1.豚しょうが焼き定食専門店。ニッチ!じゃないですか
マーケティング業界の先輩から、「豚しょうが焼きの専門店があるぞ」と教えてもらいました。調べてみると神田、浅草橋、江古田など都内に専門のお店がいくつかありました。
「う~ん、おいしそう!」。味ではなく、ニッチな飲食店のテーマとしてです。
単品メニューを専門にするお店を、私が勝手にですが、スピンアウト型といっています。大きなカテゴリーのなかから、ひとつの商品(メニュー)で飛びだしてお店になるタイプです。もともとの意味は、カーレースで車がコントロール不能になりコースから飛び出てしまうこと。そこから、ビジネスなどで組織が社外に出て独立することをスピンアウトというようになりました。
このスピンアウト型は探してみるとけっこうあります。たとえば餃子チェーン店。中華料理のなかから餃子を専門にして大きく成長しました。最近のトレンドメニューで肉寿司専門店もありますね。寿司または肉料理カテゴリーからのスピンアウトです。ラーメンメニューのタンメンだけで飛び出したタンメン専門店もあります。
さてさて、豚しょうが焼き定食専門店。絞り込んだメニューでニッチな飲食店。「う~ん、間違いない。いいじゃないか」。よさそうな気がします。gooランキングというサイトの「結局一番うまい定番の定食」では、1位から揚げ定食、2位ハンバーグ定食、3位焼肉定食と続き、堂々の第4位に豚しょうが焼き定食が入っています。から揚げもハンバーグも焼肉もそれぞれ専門店がある。なので、豚しょうが焼きで専門店の可能性はある。ということですね。
専門店であれば、歩き旅のようなテレビ番組の取材もあるでしょう。通りがかりの人も「え?豚のしょうが焼き専門?」と覚えてもらえます。普通の定食屋さんより、かなり有利です。ターゲットのお客さまは男性で、食べごたえを求めるタイプ。肉が大好き。リピートも多いはずです。おいしそうじゃないですか、ビジネスとして。多店舗化やチェーン展開も考えられますね。
2.専門店なのに、意外にワクワクしないのはなぜ?
いくつかのお店にうかがってみました。いまの時期、新型コロナウイルス感染症で日本中のお店が大変です。ということなのか、お客さまがギッシリというわけではありませんでした。印象と経験からで恐縮ですが、いつも満員のお店ではなさそうです。しかし、実態はよくわかりません。本当はどうなんでしょうか。
「ニッチな飲食店のマーケティング企画室」なんて名前をイキオイでつけてしまった以上、仕方がないです、マーケティングで考えましょう。「豚しょうが焼き定食」。お客さまはどこにひかれるのでしょうか。あるいは、お店はどこを売りにするべきなのでしょうか。思いつきで、豚、しょうが焼き、定食の3つで考えてみました。マーケティング企画室のわりには…、ザックリです。
(1)「豚」について
前述のように、お客さまは男性でガッツリと食べたい人だと思います。ヒトが肉を食べたいのは、純粋な生理的欲求です。肉にはヒトが自分では作れない必須アミノ酸8種が含まれているからです。たしか、高校生のときに習いました。そのため、悟りを開いた修行僧でもなければ、ヒトは肉食をやめることはできません。多くの人が肉が大好きです。
神田の専門店の看板には、秋田県のブランド「桃豚(ももぶた)」のポスターがしっかりと貼ってありました。これが売りですね。豚肉ブランドについて調べてみると、国内にたくさんありました。なんと300種以上です。しかし、どのブランド名をみても、ありそうな名前ですが、具体的に私は知りませんでした。豚肉には、神戸牛、松坂牛、近江牛のような、みんなが知っている高級ブランドがありません。なので豚肉ブランドでお客さまが魅力を感じるのか、となると少し疑問です。
肉好きであるなら肉の量と価格がポイントかもしれません。外食産業では、近年、肉ブームです。肉をテーマにした飲食店が増えています。肉バル、ローストビーフ丼、立ち食いステーキ、肉寿司……。豚肉の供給量もデータのある1960年以降、ずっと増加傾向です(表1)。牛肉、鶏肉の供給量も同じように増えています。
江古田の専門店はボリュームたっぷりの定食でした。濃い目の味付けでごはんが進みます。しかもお手頃な価格。食材の仕入れコストを考えると、豚しょうが焼き定食の専門店であるならば、低いコストで仕入れることができるかもしれません。しかし、ニッチな飲食店なので仕入れコストを、大きく引き下げるほどの買い付けはできません。チェーン店などと比較すると割高かもしれません。仮に低コストで仕入れできたとしても、低価格で販売するならニッチとはいえません。ニッチ・ビジネスの重要なポイントは高い利益率です。低コストで仕入れ、お店の工夫(付加価値)によるメニューを少し高い価格で販売するのがニッチな飲食店です。豚しょうが焼き定食専門店のメニューには、大盛や味付けなどのバリエーションはありますが、付加価値にあたる独自の工夫によるものがありません。豚しょうが焼きでなくなったら、専門店の意味がなくなってしまうからです。
