水は大切です。水がないとヒトは3日で死んでしまいます。関東に国替えが決まった徳川家康も真っ先に江戸の飲み水を探しました。地震と火山の国日本は湧き水や川など水に恵まれています。ところが食糧自給率が低いことから実質的には水を輸入しています。実は水不足の国だったんですね。気候変動で水に関心が集まっています。富士山の湧き水を使う「水のレストラン」を構想してみました。円安で世界から観光客がやってきます。観光客は日本の食に期待しています。富士山の湧き水で歓待できないでしょうか。良くも悪くも日本の水はこれから注目されるはずです。
●水は大切。『古事記』にもたくさんの水の神さま
生命のはじまりは水から。水なしで人類は生まれませんでした。
日本最古の書物『古事記』(712年)にも水の神さまがたくさん登場します。国生みの夫婦神「イザナギ・イザナミ」は淡路島などの大八島(おおやしま)を生んだあと、岩や土の神とともに水の神さまたちを生んでいます。
海の神「大綿津見神(おおわたつみのかみ)」。水の門口の夫婦神「速秋津日子神(はやあきつひこのかみ)・速秋津比売神(はやあきつひめのかみ)」。水の配分の神「天之水分神(あめのみくまりのかみ)」。水を汲むひさごの神「天之久比奢母智神(あまのくひざもちのかみ)」…。古事記には、このほかたくさんの水の神さまが登場します。
東京の真ん中、文京区の肥後細川庭園の近くに「水神社(すいじんじゃ)」があります。祭神は水の門口の神「速秋津比古神と速秋津比売神」です。
水神社は探してみるとたくさんあります。神田明神の「魚河岸水神社」。こちらの祭神は、お食事中の方すいません、イザナミの尿から生まれ水の神となった「弥都波能売命(みずはのめのみこと)」です。
そのほか「亀戸水神社」、「早稲田水稲荷神社」など都内に数多くあります。水に関する神社は全国に200社以上もあるようです。水は古代でも現代でも人間の生活に欠くことのできない大切なものです。
●駿府から江戸へ。家康は最初に水を求めた
1590年小田原城攻めが終わり、徳川家康は秀吉から関八州への国替えを命じられました。家康がまず取り組んだのが水の確保でした。当時の江戸城周辺は広大な葦原と湿地でした。井戸の水は塩気があり飲用には適していませんでした。
そこで家康は菓子づくりの名人大久保藤五郎に命じて小石川上水を開きました。しかし増え続ける人口に追いつきません。
1603年に家康が征夷大将軍となり江戸幕府を開くと諸侯が競って江戸に邸宅を置くようになり、さらに水が足りなくなりました。
やがて現在の井の頭公園付近に湧き水があることがわかり、ここから水を引き神田上水として江戸の人びとに水を提供しました。井の頭の湧き水は良質で家康がこの水で茶を飲んだことが伝わっています。
江戸の人口は増え続け、1654年には多摩川から玉川上水として水を引きました。江戸の町の発展には水の確保はどうしても必要な事業でした。江戸時代から開発したこれらの水がなければ現在の東京もなかったわけです。
●ローマの公衆浴場。市民は風呂で遊ぶ
水といえば古代ローマの高架水道橋も思い浮かびます。古代ローマ帝国の繁栄のシンボルです。各地からローマに引かれた水は飲用、生活用水だけではなく娯楽のための風呂の水としても使われました。
ローマ風呂は漫画『テルマエ・ロマエ』(ヤマザキ・マリ)で有名です。風呂を設計する主人公は古代ローマから日本の風呂場に出現してヒントをもらってはローマに帰ります。そこから生まれた画期的なアイデアの風呂は皇帝やローマ市民を喜ばせます。
『テルマエ・ロマエ』は五賢帝のハドリアヌス帝(在位117~138年)のころの話です。その後のカラカラ帝(在位198~217年)がつくった有名なカラカラ浴場は2~3千人が入れる巨大な大浴場でした。
図書館、スポーツジム、遊技場もあったということですから現代のスパリゾートと同じです。ローマの皇帝たちは公衆浴場を提供してローマ市民の人気を獲得したかったようです。
公衆浴場には大量の水が必要です。紀元前312年にできたアッピア水道などローマ帝国は近郊から11本の水道を引いていました。
大量の水を引くというのは、広大な領土をもち潤沢な資金のあるローマ帝国だからできたことです。自由にたくさんの水が使えるというのは豊かさと繁栄を証明するものです。
●豊かな水の日本。実は水が足りない
「日本は世界のなかでも水が豊か」と思っています。降水量も十分。日本の山々が豊富な水を抱えています。
梅雨、台風、積雪など四季に降雨があります。利根川、信濃川、琵琶湖、霞ヶ浦など川や湖もたくさんあります。水不足を感じることはありません。日本の水資源は豊かなはずです。
ということで「日本は水大国」。実はこれ間違っています。日本は水を輸入しています。食糧を輸入しているからです。
日本の食料自給率は38%です(カロリーベース、農林水産省2022年)。国が自給率45%を努力目標にしていることから自給率は下げ止まっていますが、戦後ほぼ一貫して減少してきました。計算上は食糧の62%が輸入です。
外国でつくられた食糧。その生産には水(仮想水=バーチャルウォーター)が必要です。たとえば牛肉1㎏の生産には水20,700リットル、チーズ1㎏は水4,428リットルが必要です(沖 大幹『水の未来』)。
食糧の輸入は水の輸入です。日本は世界の水に頼っています。ユネスコによると日本は世界上位の水の輸入大国です。
