新しい食のカテゴリーを創り出すことは、ニッチな飲食店ビジネスを創り出し成長させるひとつの方法だと思います。

1.ラーメンの新カテゴリー「スパイスラーメン」

 すごいスパイスです。ひとくち食べると「おぅ」と声が出てしまいました。パクチーも入っていて刺激的。ラーメンでは食べたことのない味わいです。まさに新カテゴリーのラーメンです。

東西線の西葛西駅から少し離れた住宅街のラーメン店「スパイス・ラー麺卍力(マンリキ)」。(以下「卍力(マンリキ)」)大変な人気店です。お昼時、休日は長い順番待ちの列ができます。「卍力」は難しい新カテゴリーのラーメンを創り出し、成功しています。この成功の背景には、スパイスに関する深い研究とビジネス戦略があったのだと思います。

スパイス・ラー麺卍力
入店待ちのお客さまがいっぱいの「スパイス・ラー麺卍力(マンリキ)」

2.ラーメン市場の赤い海と青い海

 厳しい競争市場をレッドオーシャン(赤い海)といいます。反対に、競争のない新しい市場のことをブルーオーシャン(青い海)といいます*1。ラーメン店はどこかにいつも新しいお店ができています。業界は大変な競争社会。レッドオーシャンです。反面、お店同士が切磋琢磨すことで高いレベルのお店ができています。ラーメンは今や、日本が世界に誇るべきコンテンツにもなっています。

 ラーメンの市場規模は約4,400億円。日本のファストフード市場では、回転ずし(約6,100億円)、ハンバーガー(約6,000億円)*2に次ぐ大きな市場です。しかも、毎年わずかながらですが成長しています。人口が減少する日本では市場規模の減少は当然。その意味では、かなり伸びているといえるかもしれません。

 この厳しい市場、レッドオーシャンのなかで、店の前に長蛇の列を作るのは容易なことではできません。「卍力」は素晴らしい戦略でラーメン市場の赤い海の中でブルーオーシャンを創り出しました。

*1「ブルー・オーシャン戦略―競争のない世界を創造する」W・チャン・キム , レネ・モボルニュ他 ダイヤモンド社*2出典:外食産業マーケティング便覧 富士経済
ラーメンの市場規模

3.スパイスの時代

 日本のスパイス市場は大きく成長しています。日本経済新聞*によると2018年のスパイスの市場規模は576億円。5年前と比較して11%増加しているとのこと。下図「ホール・粉末スパイス類の販売額」は2018年見込で368億円。同様に5年前と比較すると16%成長しています。比較的安定していることが多い食品市場から考えると、スパイス市場はかなり成長していると思います。

*出典:日本経済新聞2019年9月21日
ホール・粉末スパイス類販売額

 日本スパイス協会が作成した輸入金額実績データによると、ジンジャー、胡椒、オールスパイス/唐辛子、バニラなどが上位になっています。スパイスの種類の多さに驚きますね。
 成長の要因は、シーズニングスパイス(スパイスをまぜあわせたミックススパイス)などの需要の高まりのようです。その背景には飲食店での肉メニューブームがあるようです。またしびれるような辛さの「花椒(ホワジャオ)」が人気になるなど、辛さの多様化にも要因があるようです。

香辛料通関輸入実績表

4.スパイス王国、西葛西

 西葛西はスパイスにあふれています。都心のIT系の会社に勤めるインド人の方が多く住む街としても有名です。駅周辺でインド系レストランが約10店舗。おとなりの葛西駅周辺にも多数あります。このインド系の人々やレストランを支えるスパイス専門店が3店あります。これだけのスパイス専門店が集まっているのは、都内では新大久保と上野アメ横だけではないでしょうか。

西葛西のスパイス店
西葛西のスパイス店、TMVSフーズ、スワガットインディアンバザール、バップバザール

 卍力は、このスパイスを使い、研究し「スパイスラーメン」を作ったのではないかと思います。スパイス専門店がそろう西葛西でなければ開発・提供できなかった新メニューだと思います。
 一般的に、新しいメニューが出た場合、他店は容易に後追いやマネができます。料理レシピには著作権などがないからです。しかし、スパイスラーメンは近くにスパイス専門店がなければ、研究開発や原材料の供給が難しいものだと思います。マネしにくい、つまり他の店の参入障壁が高くなります。スパイスが豊富な西葛西だからできた新カテゴリーだと思います。

5.「元祖」というブランディング

 新しいカテゴリーの提示は、飲食のニッチ・マーケティング戦略として大きな強みになります。「元祖」というブランディングができるからです。日本でも老舗といわれ、100年以上も続くお店の多くは「元祖」がついています。親子丼の玉ひで(1760年・宝暦10年創業)、天ざるの室町砂場(1869年・明治2年創業)、オムライスの煉瓦亭(1895年・明治28年創業)…。元祖ではありませんが、100年前にニッチだった牛丼を世界的な商品にした吉野家もあります。(ブログ参照)
 なので、卍力(マンリキ)というお店がある限りスパイスラーメン元祖の名は残り、ビジネスとして発展していく可能性があります。

元祖というブランディング
親子丼の玉ひで・オムレツの煉瓦亭・牛丼の吉野家

6.「地域」と「変化」がニッチな飲食店ビジネスの方法論

 新しいカテゴリーを見つけ、育てることはカンタンではありません。ニッチについて事例分析した「Niche(ニッチ)」の著者ジェームズ・ハーキンは、ニッチを見つけるためにはカルトであることだとしています*。すなわち「好きなもの」。間違いはないと思いますが、少し漠然としていますね。

*「ニッチ―新しい市場の生態系にどう適応するか」ジェームズ ハーキン 東洋経済新報社

 これまでの分析で私が思うことの一つは「地域」に着目することだと思います。月島のもんじゃストリート、高田馬場のミャンマー料理店など。店舗を地域に集中することでニッチの弱みをカバーして成長させています。卍力(マンリキ)の場合はこれとは違い、西葛西という地域にあるスパイスを活用したのだと思います。

 もう一つのポイントは「変化」だと思います。変化に適応すること。ダーウィンの進化論も適者生存ですね。たとえば、社会運動として動物搾取からの脱却を目指すビーガン食、安全な食品や健康をテーマにしたオーガニックなどの飲食店も変化への適応だと思います。

 スパイスについて考えていた時に同僚から指摘がありました。「気候変動ではないか」。確かに。スパイスの市場規模の成長は、辛さの多様化や肉メニューブームでは説明しにくいものがあります。気温の上昇を考えるとしっくりときます。

 大航海時代の冒険者たちが命をかけて戦ったスパイス戦争。主戦場は、高温多湿の東インド諸島。地図には香料諸島の名前も残っています。炎暑となった日本の気候にスパイスが必要になってきたのかもしれません。気候変動による温度上昇という変化に対応して、スパイスラーメンというカテゴリーが生まれたとすると納得できます。さらに考えを進めると、西葛西のスパイスを利用して、別の新スパイスカテゴリーのメニュー、すなわちニッチな飲食店ビジネスが生まれる可能性もあります。

 

 「スパイス・ラー麺卍力(マンリキ)」。地域と変化を活かし、素晴らしいアイデア、研究と戦略に満ちあふれた新カテゴリーを創出。お腹にもハートにもズンとくるスパイシーな経験でした。

 

西葛西とスパイス