1.57画の漢字が記憶に残るロゴマーク

 ビャンビャン麺のお店「泰唐記(しんとうき)」さん。ビックリするのが57画の「ビャン」の漢字。憂鬱や薔薇なんか問題外の外ですね。

 八丁堀の駅から少し歩いた新川にあります。私が大好きな「タモリ倶楽部」で紹介されていました。手打ち麺で、麺の長さが3メートルもあるとのこと。辛味や酸味など中国西域の味わいが刺激的です。しかし、ポイントは味ではなく「ビャン」の漢字。しかも、この漢字には由来があります。

泰唐記、ビャンビャン麺
八丁堀駅から数分の泰唐記とビャンビャン麺

 諸説あるようです。タモリ倶楽部の解説とRettyグルメさんのサイトから、恐縮ながらかいつまんで紹介させていただきます。

 中国の昔、試験をうけるために咸陽に向かう英才の苦学生。途中、たどり着いた一軒のお店。麺を打つ音や香ばしい香りに誘われ店に入り、一杯の麺を食べたが支払うお金がない。店主に問い詰められた学生は、逆に「この店には看板がないが店名はないのか」と聞き返す。「ビャンビャン麺」だと店主。さらに続けて「では、どういう字なのか」と聞くと、店主は「考えたことがない」と答えた。するとその学生は、たちまち「字書き歌」とともに強烈なインパクトのある漢字を書き上げた。店主もその字を大変気に入り、学生を許した。そして、この文字の看板を掲げたところ、みるみる大繁盛店となった。とのこと。

ビャンビャン麺
ビャンビャン麺の漢字。覚えただけで人気者になれそうです

 ストーリーがあり、さらに強烈に記憶に残る難しい漢字があると忘れられません。タモリさんも番組内で記憶法を披露されていました。「うっはっ げんば いといと ちょうちょう げつりノこころ二しんにょう」。これでタモリさんは、一度でこの57画の漢字を覚えました。さすがですね。
 この漢字は、今でいうロゴマークですね。ケンタッキー・フライドチキンのカーネルサンダースさんの人形と同じ役割り。57画の難漢字がストーリーとともに、料理として、ブランドとしてしっかりと記憶され、愛される役割りを果たしています。

2.中国は麺料理の宝庫

 新市場の誕生を感じました。中国麺料理市場です。日本のラーメン市場を脅かすことになるかもしれません。その強烈な武器は味や品質ではなくストーリーだと思います。

 最近、蘭州牛肉麺のお店が増えています。牛肉が入り、麺の太さが自由に選べます。少し前から刀削麺(とうしょうめん)のお店も人気ですね。麺を切ってつくるのではなく、麺の生地から削り出して作る麺です。この刀削麺にもストーリーがあります。「誰も知らない中国拉麺之路」(坂本一敏著)から引用、編集させていただきました。

 元王朝の時代、漢人の反乱を恐れたモンゴル族は家庭の包丁まで没収。あるおばあさんが麺を切るのに困り、拾った鉄片で麺の生地を削ることにした。左手に麺生地を持ち、湯の入った鍋の脇で、鉄片でそぎ落としながら麺をゆでたところ、おいしい麺料理となり家の主人に絶賛された。この方法が国中に広まり刀削麺といわれるようになった。とのこと。

蘭州牛肉麺
人気の蘭州牛肉麺のお店。スープはスッキリ味。刀削麺のお店もよく見かけます

 坂本一敏氏の本には、中国全土の麺料理が紹介されています。千種類以上の麺料理を食したとのこと。また、日本のラーメンの源流の考察から弘法大師のうどんルーツ説の検証など、現地で取材した興味深い話がたくさん書かれています。膨大な麺料理についてまとめられた著者の研究活動には敬服します。

 ちなみに中国では五大麺といわれるものがあるそうです。しかし、やはり諸説あるようで炸醤(ジャージャー)麺や熱乾(ルーガン)麺などの料理名も出てきますね。以下はWebサイト「世界の麺料理」の中国五大麺です。