食糧を輸入しているにもかかわらず、日本では年に523万トンも食糧を廃棄しています(農林水産省2021年度)。食品ロスです。世界からもらったたくさんの大事な水をたくさん捨てていることになります。このままでは世界から叱られることになります。水を大事に使っていることを世界に知らせなければなりません。
●「名水」とは水を大切にするところから
環境省では「昭和の名水100選」・「平成の名水100選」として全国の湧水、地下水など200か所を選んでいます。
名水の基準は「おいしい水」ではありません。「平成の名水百選」評価基準は以下のようになっています。
(1)水質・水量
(2)周辺環境の状況(周囲の生態系や保全のための配慮など)
(3)親水性・近づきやすさ(水への近づきやすさや安全性を重視)
(4)水利用の状況(水利用の伝統を含む)
(5)保全活動(保全活動の内容・効果を重視)
(6)その他の特徴・PRポイント(故事来歴や希少性など)
名水とは健康にいい水とか、飲んでおいしい水とかではなく、いかに水を大切にしているかということだと思います。
平成の名水100選のひとつに静岡県三島市の源兵衛川があります。富士山の湧水が流れ出ている川です。ここに「水のレストラン」をつくってはどうかと思います。
●富士山の湧き水を使う「水のレストラン」
水を大切に生かすニッチな飲食店として「水のレストラン」を三島市につくる構想です。
ターゲット、つまりお客さまは外国人観光客です。少子高齢化の日本。円安の日本。歴史と自然に恵まれた日本。外国人観光客に来てもらうのが早そうです。
「水のレストラン」をマーケティングの4Pで考えてみましょう
(1)製品(プロダクト)は水と和食と茶の湯
三島市では湧き水が水源の柿田川の水を水道水として使っています。硬度は32~58、軟水です(三島市水道局資料)。軟水は煮込み料理など和食に向いています。
ダシを使った煮物、なべ物、汁物など水をふんだんに使った料理がいいですね。また、四季を生かして水分の多い地元の野菜もたくさん提供したいものです。
三島は「うなぎ」も名物です。富士山の湧き水でうなぎのくさみが少ないといわれています。うなぎも看板料理のひとつですね。
特別メニューとして「茶の湯」はどうでしょうか。静岡県は茶の名産地です。茶の湯であれば茶懐石があります。和食の原点です。茶道で日本らしさを表現できます。
お茶で一服となれば、茶道のもつ日本の様式美が外国人観光客の満足感を究極にまでに高めることができると思います。
茶の湯体験となると「ちょっとランチで」というわけにはいきません。宿泊することになります。池のある和式庭園と日本家屋の建物か古民家の宿泊施設付きのレストランになります。
(2)価格(プライス)は宿泊一式で高額設定
食事だけでなく宿泊や後述の観光などを含めるとコストは膨らみます。しかし「水のレストラン」の独自サービスであり付加価値と経験価値があります。提供価格は必然的に高額のものになるはずです。
(3)場所(プレイス)は三島市
店舗は源兵衛川や白滝公園などの湧水地のすぐ近くにしたいですね。湧き水のシズル感で食事のおいしさがいっそう高まります。
三島市内には奈良・平安ごろに創建し、源頼朝が再興したといわれる三嶋大社もあります。三島の歴史と文化の中心です。
三島は東京から新幹線で約1時間。富士山、箱根、伊豆観光の基点としても便利な場所です。
しかし富士山の湧き水といえば近所の富士宮市から「こっちだろ」と言ってくるかもしれません。名所、湧玉池(わくたまいけ)と富士山信仰の本家、富士山本宮浅間大社があります。焼きそばも有名です。もめないように、そこは話し合いでお願いします。
(4)プロモーションは富士山と箱根と伊豆。そして水の体験
世界文化遺産の富士山、白糸ノ滝、三保の松原などの観光。また国内屈指の観光地の箱根・芦ノ湖観光。さらに伊豆半島の観光もできます。とても一日では終わりません。必然的に宿泊することになります。
もちろん源兵衛川でのせせらぎ体験や「わさび」や野菜づくりなど地元の水にかかわる体験もしたいものです。
●まとめ。日本の水の大切さを知る
日本人は水の大切さがわかっていないかもしれません。蛇口をひねると水が出てくるのが当然と思っています。
シンガポールのように自国で水がまかなえない国では、水を徹底的に再利用しています。水は安全保障の問題だからです。
ナイル川やメコン川などの国際河川の流域国では水利用が紛争の種になっています。毎日の飲み水を心配する人が世界にたくさんいます。
水の問題は温暖化の問題でもあります。畜産業は水を大量に使います。トウモロコシなどの飼料の生産には広い土地と多くの水が必要です。これによって乾燥が進み、干ばつが起こります。これから「水」は世界が関心を強くよせるものとなります。
水を自由に使い、海外から食糧としての仮想水をたくさん輸入する日本。「水のレストラン」として日本の水を海外の観光客に提供することで、自身で水の大切さを学ぶことができそうです。
<参考文献>
山口佳紀・神野志隆光校訂・訳『日本の古典を読む① 古事記』小学館 2008
門井慶喜『家康、江戸を建てる』祥伝社 2016
堀越正雄『江戸・東京水道史』講談社学術文庫 2020
本村俊二『テルマエと浮世風呂 古代ローマと大江戸日本の比較史』NHK出版新書 2022
武内英樹監督、ヤマザキ・マリ原作『テルマエ・ロマエ』フジテレビジョン 2013
沖 大幹『水の未来 グローバルリスクと日本』岩波新書 2016
橋本淳司『通読できてよくわかる水の科学』ベレ出版 2014
丹保憲仁『水の危機をどう救うか 環境工学が変える未来』PHPサイエンス・ワールド新書 2012