肉メニューは競合がたくさんあり、豚しょうが焼きは、肉メニューの嵐のまっただなかで立ち往生です。豚肉の量や価格の魅力でお客さまをよびよせるのは無理ではないでしょうか。
(2)「定食」について
定食チェーン店といえば、最近、「大戸屋」が話題でした。提供時間を短くするために、セントラルキッチンシステム(食材を一か所で調理する)を導入するかが株主総会で議論されました。決議の結果、現状どおり店内調理のままで進めるようです。時間はかかっても手作りの味をお客さまに提供するということ。なかなか難しい判断でしたね。
「大戸屋」は国内、海外に約460店舗を展開、売上高約245億円(2020年3月)のチェーン店です。ライバルの「やよい軒」は、持ち帰り弁当「ほっともっと」のプレナスが展開するブランドです。国内、海外に約620店舗あり、国内の売上高は約300億円になっています。この2社の活躍もあって、定食カテゴリー市場は1,000億円を超えて成長中です(表2)。
定食チェーンとニッチな豚しょうが焼き定食専門店の戦いはどうなのでしょうか。チェーン店では、人気のから揚げ定食だけでなく、野菜とお肉の定食、さらに健康効果で人気上昇中のサバ塩焼き定食など、メニューは充実しています。そのほか、ご近所の飲食店にもお店自慢の定食がたくさん用意されているはずです。
つまり定食には実質的な競合店が多いことになります。競合が多くなると「価格で勝負」が増えてしまいます。チェーン店は低価格が切り札です。手ごわい相手です。戦うということは、豚しょうが焼き定食専門店は、ニッチな飲食店のようでいて実はニッチではないことになります。ニッチ・ビジネスは独自の市場が原則だからです。したがって、定食という土俵のなかで、お客さまの注目を集めるのは難しいということです。
(3)「しょうが焼き」のしょうが
最後になりましたが、しょうが焼きのしょうがです。(植物名の表記はカタカナのショウガですが、メニュー名なのでひらがなで表記します)
私の体験ですが、あるお店の鶏肉のしょうが炒めが強烈な印象でした。ご主人にうかがったら、なんと一皿にしょうがが50グラム入っているとのこと。インパクトがありました。ジンジンとするしょうがの辛さが快感でした。
豚しょうが焼き定食のしょうがが好きなお客さまもいるはずです。しょうがが健康にかかわる食材だからです。香り成分のシネオール、辛み成分のジンゲロール・ショウガオールなどの薬効成分を含んでいます。それぞれに、食欲増進、疲労回復、殺菌作用、新陳代謝を活発にし、発汗作用を高める働きなどがあるといわれています。この薬効成分にひかれるお客さまもいるはずです。
いまの時代、誰もが健康に敏感です。「健康になりたいという病気にかかっている」ともいえます。スポーツやリラクゼーションなど健康に関する消費は長期的に成長しています。なかでも、健康に関する食品は大きな市場になっています。通販で売っているサプリなどの健康食品は1兆円規模の大市場です。また、スーパーなどで売られているトクホ(特定保健用食品)や2015年からはじまった機能性表示食品も大きな市場に成長しています(表3)。プリン体ゼロのビールや乳酸菌入りヨーグルトなどのような健康志向の食品の市場も含めると2兆円規模の市場となっています。
スーパー、コンビニなどで販売される加工食品市場は約22兆円です。大ざっぱな計算ですが、ざっと1割が健康に関連する商品ということになります。これに比べると25兆円規模の外食産業から健康飲食店や健康メニューの声があまり聞こえてきません。飲食ビジネスとして、これから成長する健康市場に興味がないようです。残念なことだと思います。
健康については、政府も一生懸命です。入院、通院、歯医者さん、調剤薬局などに支払う国民医療費の支出は、なんと年間43兆円にもなります。しかも、ほぼ毎年増えています(表4)。「野菜1日350g」は厚生労働省が進める「健康日本21」運動のキャッチフレーズです。健康は命とお金にかかわるので、われわれも必死です。しかし、政府も重い財政負担につぶされそうで必死なんですね。
マズローの欲求段階説、ご存じの方も多いと思います。ヒトは、食べたり、寝たりの生理的欲求が満足されると、次は安全の欲求を満足させたくなるとマズローは主張しています。
お客さまが何をもとめているのか。「おなかいっぱい食べたい」という人だけではないはずです。安全の欲求、つまり、病気にならないために健康的な生活をしたいと考えている人もいるはずです。
豚しょうが焼き定食のコアになる魅力は、健康にかかわる「しょうが」です。ここに、着目すべきです。断定的すぎますか。でも「いいんです!」(サッカー解説のJ・カビラさんになったつもりで)。根拠となるお店をみつけました。
