「♪パパらパっパらー♬。世界を平和にするレストラン~」。ぼくドラえもん♪みたいなスタートですね。
21世紀なのに、まだ戦争が続いています。戦争は困ります。「ニッチな飲食店のマーケティング企画室」も微力ですが戦争を止める方法を考えました。「世界を平和にするレストラン」構想です。でも、ごはんを食べるだけで平和になるのでしょうか。
1.戦争がおきるのはどんな場所なのか
戦争はアフリカや中東で頻発しています。「世界平和度指数(経済平和研究所)」という指標があります。世界の163の国や地域について「安全・安心」「国内・国際紛争」「軍事化」の3つのカテゴリーを分析して平和度を評価するものです。
図表でみると指数の悪いイエメンやスーダンなど下位から20の国や地域のうち14までがアフリカと中東です。でもアフリカや中東の人びとが悪いわけではありません。
19世紀から20世紀前半のイギリスやフランスなどの植民地政策が残酷でした。国境は定規で引いたように不合理に分割されました。
それが影響しているのでしょうか。しかし戦争の理由はそんな単純なことばかりではないはずです。
2.ブラットマン教授が唱える戦争の5つの原因
戦争が良くないことはだれもがわかっています。では、どうして戦争になるのでしょうか。
シカゴ大学のクリストファー・ブラットマン教授は著書『戦争と交渉の経済学 人はなぜ戦うのか』で戦争の原因を5つ挙げています。
ブラットマン教授に叱られると思いますが、5つの原因を短い言葉にするなら「欲望」「宗教」「不確実性」「予防」「誤認識」になると思います。以下、本文から少し引用して説明します。
「第1の理由は「抑制されていない利益」である。(中略)早く開戦したいとウズウズしている可能性もある。(P32)」
戦争の理由はイギリスとフランスの「領土に対する底なしの欲望(P64)」でした。18世紀、米大陸を植民地として奪い合うイギリスとフランスの戦争(フレンチ‐インディアン戦争、1754年~1763年)がありました。この戦争はヨーロッパにも広がり七年戦争となりました。
「第2の理由は「無形のインセンティブ」である。(中略)無形の報酬を最優先に置く集団は、戦争をもたらす犠牲をいとわず、妥協を拒否する。(P32)」
宗教や信念の対立のことです。いま、まさに続くイスラエルとパレスチナとの戦争です。攻撃と復讐の応酬が続いています。
「交渉が失敗する3番目の原因は「不確実性」である。(中略)戦争においては敵の戦力や戦意の程度がわからないし、ブラフ(注釈:ハッタリをかけて相手をだますこと)されている可能性もある。(P32)」
相手のことがよくわからない場合です。2003年、アメリカと有志連合がイラクに侵攻しました。アメリカは「イラクが大量破壊兵器をもっている」と考えたからです。それはサダム・フセインのブラフでした。
「第4の原因は「コミットメント問題」と呼ばれるものだ(ここでのコミットメントは確約や公約といった意味)。(中略)双方が戦争による破滅を避けるために政治的取引を望んでいるが、その取引がまったく信用できないという状況だ。(P33)」
「予防戦争(P169)」です。1914年の少し前「ドイツはロシアの台頭を恐れていた(P 176)」。西の宿敵フランスだけでなく、東のロシアも気がかりだったのです。オーストリア皇太子が暗殺されたサラエボ事件を口実にロシアとフランスに宣戦布告。それが同盟国、連合国に広がり第1次世界大戦になりました。
「最後の5番目では、私たちの「誤認識」が妥協の邪魔をする。人間は自信過剰な生き物である。それに、ほかの人々も自分と同じように考え、同じものに価値を見出し、同じように世界を見ていると思い込んでいる。(P33)」
誤認識と激情による紛争です。ブラットマン教授は1998年まで長く続いた北アイルランド紛争を事例にあげています。カトリック教徒とプロテスタントとの憎しみの応酬がくりかえされました。