刀削麺

タオシャオミェン

刀状の包丁で生地をそぎ落とす、山西省独特の削り麺

打鹵麺

ダールゥミェン

東北地方一帯の厳しい冬を暖めるあんかけ麺

伊府麺

イーフーメン

広州のグルメが考案。卵だけで生地を練り、油で揚げた艶やかな麺

魚焙麺

ユイベイミェン

黄河で泳ぐ鯉の姿をあんかけで再現した河南省の名物麺料理

担担麺

タンタンミェン

麻と辣の微妙な味わい。四川名物は秘伝のタレが決め手

誰も知らない中国拉麺之路
「誰も知らない中国拉麺之路」 坂本一敏著 小学館新書

3.ストーリーが成長の原点、ちゃんぽんのストーリー

 長崎のちゃんぽん。麺にまつわるストーリーは日本にもありましたね。

 はじまりは「四海楼」の初代店主陳平順氏。同じ中国に関連しますが、清朝末期に日本にやってきました。同じころに中国からやってきた苦学する留学生がたくさんいました。陳平順氏は受けた恩を返す意味で留学生の身元引受人にもなっていました。この苦学生たちのために考案して提供した料理がちゃんぽん。栄養価を高くするために太い麺や長崎のキャベツやかまぼこなどをたっぷりと使いました。もともとは福建省の麺料理がヒントのようです。ちゃんぽんの名前は福建語のご飯を食べる意味の「吃飯(しゃぽん)」からという説が有力だそうです。*

*「あのメニューが生まれた店」 菊地武顕著 平凡社コロナブックス

 難しいこともストーリーで話されるとわかりやすい。物語のように話されると納得しやすいし、心の中でふくらんでいき、記憶に残ります。また、刺激されて新しい発想が生まれたりします。ちゃんぽんも苦学生のために作ったということ、心に残ります。誕生のストーリーが記憶のなかで強固になっていき、人々に伝わり、人気メニューになったのだと思います。

 現在のちゃんぽんは、大手のチェーン店リンガーハットによって全国に広がりました。人気になったひとつの要因は、おいしさや品質だけでなく、ちゃんぽん誕生のストーリーがあったからではないでしょうか。

ちゃんぽん
野菜たっぷりちゃんぽんなどが人気のリンガーハット

4.新市場「中国麺料理」の顧客分析

 麺料理の発祥地といわれる中国からビャンビャン麺、蘭州牛肉麺など続々と新しい麺料理が日本にやってきています。ラーメン王国日本のラーメン市場に対抗する新市場「中国麺料理市場」が生まれる気配がします。

 ここでニッチな飲食店のマーケティング企画室として一言。蘭州牛肉麺のお店で気がつきましたが、お客さまに中国の方がかなりいるようでした。観光客の方もいますが、日本で働いている方も多い様子。さらにハラル認証のある店なのでムスリム系の方もいました。
 仕事で滞在していたり、観光でやってきた中国の人もターゲットであるとするとビジネスとして有望かもしれません。海外の料理レシピは、少なからず日本人にあわせた味付け(ローカライズ)が必要です。在留中国人約76万人や一日平均約2.5万人来日する中国人観光客もターゲットにできるとなると極端なアレンジは必要なくなります。また、一定数の顧客が見込めることでビジネスとして大きな可能性があります。

 日本の外食市場は約25兆円。日本の総人口は約1億2,615万人(総務省・2019年9月)。在留中国人約76万人は人口比率の約0.6%になります。単純な計算はできませんが、1,500億円の中国人の外食市場があると考えられます。日本のラーメンの市場規模は約4,400億円です。回転ずし、ハンバーガーが約6,000億円。これらに次ぐ大きな市場規模です(外食産業マーケティング便覧・富士経済)。これから中国麺料理の市場を本格的に開発することはビジネスのチャンスではないでしょうか。

在留中国人数
日本の総人口の約0.6%が在留中国人。潜在力として大きい

5.新しいメニューの提案が成長の原点

 新しいメニューの発祥のお店は長く続きます。明治にはじまった親子丼の玉ひで。とんかつ・オムライスの銀座の煉瓦亭、昭和初期にはじまったカツサンドの井泉本店、最近ではテリヤキバーガーのモスバーガー。数え上げたらキリがありません。それぞれが誕生のストーリーをなんらかの形で持っています。飲食店として成長するためには、新しいメニューの提案とともに、誕生にまつわるストーリーがあるとお客さまの心に強く残ります。「ねぇねぇ、知ってる?」と友だちにも話したくなりますよね。

 中国麺料理がビジネスで成長するためには、日本にはない中国麺料理の新しいメニューの提案が必要です。さらに、ビャンビャン麺のように中国らしい逸話でブランディングするのも重要だと思います。日本のラーメンのように素材や品質を高め、おいしさを極めることも大切です。しかし、それだけでなくストーリーを頭に浮かべながら食べることもおいしさのひとつです。中国であればこそできる提案だと思います。

 前述の坂本一敏氏ラーメンロードの地図には40種類以上の中国の麺料理が記載されています。これから先、ニッチな飲食店として日本にやってきて、ストーリーをもとにブレークし、やがて大きな市場を作ることになるかもしれません。

親子丼、とんかつ、エビフライ、オムライスの元祖
いつも行列の親子丼の玉ひで。とんかつ、オムライスの元祖の煉瓦亭