3.ニッチ・ビジネスのお手本、しょうが料理専門店
川崎の新百合ヶ丘駅近くにあるしょうが料理の専門店。その名も「生姜料理 しょうが」。人気店です。新型コロナウイルス感染症の騒ぎのなか、入店待ちの列ができています。もちろん豚しょうが焼き定食もあります。正しい名前は、「もち豚ロースのブラックペッパー焼き 生姜香味だれ」。30メートルと離れていないところには姉妹店もあります。こちらもお客さまが行列です。
お店の特徴はしょうが専門のコンセプトがはっきりしていること。メニューはすべてしょうが料理。ここのお店にしかないオリジナルメニューです。しょうがに絞り込んでいるので「定食」に限定する必要はありませんね。メニュー名もみんな長いですね。「ふむふむ、なになに、どいうもの?」と読むだけでも楽しくなってしまいます。…ジンジャー黒カレーライスか…しょうが焼きもいいけど、なんだかココロ誘われますねぇ。ランチには小鉢のしょうがメニューがつきます。20ほどもあるメニューのなかから2つを自由に選べるようになっています。これなら「もう一度来たい」という気持ち(再来店の動機)になりますね。
スタッフの方のユニフォームにも目が引き寄せられます。Tシャツの背中に、生姜の「福作用」として、循環機能活性化から消炎効果、老化防止まで山盛りサービスで薬効が10以上も箇条書きされています。もう少し調べてみるとオーナーが書かれたレシピ本もたくさんありました。しょうがを使ったレシピが満載です。ご自身を「生姜の女神」あるいは「ジンジャラー」と称されています。
しょうが専門に特化して、オリジナルのメニューがたくさん。しかも、しょうがの話でお客さまと交流でがきる。ニッチ・ビジネス、ニッチな飲食店のお手本だと思います。
4.まとめ:ニッチな飲食店で重要な3つのこと
あらためて考えてみましょう。「豚しょうが焼き定食は人気メニューだ」→「豚しょうが焼き定食専門店は少ない」→「豚しょうが焼き定食専門店を作ろう」。目のつけどころはいいのですが、この発想には問題があります。お客さまにとっての魅力はなにかを考えたかです。ターゲットであるビジネスマンの「おなかがイッパイになるしょうが焼き」と考えたのなら、結論が早すぎるのではないでしょうか。
ニッチな飲食店になるなら、忘れてはいけない重要な3つのことがあります。
(1)ニッチ・コンセプトの絞り込み
豚しょうが焼き定食への絞り込みは、確かにニッチです。しかし、理念になるようなものではありません。定食の名前にすぎません。
ここではカンタンに豚肉、しょうが、定食について考えてみました。そのなかで、しょうがには健康効果という魅力があることがわかりました。ニッチ・コンセプトにすることができます。お店のメニューを展開していくことや、お客さまと交流していくうえで、ここが大切です。「生姜料理 しょうが」には、ここがシッカリとありました。
(2)付加価値による高利益率
高い利益率というと、なんだか強欲と思われてしまいそうです。しかし、誤解しないでください。市場が小さいことがニッチ・ビジネスの特徴です。小さな市場の少ないお客さまに、低い利益で販売していては、やっていけません。
独自のニッチ・コンセプトによって生まれた独創的な商品(メニュー)であれば、高い利益率であってもお客さまは支持してくれます。「生姜料理 しょうが」のメニューは、すべてオリジナル。価格もお手頃で良心的だと思います。「もっと高くてもお客さまが来るはず」ですが、そこにはポイントを置いていないようです。「生姜の女神」としての生き方ですね。
(3)お客さまと交流できるお話し
ニッチ・コンセプトが決まれば専門家になれます。ここを出発点にしてお客さまとの交流、つまりコミュニケーションできます。専門であれば話題がつきることはありません。「生姜料理 しょうが」ではレシピ本も何冊も出しています。お客さまにとって価値ある情報をだしていくことを「コンテンツ・マーケティング」といっています。ニッチ・ビジネスにはこれが重要です。大きな会社のように派手なテレビ広告はできません。しかし、次から次へとお客さまに専門的な情報を出していくことができれば、つながりができます。お客さまとつながりができれば、いつもお店に来ていただけます。売上アップの最重要施策です。
スピンアウトでニッチな飲食店になるとしたら、ポイントは3つ。ニッチ・コンセプトを決め、商品(メニュー)の付加価値を高め、専門情報でお客さまと交流することです。
新型コロナウイルス感染症によって、飲食店ビジネスは大きく変わります。新しい可能性を求めて、ニッチな飲食店が増えることを祈っています。
もし、これを読まれた方で、ニッチな飲食店をご存じなら、または、見つけた!ら教えていただければ幸いです。すいません、お礼はでませんが(^_^)。楽しい、面白い、興味深いお店の情報をお待ちしています。