たとえば25年後の未来。飲食店ビジネスは今の延長線上にないはずです。「あしたもわからないのに25年後なんか考えられないよ」なんて言わないでください。この後、面白いギャグも出てきますから…。
世界人口の増加、止まらない気候変動。食料は不足し、値上がりします。その結果、食品は工場で生産されることになるはずです。
人工的な食品になるなら家庭も飲食店も料理が変わります。アマゾンのようにポチッとボタンを押すだけで料理が出てくるようになるはずです。つまり食欲を満たすだけなら手軽にできることになります。
そうなると、これまでのタイプの飲食店は消滅の危機です。一方で飲食店ビジネスに新しいチャンスが生まれます。「ハラ減った」以外にもヒトの欲求はたくさんあるからです。
1.人口増加と気候変動で食料不足。どうするか
これから食料が不足することはもうわかっています。世界の人口は増加し、気候も変動しているからです。
2025年、世界の人口は約80億人。2050年になると100億人近くになります。
特に人口が増加するアジア、アフリカは経済的にも発展します。
そうなるといままで白いごはんとお新香、みそ汁だけでよかったのに、納豆つけたり明太子をのせたりしたくなります。できれば焼き肉も食べたくなります。
気候変動も止まりません。大規模な山火事、洪水、夏の熱波、干ばつ…。食品価格も高騰しています。スーパーで「キャベツ一玉400円なら安い」と思うようになりました。
気候変動を協議する世界的な組織IPCCの話し合いは「温暖化を止めないと人類は滅亡する」と叫んでいるように聞こえます。
食品価格の上昇を追いかけて飲食店でも値上げをしています。どこまで続けられるのでしょうか。食料の絶対量が不足するのなら、いくら値上げしても追いつきません。
これまでの生産方法では食料が足りません。となると人工的な技術で食料をつくるしかありません。食に関する先進的な技術はフードテックと呼ばれ最近注目されています。
代替肉、培養肉、ゲノム編集技術…。食料の新しい生産方法です。図のように、すでに代替肉の大豆ミートは人びとに受け入れられているようです。


2.未来の飲食店のお客さまを5つに分類する
フードテックが盛んになる未来社会。飲食店のお客さまはどうなるのでしょうか。お客さまとはターゲットのことです。マーケティングで考えなければならないことのもっとも大事なことのひとつです。
フランスの経済学者ジャック・アタリは2050年の「食」についてその著書『食の歴史』で以下のように述べています。
2050年の人類全体が今日のアメリカやヨーロッパの中産階級のような食生活を送ることは不可能なのだ。
現状に変化がなければ、食生活のあり方は、次に掲げる五つに区別できる。
一つめは、ごく一部の裕福な美食家だ。彼らが味わうのは、腕の立つ料理人がレストランで提供する料理だ。
二つめは、体によいものしか食べない食通だ。彼らは地球のために役立つことをしようとは考えるが、実際には自分たち以外のことを真剣に心配してはいない。
三つめは、富裕層や食通の食生活を真似ようとする上位中産階級だ。
四つめは、多数派の下位中産階級だ。彼らは工業的に製造される食品のおもな顧客だ。これらの食品は、今後ますます地球環境を破壊する。
五つめは、最貧層だ。彼らは1000年前と似たような食生活を送りながらも、ときには食品業界が提供する劣悪な食品や天然食品を食べる。(『食の歴史』P270)
つまり未来の飲食店のターゲットは5タイプ。①富裕層の人たち、②健康を求める人たち、③中産階級の人たち、④多数派の下層中産階級の人たち、⑤貧困層の人たち、ということになります。
これから先、今の欧米の人たちのような食事ができないとなると、富裕層を除く未来の人びとの食事はフードテックのお世話になることになります。

3.フードテックの食事。その先にあるのは
フードテックによって調理はこれまでのように切ったり、煮たり、焼いたりするものから変わります。データやAIによって調理することになります。