ブラットマン教授は5つの原因はどれも単純ではなく、それぞれに複雑に絡みあっているとも述べています。ロシアのウクライナ侵攻、アフリカや中東の紛争など世界の多くの戦争もこれら5つの原因の組み合わせで説明できそうです。
3.早く戦争を止める方法はあるのか
戦争は止まらないのでしょうか。国連の経済制裁や安保理決議のような手段もあります。しかし、はじまった戦争を終わらせるのは難しいことです。
ロシアのウクライナ侵攻やイスラエルとガザの戦争も終わりが見えません。第1次世界大戦も第2次世界大戦もベトナム戦争も終えるまでは苦難の道でした。
ベトナム戦争は1955年から1975年まで234か月続きました。失われた命は民間人も含め数百万人といわれています。しかし正確なデータはありません。ベトナムだけでなく1965年から介入したアメリカも長期の戦争で大きな痛手を負いました
10年続いた旧ソ連によるアフガニスタン紛争もソ連の崩壊につながったといわれています。はじまった戦争は早く終わらせなければなりません。
平和学という研究があります。「平和学の父」といわれるノルウェーの社会学者で紛争調停人でもあるヨハン・ガルトゥングは『日本人のための平和論』で日本と中国の懸案のひとつ「尖閣諸島」の解決策を提示しています。
「どうすれば相手を抑え込めるだろう?」と問うのではなく、「中国は、釣魚島はわが国の領土だと言っている。日本は、尖閣はわが国の領土だと言っている。その根底にある対立をどうすれば解消できるのか?」と問わなくてはならない。
この問題における実行可能な解決策は、日本と中国が尖閣諸島を共同所有することだと私は考える。この島と周辺の海から得られる資源を分かち合うということである。(P61)
紛争解決学もあります。早稲田大学の上杉勇司教授は紛争解決学について『どうすれば争いを止められるのか 17歳からの紛争解決学』で以下のように説明しています。
紛争解決学とは文字通り紛争を解決するための学問です。
なぜ紛争が起きるのか―。その原因を理解することで、暴力を用いることなく、紛争を解決することを目指します。紛争当事者の心理や彼らを取り巻く状況を分析することで、「争いを止める方法」を明らかにするのです。(P11)
上杉勇司教授は「争いを避けるために相手の主張に耳を傾ける」という方法を示しています。
しかし、相手がなぜそう考えるのか、どうして譲らないのか、その理由がわかれば、こちらの心も少し穏やかになります。(中略)
自分の主張は少し脇に置き、相手の言葉に耳を傾けてみてください。
紛争の解決の第1歩は、相手が口に出さない心の声を探ることから始まるのです。(同P243)
平和学、紛争解決学は話し合うことの重要性を指摘しています。対立する両者もその重要性は当然わかっているでしょう。
話し合う気にさせるには合理的な説得だけでは進まないと思います。気分のようなもの、つまり動機が必要です。課題は「会うための動機をどうやって高めるか」です。
4.つまらない会議より、いっしょに楽しい食事を
動機のひとつは「おいしい食事」です。渋い顔して書類を見ながら会議するより、いっしょにおいしいごはん食べたほうが仲良くなれるはずです。
辺見庸の『もの食う人びと』には、タイのバンコクにある「世界一大きいレストラン」について以下のような一節があります。
人類は頭ではだめでも、胃袋で連帯できるかもしれない。少なくも、食っているあいだぐらいは。もの食う人びとの大群のただなかにいると、そう思えてくるのである。
五千人が同時に食事できるこの店で、民族、宗教問題緊急国際会議を開いたらどうであろうか。
旧ユーゴスラビアのクロアチア、セルビア、ボスニア勢力の代表には絶対に参加してもらいたい。インドのヒンズー、イスラム教徒過激派代表、アイルランド共和国軍(IRA)代表あたりにも出席してほしいところだ。イラク、グルジアも代表者を派遣してほしい。
