The marketing for niche restaurants

成長ニッチ飲食店の事例:ニッチな牛丼店から世界ビジネスへと成長した「吉野家」

 ここでは8つのカテゴリーのうち成長ニッチ飲食店の事例についてレポートします。カテゴリーの区分けは別ページを参照してください。またこのカテゴリーの市場と顧客分析は予測概論を参照してください。

●幕末からはじまった牛丼

 牛丼のパイオニアである「吉野家」。創業当時はニッチな飲食店でした。
   
 明治の文明開化まで日本人は肉を食べていませんでした。しかし、嫌いではなかったようです。
    
 江戸時代には彦根藩が牛肉のみそ漬けを将軍家や有力諸侯に献上していました。幕末に藩主の井伊直弼が屠殺を禁止したことで、牛肉の献上ができなくなりました。牛肉が大好きだった水戸藩の徳川斉昭(なりあき)が、その恨みで桜田門外の変をおこしたという説もあるほどです。当時の夕刊紙、瓦版(かわらばん)に書かれていたことなので本当かどうかは疑問ですが。
   
 牛丼のはじまりは幕末です。開国により多くの外国人が日本にやってきました。西洋人に食肉を提供する必要があり、ここから畜産業が生まれました。これによって日本人にも肉食がひろがりました。
  
 当時は、みそ、しょうゆなどで味付けした牛鍋がおもなメニュー。牛鍋屋ではご飯もだしていたので、自然に「牛めし」として牛丼が生まれたようです。

●日本橋の魚河岸で誕生した「吉野家」。多店舗展開へ

 牛丼の「吉野家」は、1899年(明治32年)日本橋の魚河岸で創業しました。魚河岸で力仕事をする人たちのためのお店でした。明治時代、牛丼はニッチな食べ物であったはずです。
   
 1923年(大正12年)の関東大震災で被災した日本橋の魚河岸は築地に移転しました。「吉野家」も同時に移転。築地市場内の食堂として牛丼を提供しました。
   
 創業からここまで魚河岸で働く市場の関係者だけがお客さまでした。いまでは一般的になりましたが、「つゆだく」「ねぎだく」などは常連客だけの注文方法でした。つまり顧客は限定的、ニッチな飲食店でした。
  
 「吉野家」は創業から約60年を経て、1958年に社長となった松田瑞穂氏によって「牛丼屋の企業化」という転換期を迎えました。
  
 ここから大きく変わっていきます。メニューの牛丼単品化、提供時間の短縮、U字カウンターの店づくり、牛肉加工の専門部署の設立などさまざまな工夫を重ねていきます。その後、さらにチェーン店化による多店舗化や当時珍しかった24時間営業などを進めました。

●「キャズム」を超えて成長ビジネスに

 いまでは女性客も来店しますが、それまでは男性客ばかりのお店でした。急いで手軽においしいものを食べたいというビジネスマンや身体を使う仕事の男性などが利用していました。
   
 「はやい、うまい、やすい」はファストフードの歴史に残る「吉野家」のキャッチフレーズです。注文してから提供されるまでが早い、食べておいしい、お勘定すると安いということです。現在では、順番が変わって顧客価値の優先順にならびかえているようです。
   
 これらの「吉野家」の施策はJ・ムーアが『キャズム』で唱えた「溝を越えるための施策」と一致しています。
  
 魚河岸で働く人たちという狭い顧客層から抜け出し、働く男性という広い顧客層をターゲットにしました。商品の牛丼は並盛、大盛に絞り込んで実利的なものにしました。また男性客にとって利用しやすいどこでも、いつでも入れるチェーン店にもしました。

 さらに飲食店ビジネスにとって重要な価格戦略。全国への多店舗展開、お客さまの増加にあわせて牛丼価格を下げていきました。これによって、さらに「限られたお客さま」から「広く多くのお客さま」が利用するようになりました。

●ニッチな飲食店から4,000億円市場に。さらに世界的なフードビジネスへ

 「吉野家」の牛丼の人気ぶりに、多数の企業が牛丼市場に加わりました。すき家、松屋などの現在の大手企業だけでなく、なか卯、東京チカラめし、神戸ランプ亭などの参加もありました。
  
 年商1億円を目標にはじめた「吉野家」の牛丼。現在の牛丼市場は約4,000億となりました(2020年)。ファストフードではハンバーガー、回転ずし、ラーメンに次ぐ第4位の大きな市場です。
    
 残念ながら「吉野家」は牛丼市場では「すき家」に次ぐ第2位のシェアとなってしまいましたが、世界市場への展開も進んでいます。すでに中国、東南アジアを中心に約800店舗、アメリカにも約100店舗を出店しています。日本のニッチなメニューだった牛丼はこれらの国ぐにで定着しました。
  
 19世紀末に魚河岸で生まれた牛丼。ニッチなメニュー、ニッチな飲食店からさまざまな障壁(キャズム)を越えて、ここまで成長しました。ニッチな飲食店であってもメニュー、価格、店舗の運営方法の改善など、常に新しい提案と工夫を重ねていくことで世界的なフードビジネスになるということですね。

<参考文献>
安部修仁『吉野家の牛丼280円革命』徳間書店 2002
安部修仁、 伊藤元重『吉野家で経済入門』日本経済新聞出版 2016
ジェフェリー・ムーア『キャズム Ver2』翔泳社 2020

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