フードテックのなかで、特に注目されているのは未来の調理機3Dフードプリンターです。料理のための立体コピー機です。
アメリカのSFドラマ『スタートレック』では「レプリケーター」として登場します。3Dフードプリンターはすでにネットでも販売されていますが、まだ研究目的の段階です。
個人のデータとレシピデータと人工的な食材があれば、一人ひとりの健康状態や好みに合わせて必要なカロリー、タンパク質、脂肪、塩分、ビタミン、食物繊維などを満たした食事がつくれます。
選択ボタンを押すとフランス料理、中華料理から、お寿司、カツカレー、たこ焼き…どんなものでも出してくれることになります。
ボタンひとつで理想的な料理が登場する。夢のような話ですが、ここまでの科学技術の進歩を見てきた私たちには「できるかも」と思えます。
4.「私、もうレストランなんて行かない」が本当になるのか
データで個人用に料理をつくれるようになると厚生労働省が「しめた」と思うはずです。医療費を減らせるかもしれないからです。
焼き肉、トンカツ、ラーメン、ハンバーガー、ビールにワイン…。好きなものばかり食べたり飲んだりしていると糖尿病や高血圧症などの生活習慣病になってしまいます。すでに後悔している人もいるかもしれません。
それでも健康保険制度のおかげで私たちは安心して病院に行けます。その代わり日本の医療費はうなぎ登りに鯉の滝登りで上昇中です。すでにGDPの約8%までになっています。医療費の負担は個人だけではありません。国や自治体の負担も毎年重くなっています。
医療費の増加を抑えるためには病気にならないことです。3Dフードプリンターがあれば、一人ひとりのための健康的な食事がつくれます。
厚生労働省はフードテックの食事をすすめたいと思うはずです。3Dフードプリンターが提供する料理を食べたらハワイ旅行が当たるキャンペーンを厚生労働省がはじめるかもしれません。
ここからさらに予測を進めると飲食店ビジネスに「危機」が迫っていると気がつきます。レシピデータと人工的な食材を使えば世界のどんな料理も家庭や飲食店でつくれます。そうなるとアマゾンのようなモンスター級の外食チェーン店が出現するはずです。
そこに行けばどんな料理でも食べられるなら町の飲食店で食事する理由はなくなります。「私、もうレストランなんて行かない」。つまり、町の飲食店は絶滅に瀕することになります。
アマゾンでありとあらゆる本が買えるようになったいま、町の書店がどんどん消えて行っています。3Dフードプリンターが活躍するようになればこれと同じようことが町の飲食店でも起こります。飲食店のシェフも「絶滅危惧種」と命名されてしまうかもしれません。

5.「ハラ減った」を満たすことではない飲食店の価値とはなにか
これまでの飲食店ビジネスは「ハラ減った」を解消すること。フードテックでこれが手軽に解決できることになります。
「ハラ減った」は生理的な欲求。みなさんも良くご存じの「マズローの5段階欲求説」のひとつです。そほかの欲求は安全の欲求、所属と愛の欲求(社会的欲求)、承認の欲求(尊厳の欲求)、自己実現の欲求です。
断崖絶壁に追い詰められる飲食店も「ハラ減った」の生理的欲求以外のことについて考えることで新しいビジネスの機会を発見できるはずです。
承認の欲求については、すでにSNSでひとつの答えが出ています。「映える」食事です。他の人から認めてもらえるような写真や動画が膨大な数となってインスタやTikTokにアップされています。
安全の欲求では健康的なサラダの専門店などもできています。所属と愛の欲求、自己実現の欲求を解決する飲食店ビジネスもできるはずです。
マズローの5段階欲求説は心理学。つまりひとつの考え方です。欲求はマズローの5段階だけではありません。スティーブン・リースは『本当に欲しいものを知りなさい』のなかで欲求を16に分類しています。
さらにチリの経済学者のマンフレッド・マックス=ニーフは人間のニーズとして9つのニーズを示しています。
