「ニッチの偉大なる大先輩たち」だと私は思っています。でも先輩たちは「君とはかかわりたくないよ」と言うかもしれませんね。内容については『生態学大図鑑』を大いに参考にさせていただきました。

●生態学のニッチ。建築学のニッチ

 生態学のニッチとは、生き物が食べ物を得る場所であり、すみかでもあります。また、そこでほかの生き物(種)いっしょになることはありません。わかりやすいのはパンダです。タケを食べて生きてます。ほかの動物とタケを争うとは聞いたことがありませんね。タケ林はパンダのニッチです。
    
 ニッチという言葉の元祖は古代ローマ。皇帝ネロがつくった黄金宮殿(ドムス・アウレア)の壁にくぼみ(ニッチ)がありました。現代の建築学でもニッチという言葉が定着しています。生態学のニッチもこの言葉から来ています。

●ロズウェル・ヒル・ジョンソン。1912年、生態学の「ニッチ(niche)」誕生

 生態学ではじめてニッチという言葉を使ったのはアメリカの生物学者ロズウェル・ヒル・ジョンソン。甲虫類に関する論文ではじめて使いました。
    
 1912年は日本では明治45年、すなわち大正元年。明治天皇がお亡くなりになった年ですから、てんやわんやの年だったと思います。大西洋ではタイタニック号が沈没しています。やっぱり大変でしたね。
 

●ジョゼフ・グリネル。1917年、ニッチの概念を説明

 ニッチという概念の先駆者です。アメリカの生態学者です。オオムジツムギモドキという鳥を研究。オオムジツムギモドキが餌を採り、繁殖し、捕食者から逃れる場所であるチャパラル(低木の茂み)をニッチとしました。短いツバサと強い脚は、この環境で生きるために適応したものです。

●チャールズ・エルトン。1927年、ニッチを詳しく定義

 イギリスの生態学者チャールズ・エルトンは、その著書『動物の生態学』でニッチについて定義しました。
     
 「チャールズ・エルトンはニッチという概念をより深く検討した。彼によれば、動物のニッチを定義する主な要素は餌である。何を食べ、何に食べられるのかが最も重要であった。」(『生態学大図鑑』 P110)。

●ジョージ・エヴリン・ハッチンソン。1957年、ニッチ理論を各方面に広げる

 イギリス生まれの動物学者。ハッチンソンのニッチ理論によって生態学は、その後大きく発展しました。
    
 ハッチンソンが主張するニッチの役割は、どのように餌を採り、繁殖し、隠れる場所を見つけるかということだけではなく、ほかの生き物との相互作用も含まれるとしています。さらに生き物ではない環境についても、どう相互作用するかすべて考慮する必要があると言っています。つまり地質、土壌や水の酸性度、栄養の流れ、気候などもニッチに含まれているということです。
     
 ハッチンソンのニッチ理論に触発されて「ニッチ幅」(ある生物が利用する資源の多様性)、「ニッチ分割」(競合種が共存する方法)、「ニッチ重複」(多様な動植物いよる利用資源の重複)などの研究がつぎつぎと生まれました。

●マーケティングのニッチもハッチンソンのニッチ理論から

 ハッチンソンの影響は生態学だけにはとどまりませんでした。1980年にマーケティングの神さまといわれるフィリップ・コトラーが「競争地位別戦略」を発表。このなかでニッチ市場を獲得する企業をニッチャーとしました。生態学で使われていたニッチという概念をマーケティングに持ち込んだということです。
    
 ニッチ教の狂信者の私としては、なんとなく生態学の概念とはズレているような気もします。しかし生態学とマーケティングは別の業界です。元祖である建築学のニッチと生態学のニッチにもズレがあります。ニッチという言葉が広がるのなら歓迎すべきことなんですね。

タケやユーカリしか食べないパンダ、コアラはニッチ幅の狭い「スペシャリスト」、さまざまな環境に適応できるアライグマやムクドリはニッチ幅の広い「ジェネラリスト」と呼ばれる

<参考文献>
ジュリア・シュローダー/鷲谷いずみ訳『生態学大図鑑』三省堂 2021