若い人たちのアルコール離れが進んでいます。緊急事態宣言で居酒屋でもお酒の提供ができなくなりました。「転んでもただで起きない」の発想でアルコールを絶対に出さない新カテゴリー「居食屋」というニッチな飲食店はどうでしょうか。

●若者がお酒を飲まなくなった要因はなにか

 20代の飲酒習慣がかなりの勢いで減少しています。1989年から2019年までの30年で32.5%から12.7%になりました。約20%の減少です。50代の男性も58.2%から41.4%に。約17%の減少です。20代女性はあまり変化がありません。しかし、50代女性は6.5%から16.6%と20代男性を超えています。


 若い男性がお酒を飲まなくなったのは非正規雇用などの問題もあります。将来の収入が見込めないのであれば、あえてアルコールを口にしたいとは思わないはずです。


 かつてはアルコール前提の社会でした。お酒好きの上司や会社の仲間と飲むことも当然でした。「飲めない」「飲まない」は例外扱いでした。しかし、お酒を飲んでのコミュニケーションはメリットだけではなくデメリットもたくさんあります。時間とお金の無駄使いです。それだけではありません。健康への影響です。とくに飲酒にともなう過食は将来の生活習慣病への要因になっています。健康志向、将来の病気への不安が飲酒の習慣を減らしています。

●居酒屋はどうしてサードプレイスなのか

 サードプレイスという言葉があります。家庭と職場の間にある自分が安心して過ごせる場所のことです。大昔は野山でウサギを追いかけてクリなどをひろっていたので、家も職場も同じ場所でした。産業革命のあと、人の居場所は家と職場の二つに分かれました。どちらの場所にもいたたまれないこともありますね。


 サードプレイスはどうしても必要な場所です。イギリスではパブ、ドイツではビアホール、フランスにはカフェがあります。日本では居酒屋がサードプレイスです。顔なじみ店主がいて、常連さんがいるお店です。ふらりと立ち寄ってもだれかが相手をしてくれたりします。チェーン店ではありません。ちょっと古い建物でこぢんまりとしたお店が落ち着きます。

●コロナ禍だけではない。このままでは居酒屋さんが危ない

 居酒屋さんはお酒好きのお客さまが多いほど儲かります。お酒は手間がかからず利益率がいいからです。唐揚げ、えだ豆、ヤキトリ、フライドポテト…。メニューはちょっと味が濃くて塩味がきいています。お酒が進むからです。書いているだけでもレモンサワーが飲みたくなりました。


 酔うほどにお酒も進み、会社の悪口も盛りあがり、いつしか「あっ、やばい終電」。お手軽なお店でも終電までいたらそこそこのお勘定になります。


 緊急事態宣言でお酒の提供がダメとなると居酒屋さんは大ダメージです。前述のように若い人たちも急速にアルコール離れを起こしています。利益の中心であるお酒を飲む人が減少するわけですから危機です。


 居酒屋の市場規模は下図のように減少を続けています。2011年から2019年までで約22%減少しています。このままでは日本のサードプレイスがなくなってしまいます。どうするかを考えるべきだと思います。

減少する居酒屋市場とコロナ患者数
●どのくらいの人が本当に「お酒嫌い」なのか

 完全アルコール拒否派の人がどのくらいいるのか。いまのところデータが見つかりません。ご存じなら連絡ください。宗教、アレルギーあるいは健康上の理由で「どうしてもアルコールがダメ」な人は意外に多いのかもしれません。「ノンアルコールビールがあるじゃないか」。しかし、お酒が嫌いな人は「ノンアル」すらも嫌いなはずです。


 この人たちに応える居酒屋はありません。もともとアルコール前提の社会です。しかもお酒は手間がかからず儲かります。お酒ぎらいの人のためにあれこれ気配りはしていません。「お酒のご注文は」と聞いて「飲まない」と言われると「客単価が低いお客」と落胆するはずです。


 アルコールをまったく受け付けない人。ガマンしている人も多いかもしれません。全体の数%かもしれせんが、その割合ならニッチです。ターゲットが限定されています。ニッチな飲食店を考えるべきだと思います。

●アルコール絶対なし。お酒嫌いのための新カテゴリー「居食屋」

 お酒嫌い。しかしサードプレイスは必要。わずか数%かもしれませんが、この人たちに応えることが新しいビジネスになるはずです。お酒が嫌いの人のための「居食屋」。ニッチな飲食店です。


 マーケティングの基本はお客さまの研究です。飲まない人を下戸(ゲコ)と言いますが古い言い方ですね。ここでは「嫌酒家(仮)」にしておきましょう。お店の入り口に「嫌酒家の店。お酒が好きな人は絶対入店しないでください」と書きたいですね。ニッチならば、お客さまを限定するほうがわかりやすくなります。お酒好きの人もいっしょに入れるお店ではニッチになりません。


 飲食店を滞在時間とアルコールのあるなしの2軸で考えてみました。ポジショニングマップにすると「居食屋」のポジションが空いているではありませんか。ほとんどの飲食店でアルコールを置いています。アルコール前提の社会なので当然かもしれません。まったくアルコールがない飲食店は限られています。さらに長時間滞在できるポジションはこれまでにありませんでした。新しいポジションを確保できるならニッチな飲食店のチャンスです。

滞在時間とアルコール提供の飲食店ポジショニング
●お酒なしでは儲からないのか

 居酒屋と同様の客単価であればいいのではないでしょうか。3,000円から5,000円程度の客単価。サードプレイスとして食べて飲んで数時間を過ごせるお店であれば居酒屋と同じです。


 居酒屋で3,000円なら、298円のレモンサワーが3杯、お通し、ヤキトリのレバーとカワ、あとは日本酒が少しでしょうか。決して豪華ではありません。しかし、お酒なしで3,000円なら、お刺身つきのおいしい料理が出てきそうです。お客さまも満足されるはずです。

 ドリンクであれば高級な豆を使ったコーヒーや高品質の日本茶もあります。あとで頭が痛くなるようなワインよりも価値があると思います。お店にとって必要なのは売上です。お酒ではありません。


 絶対にお酒を出さない。料理が充実している。気の利いた店主がいる。ふらっと入っても居心地がいい。小さく古びているがゆっくりできる空間。これが「居食屋」の考え方です。


 いま大流行中のSDGsでも「アルコールの有害な摂取」がターゲットになっています。お酒による過食、生活習慣病、依存症などです。アルコールのまったくない生活をするニッチな人のためのニッチな飲食店「居食屋」はいかがでしょうか。

       

 ここでコーヒーブレイク。世界で最も高価なコーヒーといわれる「コピ・ルアク」をご存じですか。今回、高価なドリンクを調べていて知りました。インドネシアのコーヒー豆。なんとジャコウネコが食べたコーヒーの実を集めてつくっているとのこと。つまり出てきた「〇んちくん」の中から豆をきれいに洗って乾燥、焙煎したものだそうです。それがコーヒー一杯で5,000円…。ゾウがつくったコーヒーもあるようです。味よりも値段が気になってしまいます。貧しい発想ですいません。

<参考文献>
藤野英人『ゲコノミクス』日本経済出版 2020
橋本健二『居酒屋の戦後史』祥伝社 2015
レイ・オルデンバーグ『サードプレイス』みすず書房 2013