ともに食いながら話せば、果てしない殺しあいより、食う楽しみを取り戻すほうがいいと、胃袋で理解できはしないか(P65)
「ともに食いながら話し、食う楽しみを取り戻す」。戦争を止めるひとつの方法です。
私たちは古くから食事をともにすることがどんなに重要か知っています。キリストの「最後の晩餐」から天皇皇后が海外の大切なお客さまをもてなす「宮中晩餐会」まで、重要なときにはともに食事することになります。
日常でも「やぁ、ぜひ今度メシでも(お世辞)」「お弁当もって公園ランチしない?(すりすり)」「パフェがバズる店を見つけたからどう(見え見え)」など、いっしょに食事して交流することの効果を知っています。
戦争を止めるならいっしょに食事すること。あたり前のようなことですが、はっきりと気がついていないかもしれません。
5.ちょっと待った。世界のだれもがいっしょに食事できるのか
ところが、違う国の人がいっしょに食事しようと思うと問題があります。宗教などによる禁忌食があるからです。
世界で20億人といわれるイスラム教徒には食べてよいものの決まり「ハラル」があります。約11億人のヒンドゥー教徒は牛肉を食べません。
ベジタリアンも増加しています。ヒンドゥー教徒が多いインドでは28%。仏教徒が多い台湾では14%。欧米は最近特に増えていてドイツは10%、カナダは9%、イタリアは7%がベジタリアンです。関心の低い日本でも4%がベジタリアンです。(国土交通省観光庁2018年)。
あわや一触即発の人たちがいっしょに食事するためには、だれもが食べられる食事が必要です。ビーガンの食事がこの基準にあてはまります。
ビーガンは1944年にイギリスで動物の虐待に反対する運動からはじまりました。肉、魚、卵など動物性のものを食べません。
ビーガンの人は世界でもほんの数%です。しかし近年ヨーロッパから世界へと広がっています。気候変動への危機感があるからです。牛のゲップのメタンは温室効果を進め、畜産業は水資源の利用で環境に負荷を与えてしまいます。
ビーガンのレストランは世界の主要都市で増加しています。東京でも人口あたりでは世界の主要都市ほど多くありませんがビーガンのレストランは着実に増加しています。
違う国の人で、しかも緊張関係にある人たちがいっしょに食事することの高いハードル。しかしビーガンの食事であれば、そのハードルが少し下がります。
6.いっしょに食事する動機を高める日本の食事
「いっしょに食事いかがですか」と誘われたときに「このレストラン、世界でもナンバーワンといわれています」という誘いなら、高いハードルもぐっと下がるはずです。
たとえば東京・自由が丘のビーガンレストラン「菜道(さいどう)」。予約がなかなかとれないレストランです。お客さまも世界の国からやってきます。
世界のビーガンがレストランを選ぶためのコミュニティサイト「HappyCow」で2019年は世界ベストワンに輝きました。この日本のビーガン料理力を「世界を平和にするレストラン」で発揮したいものです。
もうひとつ、世界の観光客が、なぜ日本にやってくるかです。アンケートでは訪日前に期待することの第一位が「日本の食」。また再来日する場合の期待の第一位も「日本の食」です。
世界が日本の食事をバンザイしながら高く評価しています。こうなったら日本の未来の産業はクルマづくりではなく、飲食店ビジネスにすべきです。
日本には「うま味」の食文化があります。大豆を発酵させてつくるしょうゆ、みそ。昆布や干ししいたけの出汁などの「うま味」があります。
日本列島は南北に広がり四季豊かな国土です。暖流と寒流の海にも囲まれています。日本の自然と気候が多彩な食材を生み出しています。
これらに日本の料理技術が加わり、日本の食の魅力を高めています。動物性の食材のないビーガンの食事でも「一度は食べてみたい」という食事を提供できるのが日本です。
7.動機をさらに高める沖縄の魅力
