「そこのあなた。坂本龍馬が好きですね」「そちらの方は卑弥呼ですか?」「あなたは秀吉?」。歴史上のヒーロー、ヒロインは魅力的です。ということで今回のレストラン構想は「歴史人物レストラン」。
歴史好きの方なら飲食店ビジネスの経営者はどうでしょうか。これから市場が広がります。といっても「ニッチな飲食店」なのであれこれ工夫が必要です。でも歴史好きなら「その工夫が楽しい」はずです。
I.「歴史人物レストラン」の市場性を確認する
「歴史のレストラン?そんなの無理」を検証する。
1.約6割の人が歴史好き。歴史のレストランはあるのか?
歴史好きの人がたくさんいます。特に中高年の男性は好きな人が多いようです。歴史と教科書が専門の山川出版のアンケート調査によると、男性の3分の2、女性の半数の方が歴史に興味・関心があると答えています。
歴史好きは一時的な流行ではありません。歴史は学ぶ価値があるからです。19世紀のドイツの鉄血宰相ビスマルクは「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と言ったとのこと。鉄血宰相…好きではありませんが、言っていることは正しそうです。
歴史を学ぶことが重要ということなら、歴史をテーマにした飲食店ビジネスにチャンスがありそうです。ところが歴史をテーマにした飲食店はまだ見たことがありません。
縄文時代の食事やローマ時代の食べ物など歴史上の飲食の研究はあります。しかし、そこから飲食店ビジネスを起こすというのは難しいようです。それでも近いカテゴリーでの飲食店ビジネスはあります。

2.趣味の「ニッチな飲食店」。お客さまは限定的ながら市場は有望
歴史好きは趣味ともいえます。趣味をテーマにした飲食店ビジネスは、このサイトでは「愛好」というカテゴリーにしています。
「愛好」の飲食店は、たとえば野球やサッカーなどスポーツ観戦をするための居酒屋やバー、鉄道ファンのための店、ネコ好きのためのネコカフェなどがあります。さらにニッチな店では地理系ブックカフェ、ピーターラビットのカフェ、万葉集がテーマの人文科学カフェもあります。
愛好つまり趣味の飲食店はニッチなので顧客層が明確です。近ごろの社会的な変化もあって市場として有望だと思います。
市場とは余暇活動市場のことです。『レジャー白書2024』によると余暇の市場規模は約71兆円。大きな市場です。余暇とはスポーツ、映画・音楽、ギャンブル、旅行など。余暇はとても広いカテゴリーです。
市場の有望性の根拠は「欲求」です。ご存じの方も多い「マズローの欲求5段階説」。心理学なので証明されているものではありません。しかし、これを信じるなら食欲のような生理的欲求以降の所属と愛の欲求、承認の欲求、自己実現欲求にチャンスがあるはずです。
現代社会では、食欲を満たす飲食店はたくさんあります。次の段階に進む時代です。すでに飲食をモチーフにして承認欲求を求める画像や動画がSNSに満ちあふれています。
このような社会の変化にあわせて飲食店ビジネスも変化することになります。これが市場の有望性の根拠です。趣味や好きなことをテーマにした飲食店ビジネスを考えるべきです。


II.「歴史人物レストラン」の実施案
この飲食店構想の施策について4P(プロダクト・プレイス・プライス・プロモーション)などのマーケティングで考える。
3.コンセプト:「歴史人物レストラン」は有名人をとっかえひっかえ
織田信長と坂本龍馬。日本人が好きな歴史上の人物のベスト2です。前述の山川出版のアンケート調査で約1,000人の男女がこの二人を選びました。少し遅れて徳川家康が続いています。候補になった人物の多くがNHKの大河ドラマにも登場していますね。
「オレの好きな源義経は選外か」とか「福沢諭吉なしで日本は語れない」など歴史好きなら譲れぬご意見もあるかもしれません。
それはさておき、店として人気の歴史人物を3か月ごとに2人選びます。たとえば人気不動の織田信長と古代史のヒロイン卑弥呼。次の3か月は幕末のヒーロー坂本龍馬と風林火山の武田信玄でしょうか…。
それぞれの人物名を冠したオリジナルメニューを提供します。また人物にちなんだ書籍・図録や独自の歴史情報ツールなどを準備します。
企画ごとに店内のイメージも変えましょう。天下布武の旗印を並べる…。心が躍りますね。テーマパークのように、ときどき新しくしてお客さまの「行ってみたい」を刺激します。