研究すれば、これらの欲求を解決する飲食店ができるはずです。飲食店ビジネスにはまだまだ可能性があるということです。
これからの食について、野村総合研究所の佐野啓介編『フードビジネス最新キーワード64』では食自体がエンタメであるとして5つの事例を提示しています。「食×芸術」「食×旅」「食×歴史/文化」「食×スポーツ」「食×イノベーション」などの5つの提案です。
当室でも以前、「マズローの5段階欲求説」に基づいて飲食店を分析しました。また、これまでニッチな飲食店の構想として「平和をつくるレストラン」「笑える・くすくすレストラン」「お客さまは友だちレストラン」ほか数多くの提案をしてきました。
音楽、映画、ゲーム、美術、歴史、地理、芸能、小説、スポーツ、テクノロジーなど世界にあるすべての要素と食事をかけあわせたもので飲食店ビジネスができるはずです。生理的な欲求以外の欲求に応えることが未来の飲食店ビジネスになるはずです。


6.まとめ:人類の「食べること」の本質とはなにか
「ハラ減った」だから「ものをむさぼり食べる」。このことについて考えなおすべきです。食欲と栄養を満たすだけのために「完全食」のカップごはんやパンを食べるという仕事熱心な人もいます。
しかし人類にとっての「食べること」はペットの犬やライオンの「食べること」とは違うはずです。
人類学者、霊長類学者の山極壽一は著書『共感革命』の第四章「弱い種族は集団を選択した」でこう述べています。
サルにとって、自分が手にしたものは自分のものだ。自分の口に入れたものは、自分のものになる。だが類人猿の大きなオスが手にしたものは、まだそのオスだけのものではない。メスや子どもたちにとっては、ねだって分けてもらえるものでもある。所有への態度がサルとは違うのだ。さらに初期人類は他のものがいないところで手にした食物を、わざわざ自分のものとはせずに仲間のもとに持ち帰った。消極的な分配ではない、積極的な分配だ。こうして人類は平等な社会をつくろうとした。
現代に残る狩猟採集民の社会も、徹底的な食物の分配が当たり前となって成立している。(『共感革命』P107)
「食べること」について、ヒトがヒトとして存在できるのは食べ物を分かち合うことからのようです。食欲を満たすことを優先するなら「サルと同じじゃないか」ということです。空腹のために食べる以外の食事がヒトとしての本質かもしれません。
飲食店ビジネスが存亡の危機に瀕するならば、人類の始原にもどって食べる機能についてもう一度考え直すことでいいアイデアがでそうです。
「こんなのどうかな」となにかいいアイデアを思いついたら、当室までご連絡ください。なにかお手伝いできると思います。「サルと同じじゃない」と思っていますので少しは役立つと思います。「じゃぁ、チンパンジーぐらいか」。「そのぐらいですかねぇ…」。
<参考文献>
イェルク・スヌーク/ステイファン・ファン・ロンパイ/野口正雄訳『世界の食はどうなるか:フードテック、食糧生産、持続可能性』 原書房 2024
緒方胤浩/水野大二郎『FOOD DESIGN フードデザイン 未来の食を探るデザインリサーチ』ビー・エヌ・エヌ 2022
ジャック・アタリ/林 昌宏訳『食の歴史-人類はこれまで何を食べてきたのか』プレジデント社 2020
味の素食の文化センター『Vesta(ヴェスタ)No.129特集:来るべき未来の食』農山漁村文化協会 2023
A.H.マズロー『人間性の心理学-モチベーションとパーソナリティ』産業能率大学出版部 2011
スティーブン リース/宮田攝子訳『本当に欲しいものを知りなさい: 究極の自分探しができる16の欲求プロフィール』KADOKAWA 2006
マンフレッド・マックス=ニーフ/牧原ゆりえ監訳『‘ていねいな発展’のために私たちが今できること』一般社団法人サスティナビリティ・ダイアログ編 2014
野村総合研究所/佐野啓介編『フードビジネス 最新キーワード64』日経BP 2023
山極壽一『共感革命:社交する人類の進化と未来』河出新書 2023