もうひとつ動機を高める方法があります。場所です。マーケティング戦略の4Pのひとつは場所(place)です。ちなみに残りの3Pは製品・価格・プロモーションですね。
沖縄が有力な候補です。沖縄は東シナ海にあり、アフリカ、中東など紛争の多い地域から遠く離れています。
また世界有数の美しい海と自然があるリゾート地です。アジア、太平洋地区のリゾート地のなかでもハワイやプーケットと肩を並べる魅力的なエリアです。また音楽や舞踊によって近くの国との交流を深めてきた歴史と伝統があります。
特筆すべき点は太平洋戦争の激戦地だったことです。日米の軍人と多くの民間人が犠牲になり、約20万人が亡くなっています。対立する人たちも沖縄に滞在する間に、戦争がいかに犠牲を払うものか理解できるはずです。
アジア有数のリゾート地沖縄で、世界的に評価される日本の食事。対立する人たちの会う動機も高まるはずです。
8.まとめ。いっしょの食事は平和宣言
戦争はいっしょの食事で止まるようです。
戦争は人類の本性ではありません。霊長人類学者の山極寿一(やまぎわじゅいち)前京都大学総長が朝日新聞で戦争についてコメントしています。
暴力や戦争が起こった理由は、それまで集団内で結束して肉食獣や自然災害に対処してきた共感力が、集団外の人間に敵意として向けられたからだ。(朝日新聞2024年12月12日)
つまり暴力や戦争は相手が同じ集団の仲間なのか、それとも集団外なのかの認識がカギになるようです。
「同じ釜の飯を食う」という言葉があります。運命共同体としての仲間のことです。
英語にもカンパニー(company)という会社を意味する単語がありますが、これには仲間という意味もあります。語源は「同じパンを食べる仲間」です。
山極寿一の『京大総長、ゴリラから生き方を学ぶ』ではみんなで食べるレストランでの食事について以下のように述べられています。
ケンカの種になりそうなものを相手との間にわざわざ置いて、仲良く一緒に食べましょうと食べ物を囲む。ということは、私たちは誰かと食事するたびに「平和の宣言」をしていると思いませんか。(ケンカの種となり得る)食べ物を、あなたと私は仲良く食べられる関係にありますよ、ということを、最初から前提として向かい合っているわけですから。
いっしょにごはんを食べれば、対立している人たちも同じ集団の仲間になれます。つまりいっしょにごはんを食べることで平和になりそうです。
冒頭のタイトル「いっしょにごはん!で平和になるのか」の答えは「平和になる」です。いっしょに沖縄で日本のおいしいビーガン料理を食べることで平和になります。
「世界を平和にするレストラン」構想をぜひ実現させたいですね。
9.あとがき。持論としての「たくさん試す」
「世界を平和にするレストラン? そんな店に戦争中の人たちがお客さんとして本当に来るわけないじゃない。ただの理想論。」と思っていますね。
やってみないとわかりません。うまくいかないかもしれません。実際にやってみて、うまくいかないところを改善して次の手を打つ。それを繰り返すこと。
持論ですが、難しい問題はいくつものアイデアをたくさん試し改善していくことで真の解決策に結びつくと思っています。
もしこの店ができたら「ニッチな飲食店」です。売上アップは「ニッチな飲食店のマーケティング企画室」におまかせください。
「また、いつもの絵空ごとの空手形!」。いえ、これもやってみないとわかりませんよ。
<参考文献>
クリストファー・ブラットマン/神月謙一訳『戦争と交渉の経済学: 人はなぜ戦うのか』草思社 2023
ヨハン・ガルトゥング/御立英史訳『日本人のための平和論』ダイヤモンド社 2017
上杉勇司『どうすれば争いを止められるのか 17歳からの紛争解決学』WAVE出版 2023
辺見 庸『もの食う人びと』角川文庫 1997
朝日新聞2024年12月12日 科学季評 山極寿一「闘争は人間の本性なのか 勝敗をつけずに共存 ゴリラのように」
山極寿一『京大総長、ゴリラから生き方を学ぶ』朝日文庫 2020