4.ターゲット:歴史好きの中高年の男性でいいのか?
マーケティングではターゲットの選定がなによりも重要です。漫然と「ターゲットは歴史が好きな人」では人気店になれません。
前述の山川出版のデータでは歴史に興味・関心があるのは男性67%、女性54%でした。だからといって男性ターゲットではうまくいかないと思います。
女性のお客さまが大切です。現在、支援している都内の「ニッチな飲食店」で、かつて来店客調査をしました。結果はお客さまの4分の3が「はじめての来店」。想定以上の割合でした。
2回目、3回目の来店というお客さまが意外に少ないのです。「珍しい店でおもしろそう」「友だちとイベントとして来店」のお客さまが多いということです。
ターゲットとして女性が欠かせません。女性の「伝播力」です。「珍しい店に行って、そのことを友だちに話したい」。その情報発信力が大きいと思います。調査でも「友だち・知人の紹介」が来店動機のナンバーワンでした。
歴女、刀剣女子、城ガールなど歴史好きの女性も増えています。追い風ですね。「歴史人物レストラン」の顧客の獲得には男性だけでなく女性のお客さまが必要です。

5.プロダクト:飲食店でお客さまを呼び込むなら新メニュー
メニューは織田信長の食事の再現でもいいかもしれません。しかし「食べたい」と思えません。現代人のほうがはるかに、おいしいものを食べているからです。
ヒントは東京・神宮前の「TASTE THE WORLD(テイスト・ザ・ワールド)」です。人気店です。2か月ごとに特定の国の朝食メニューを提供しています。現地メニューを研究し日本人向けにアレンジし、洗練した料理として提供しています。
「信長の安土城風南蛮ローストビーフ(仮)」や「卑弥呼の占いアフタヌーンティーセット(仮)」など人物をテーマにした独自のメニューが必要です。
飲食店は新メニューがカギです。ほかのビジネスも同じです。新製品はお客さまを呼び寄せます。トヨタのような大企業が新車を出すのは大変です。しかし飲食店なら難しくないはずです。
またプロモーションとしてお客さまとの「共創」はどうでしょうか。お客さまにもアイデア出してもらいます。特に謝礼などの必要はありません。歴史好きのお客さまなら考えてみたくなるはずです。
「共創」のいい点は店に愛着を感じてもらえること。また料理が完成したら協力したお客さまが友だちも連れて来店されるはずです。
6.まとめ。時代は「界隈」。趣味に関する飲食店ビジネスに未来がある
2024年の流行語大賞で「界隈(かいわい)」という言葉が候補になりました。趣味のような好きなことを中心にSNSなどでゆるくつながるということです。歩くのが好きな人は「伊能忠敬界隈」です。
レジャー白書でも余暇重視という人が増えています。「仕事よりも余暇の中に生きがいを求める」人がもっとも多く、しかも増え続けています。
好きなこと、つまり趣味の世界がビジネスとしてこれから期待できます。飲食店ビジネスもお客さまの「好きなこと」を取り込んで変化していくべきです。
経営する側も同じ趣味であるほうが良いはずです。趣味が仕事になります。しかし「ニッチな飲食店」は経営として難しいこともあります。たくさんの創意と工夫が必要です。でも好きなら楽しくなると思います。
「ものづくりの日本」に陰りが見えています。一方で日本の産業でもっとも生産性が低いと蔑視されている飲食店ビジネスが世界から注目されています。
生産性が低いビジネスだったまんが、アニメは世界のトップビジネスになりました。同じように「ニッチな飲食店」ビジネスがこれからの日本の産業の中心に育っていくと信じています。
ところで、もうひとつの生産性の低い私の「ニッチな飲食店のマーケティング企画室」。毎年赤字です。マーケティングのコンサルタントですが、どうしたらいいか、だれか教えてください。

<参考文献>
『レジャー白書 余暇の現状と産業・市場の動向』公益財団法人日本生産性本部 2024
遠藤雅司『歴メシ!決定版 歴史料理をおいしく食べる』晶文社 2022
A.H.マズロー『人間性の心理学-モチベーションとパーソナリティ』産業能率大学出版部 2011
Webサイト:山川出版「ヒストリスト」− 「大人は歴史にどう向き合うか?1,000人調査」2018年
朝日新聞:2025年2月21日 「○○界隈(かいわい) ゆるやかにつながる」