ナンバーワンになるためにオンリーワンを選ぶ

 飲食店ビジネスも生態学のニッチに学び、ナンバーワンになるためにオンリーワンでなるべきだと思います。生態学のニッチは厳しいながらもロマンがあふれています。最後は弱者もナンバーワンになり、勝利するのです。ナンバーワンになるための最良の方法はオンリーワンになることです。

※生態学にニッチについては、静岡大学の稲垣栄洋教授の「弱者の論理」(新潮社)などを参考にさせていただきました。

1.ニッチといってもいろいろ

 ニッチという言葉の語源は建築用語。壁や柱のくぼみのことをいいます。ここに花びんや彫刻などを置きました。4世紀のローマ帝国、ミネルウァ・メディカの神殿にはすでにニッチがあったとのことなので、元祖ニッチはローマ建築ですね。*

 ビジネスでのニッチは、なんとなくですが「すき間」ですね。誰もが気がついていない小さなビジネスのようなことを思いうかべる人も多いと思います。
 マーケティングでは、競争地位別戦略のニッチをさします。市場シェアの大きな順にリーダー、チャレンジャー、フォロワーとニッチャー(ニッチ・ビジネスをする事業者)の4つに分類されます。いわゆるすき間ビジネスとは少し違います。競争地位別戦略については、マーケティングの神さまで提唱者のP・コトラー先生の書籍をご覧ください。

*Wikipedia「ローマ建築」
参考「コトラーのマーケティング・マネジメント」P・コトラー著 ピアソン・エデュケーション
建築のニッチは壁のくぼみ/内部にニッチがある古代ローマのミネルウァ・メディカ神殿
建築のニッチは壁のくぼみ/内部にニッチがある古代ローマのミネルウァ・メディカ神殿

2.ニッチ戦略の先生は生態学

 ニッチという言葉がたくさんでてくるのは生態学です。生き物の全体を扱うのが生物学。そのなかのひとつのカテゴリーが生態学です。ここでのニッチとは「生態的地位」。環境のなかで、その生き物はどこに位置するのかということ。また、すべての生き物がニッチをもつという考え方です。

ニッチ、生態的地位
環境をジグソーパズルと考える。すべての生き物はニッチ=パズルのピースを持つ

 すべての生き物がニッチを持つというのはどういうことでしょうか。それは、地球全体を大きなジグソーパズルと考えます。生き物それぞれがパズルのピースを持っていて、そのピースひとつひとつを地球全体に埋めていきます。地球上の生物はおよそ175万種。地球の生物環境は、175万のピースでできたジグソーパズルということです。

2.弱者はずらす戦略と新たなニッチ戦略

 ニッチが重なる場合には競争がおきます。戦いです。強者が勝ちます。敗れたものは、西部劇のガンマンのようにバッタリたおれて死ぬわけではありません。敗れた生き物は「やばいよ、やばいよ」といいながら逃げます。生態学ではずらすというようです。

 生きて行くことの基本は食べ物、餌をどこで確保するかです。同じサバンナに暮らすキリンとシマウマ。キリンは高木の葉を食べ、シマウマは地面の草を食べています。ずらすことでニッチは重なりません。

同じサバンナに生きる草食動物も食い分けをして共存している
同じサバンナに生きる草食動物も食い分けをして共存している

 生き物は、この餌をずらす(食い分け)以外にも、住む場所をずらす(すみ分け)、昼と夜、季節などの活動時間をずらすなどずらす戦略で、それぞれの生き物が生きる地位を確保しています。

 また、新たなニッチを探すこともあるようです。外来種の西洋タンポポ。日本タンポポと戦っているように思われています。しかし、実はアスファルトの道ばたや工事で空き地など厳しい条件のところにしか出てこないようです。つまり戦わずに、ほかの生物種がいない新しい環境を確保することにしたようです。

ガクがそっているのが西洋タンポポ、ガクがしぼんでいるのが日本タンポポ
ガクがそっているのが西洋タンポポ(左)、ガクがしぼんでいるのが日本タンポポ(右)

3.飲食店ビジネスのずらす戦略

 生態学のずらす戦略は飲食店ビジネスでも学ぶべきことは多いと思います。生き物は30億年以上をかけて、ここまで進化してきました。時間をかけて合理的な結論に達したのだと思います。だとすると生き物とも似ているビジネス、飲食店ビジネスも含めてですが、生態学の結論に学ぶべきです。

(1)餌。食い分けについて

 ビジネスでの餌はお客さまですね。お客さまが餌だんなんて、ひどい言い方ですいません。どのお客さまを食べるか、いやターゲットにするか。これはマーケティングで最も大切な考え方のひとつ。肝心かなめ。一丁目一番地で最優先に考えることです。多くの飲食店ビジネスでもターゲティングについて真剣に取り組んでいます。食い分けが行われているということです。これは生態学もマーケティングも意見一致ということですね。

