者は小さいながらも利益を得るかもしれませんが、損失を追う場合もあります。しかし応募者は成功する自信を秘めていると思います。
いまも続く人気マンガ「キン肉マン」には公募超人というコーナーがあります。読者が考えた超人がマンガのなかに登場します。読者の夢が実現するわけです。「自己実現レストラン」は、この考え方をさらに一歩進めています。
募集するレシピは、新しいカテゴリーでの創作メニューや珍しい食材などの独自メニューです。差別化をさらに進めたニッチ戦略です。ハンバーグやカレーなどのあたりまえのメニューの改善レシピでは新しい提案の意味がありません。
レシピは、例えば100食分の販売を前提として原材料費を計算します。一般の飲食店の原価構成比はおよそ決まっています。材料費30%、人件費と家賃などの固定費で40%、光熱費、広告費、雑費などで20%。お店の利益は10%です。レシピがわかればメニュー価格はおよその額として計算できます。
ニッチなメニューであれば価格は高くてもかまいません。競争者がいないからです。ニッチ・マーケティングの基本です。不当ではなく十分に利益のでる価格設定をします。
販売の結果、予定以上の黒字の場合はお店の利益の半分が提案者のものになります。反対に赤字の場合は提案者が負担することになります。提案者は利益も損失も引き受けるということです。
ざっと100食を1食あたり2,000円で販売すると計算すると20万円です。販売ゼロでも損失は20万円。人気となって500食出ると5万円の収入です。しかしここでは損得ではなく、自分のレシピが認めてもらえたかが本当の利益なのだと思います。
「自己実現レストラン」は、レシピ提案者の思いをかなえる土台(プラットフォーム)としてのレストランになります。
●「自己実現レストラン」。レシピ応募者は推定22万人
飲食店で、すべてのお客さまがメニューに満足しているのでしょうか。こころのなかで「私がつくったほうがゼッタイにおいしいのに」と思っている人もいるはずです。
レシピ投稿サイトのクックパッド。レシピ総数は500万に達しています(2018年11月末)。利用者の数も9,000万人以上になっているようです。
レシピをご覧になった方はご存じかもしれません。レシピの下に「つくれぽ」があります。レシピをみてつくった人がレポートするコーナーです。しかし、「つくれぽ」が書かれているレシピは多くはありません。「つくれぽ」ゼロのレシピもかなりの数です。
甲陽大学で価値共創を研究する青木慶准教授の研究レポートに、クックパッドに関する興味深い調査報告があります。楽天レシピとの比較事例研究ですが、ここではクックパッドの部分を引用させていただきます。
15歳から79歳の男女2001人を調査しています。そのなかで、クックパッドにレシピまたは「つくれぽ」投稿経験のある人が26人いました。世の中の1.3%の人がクックパッドになんらかの投稿をしているということです。
15歳から79歳の男女の日本の人口は約9,970万人(総務省)。その1.3%は約130万人となります。
レポートでは、さらにクックパッドに投稿する261人を調査しています。そのなかで「料理からの収入」として、現在得ている人6.2%、過去得たことがある人9.2%、将来得たいと思っている人が16.9%となっています。
つまり、将来、料理に関してなんらかの収入を得たいと思っている人は130万人の16.9%、約22万人いるという計算になります。「自己実現レストラン」の応募候補者です。
同じレポートで、獲得した「つくれぽ」の最高数の調査もあります。ゼロと1の人がそれぞれ約15%。レシピをアップしても見てもらえない、つくってもらえない人が3割いるということです。
「私のレシピ、ゼッタイおいしいのに」と悔しさでハンカチを噛みちぎっている人がたくさんいるのだと思います。
「私のメニューを食べてほしい」、「いつか飲食のビジネスがしたい」。その思いを実現するレストランです。「持ち出しでもいいから、私のレシピを試したい」と思う人もいるはずです。
レシピの提案を受けて、お店が協力、開発、提供する。これが「自己実現レストラン」です。世の中にないレストラン。ニッチです。
●飲食はマズローの階段を上りはじめた
マズローの5段階欲求説では、生理的欲求のあとは、安全の欲求です。飲食では健康の欲求でもあります。次は、所属と愛の欲求、承認の欲求、自己実現の欲求と続きます。ただし、心理学なので科学的にこうだとは説明できません。
スイーツやレストランの料理写真がSNSに山のようにアップされています。10年前には想像できないことでした。「私がここにいることを知ってほしい」という思いがあふれています。
インスタやツイッターが人びとの所属と愛、承認の欲求を満たすことに貢献しています。飲食店ビジネスも欲求の階段を意識する必要があります。
マズローの心理学を信じるなら、欲求の最後のステージである「自己実現の欲求」にも注目すべきです。「自己実現レストラン」ならすこし近づけるのかもしれません。
●そろそろ「食べる記号の飲食店」。ニッチな飲食店が必要です
もうひとつ、飲食店ビジネスは食欲を満足させることだけが仕事ではないということについてです。
40年ほど前、フランスの思想家ボードリヤールの『消費社会の神話と構造』という本が注目されました。ご存じの方も多いかと思います。
世の中で売られている商品は、たんに機能的なモノだけではありません。ファッションなどのように、自分らしさを表すモノもあります。デザインやブランドなど情緒的なモノとして買っているということです。
牛の皮のバッグ。アルファベットのマークをつけて、きれいなデザインにすると100万円の商品になります。それを持つことは、ただの牛の皮のバッグを持つこととは違います。ボードリヤールの説によるとモノ(機能)ではなく記号(情緒)を買っているということです。
ところが、飲食店ビジネスについては、世の中で売られている商品のようにはなっていません。おいしさや食欲を満足させること、つまり機能的な商品のままです。ブランドとも言える三星レストランでさえ「おいしさ」が中心の価値です。
そろそろ「食べるモノ」という世界から抜け出て「食べる記号」について考えてもいいころだと思います。ニッチな飲食店の役目になると思います。
<参考文献>
甲南大学マネジメント創造学部青木慶准教授『企業と消費者の共創活動における,参加者のモチベーションに関する研究─ クックパッド・楽天レシピ 比較事例研究 ─』マーケティングジャーナル Vol.35 No.4(2016)
A.H.マズロー/小川忠彦訳『人間性の心理学-モチベーションとパーソナリティ』産能大出版部 1987
ジャン・ボードリヤール/今村仁司、塚原 史訳『消費社会の神話と構造』紀伊国屋書店 2015
2022年6月18日掲載 2024年6月12日改稿