新人類世代ってわかりますか。いまの若い人を指す言葉にはミレニアル世代、Z世代などがありますね。新人類世代は団塊世代、ポスト団塊世代に続く世代の人たちのことです。この世代がそろそろ60代になります。この世代に向けた懐古・郷愁・追憶などを詰め込んだレトロな飲食店ビジネスがそろそろ必要になるはずです。

●いまは昭和レトロがあちこちで大人気

 神田の古書店街になつかしい喫茶店が数多くあります。以前「ラドリオ」を紹介しました。これ以外にも有名な「さぼうる」や「ミロンガ」など数多くのレトロな喫茶店があります。どのお店もかなりの賑わいです。

 ここだけでなく、新宿には戦後の雰囲気を残している飲み屋街「思い出横丁」があります。コロナ禍前は外国人観光客などでいっぱいでした。湾岸の副都心DECKS(デックス)には、わざわざ昭和30年代のレトロを再現した「台場一丁目商店街」もあります。また大分県の豊後高田市は「昭和の町」として多くの観光客を集めてきました。さらに今年は、西武園ゆうえんちが昭和レトロに大改装して話題になりました。昭和レトロ人気は衰えを知りません。

●マーケティングでは「だれがお客さまなのか」が一番

 昭和レトロの主役は団塊世代とポスト団塊世代の人たちです。世代論には定義がないので一般的にということで読んでください。

 団塊世代は1947年から1951年までに生まれた人たちです。学生運動、その後の高度成長期などに活躍しましたね。現在に至るまで「時代をつくっている」あるいは「暴れまくっている」とも言われています。2021年現在で70歳から74歳になっています。いまだに元気です。

 ポスト団塊世代は1952年から1960年生まれの人たちです。勢いのある団塊世代のうしろ姿を見ながら育ちました。そのせいか、すこし上品で内省的。1971年に登場したマクドナルドの洗礼を受け、『non・no』や『POPEYE』を読みながら成長しました。2021年現在で61歳から69歳になっています。

 昭和レトロの街や飲食店にはこの世代の人たちが中心になって訪れています。この世代の人口は2,391万人。日本の人口の約2割(総務省統計局「人口推計」2019年10月1日現在)にもなります。これだけのボリュームのある層は魅力的です。昭和レトロのビジネスが盛んなのは当然だと思います。

団塊世代から団塊ジュニア世代
●昭和レトロは単なる流行ではない。社会的価値である

 発達心理学者のエリク・H・エリクソンは、人には乳児期から高齢期まで8つの発達段階があると言っています。教育関係の方は良くご存じだと思います。8つの最後の段階にあたる高齢期とはおよそ60代以上。エリクソンは、この時期の課題を「自己統合」とし、対する危機を「絶望」としています。

 人生の終盤になると、人は自分の過去と折り合いをつける必要がでてきます。「過去の辛かった出来事がいまの自分をつくったんだ」という肯定感が必要になってくるのです。そうでないと悔いたまま死ぬことになります。高齢者には、もう一度人生をやりなおす時間がありません。悔いたままでは「絶望」につながってしまいます。

 過去を思い出し、意義あるものとして、現在と残された未来を「統合」することが必要です。これによって心を平穏をにすることができます。

 人は過去の思い出を少しづつ、自分の都合の良いように記憶を書き換えています。こうすることで、大変だった過去も甘酸っぱく、かぐわしい思い出にすることができます。

 昭和レトロもここに価値があります。流行としてとらえるのではなく、高齢期における心のなかの課題を解決するものとして考えるべきだと思います。レトロの飲食店は大切です。

エリクソンの発達段階
●新人類世代のための1980年代レトロ飲食店

 レトロのターゲットは5年後、10年後には次の世代、新人類世代へと移っていくはずです。
 新人類世代は1961年から1965年生まれの人たちです。現在56歳から60歳になる人たちです。新人類という名前は、この世代の人たちが社会に出てきたときに、上の世代の人たちが「なにを考えているかわからない」という感想から命名されました。「わからない」というのは、日本の社会が急速に変化した時代だったからかもしれません。

 これから5年後には60代になります。発達心理学を信じるなら高齢期となり、自分の過去と折り合いをつけるころになります。

 新人類世代は、子どものころは三波春夫が歌う「世界の国からこんにちは」の音頭に乗って大阪万博に行きました。ウォークマン、女子大生ブームなど日本の高度成長期を謳歌した世代です。バブルの時代にも重なります。昭和レトロの飲食店ではこの世代の過去はよみがえりません。1980年代レトロ飲食店が必要です。

 1980年代のレトロのニッチな飲食店ならば、お店のメニューだけではなく、回想を誘う装置が必要です。1988年創刊の『Hanako』が役に立ちそうです。この雑誌で紹介されたお店には人が殺到することで話題になりました。そして去っていく早さも話題になりました。「常連客が入れずに来なくなり、Hanakoの読者はすぐに去っていき、やがてお店にはだれもいなくなる」と批判もされました。しかし、1980年代の食のトレンドに大きな影響を与えた雑誌であることは間違いありません。

 新人類世代向け1980年代レトロの飲食店は、提供する飲食が重要ではありません。ターゲットであるお客さまが、少しの間、過去を振りかえることができる時間と空間をつくることが重要です。

 発達心理学の考え方を利用したニッチな飲食店。高齢期の人のこころに平穏をつくりだす飲食店。価値のあるビジネスと言えます。

 

かくいう私もポスト団塊世代です。都合の悪い過去の記憶を、都合の良いように書き換えるという点では熟達した能力を持っています。なにしろ書き換えたことさえ忘れることができます。困ったオヤジですね。

参考文献
佐藤眞一/権藤恭之『よくわかる高齢者心理学』ミネルヴァ書房 2016年
阪本節郎/原田曜平『日本初! たった1冊で誰とでもうまく付き合える世代論の教科書』東洋経済新報社 2015年