(2)場所。すみ分けについて

 飲食店ビジネスでは、競合する飲食店と同じ土俵にのって、がっぷりよつで戦うのは考えものです。あえて、競合店と切磋琢磨し、成長を目指すということもあります。しかし、基本的には競合のいない場所で、餌をたっぷり食べるべきです。

 熊本の味千ラーメン(重光産業株式会社)。国内では76店舗。決して大手、強者とはいえません。しかし、中国では約700店舗を展開(2019年8月現在)。日本型ラーメン市場のナンバーワンです。ラーメン市場は国内では成長しているものの競争は激化。場所をずらし、まだ競合のいない中国に進出。新たなポジション(生態学でのニッチ)を獲得するというのはいい考えだと思います。

 海外でなくとも考えられます。地方のご当地メニューの飲食店などで2番手以降の企業ならば、東京などで新たなポジションを獲得することも考えられますね。

(3)時間。昼、夜、季節

 お好きな方もいるかもしれません。朝から飲めるセンベロの居酒屋。若者のアルコール離れなどで市場規模が減少する居酒屋市場。これまでにない時間帯にずらすのは戦略としてあります。チョイ飲みも同じ考えかもしれません。夕方の早い時間帯に少し飲んで帰れるのは、これまでのスタイルとは少し違いますね。

 東京・谷中にあるかき氷の専門店「ひみつ堂」。日本でも数少ない通年でかき氷を販売するお店です。かき氷は、本来季節限定のもの。これを季節を越えて、通年で販売するビジネスにしました。今は行列ができるお店として有名です。
 時間の概念を切り替えて、新しいポジションを獲得する。さまざまな飲食店ビジネスで応用できる気がします。

ずらす戦略:熊本県の味千ラーメン/東京・谷中のひみつ堂の前の行列
ずらす戦略:熊本県の味千ラーメン/東京・谷中のひみつ堂の前の行列

4.飲食店ビジネスの新たなニッチ戦略

 もうひとつは、自然界よりも多いと思われる環境の変化を利用する戦略。人間の社会は、自然界よりも大きく、速く、複雑な変化が生まれていると思います。生態学でいうニッチの機会が多数生まれているはずです。
 社会環境の変化は、社会の問題点、解決すべき社会課題と考えてみたらどうでしょうか。地球温暖化、高齢・少子化などたくさんあります。すべてについて検討するのは難しいのでいくつかを考えてみます。

(1)気候変動

 今年もさらに暑くなっています。地球温暖化といわれていましたが、温暖化だけではないので、最近は気候変動といっているようです。飲食店とは遠い話じゃないかと思われるかもしれません。しかし、身近なテーマになっています。たとえば「ビーガン」。肉・卵・乳製品を食べない食事です。動物への虐待、特に畜産業による環境破壊に反対する社会運動としてとらえられています。

 日本ではまだ少ないのですが、アメリカでは自称ビーガンが増加中。2014年は1%であったのに、2017年には6%という調査結果も出ています。ヨーロッパでもドイツを中心に広がっているようです。自己申告なので「本当に肉食べてないの」とは聞けませんが。

 国内でもビーガンレストランがぽつぽつと出てきています。外食市場はおよそ25兆円*。仮に日本人の1%がビーガンだとした場合、2,500億円の市場規模になります。これから飲食ビジネスとして急速に拡大するはずです。(ビーガン・ハンバーガーのレポートもご覧ください)

*出典:2015年 株式会社三井住友銀行 コーポレート・アドバイザリー本部 企業調査部
見た目も味も普通のハンバーガーと変わらないビーガンバーガー/米国人の6%はビーガン
思った以上においしいビーガンバーガー/米国人の6%はビーガン
(2)安全な食品と健康と

 おいしさも重要ですが、安全や健康に気をつかって食べたいという人も増えてきています。無農薬の食材、アレルギー対応の食事、糖質や塩分の制限など、お客さまの要望は多岐にわたっています。しかし、これに応える飲食店は、食品の販売と比べるとまだ少ないようです。

 スーパーなどで販売する加工食品。野菜や肉などの生鮮食品をのぞいた食品です。この市場規模は約22兆円(2017年予測)*。このなかで法律で規定されたトクホや機能性食品などの保険機能食品の市場は約6,400億円(2017年予測)。これ以外にも栄養バランス食品、乳酸菌入りなど健康を志向する食品も多くあります。このカテゴリーとは別に、ドラッグストアなどで売られているサプリなどの健康食品市場が約9,000億円(2017年予測)あります。

 推定ですが、健康に関連する食品市場規模は2兆円程度になると思います。単純に比較してはいけませんが、生鮮食品以外で買う食品の10%弱は健康関連ということになります。なのに飲食店の10%弱が健康をカンバンにしているわけではありません。むしろ、ほとんどみかけないというのが現実ではないでしょうか。お客さまの要望があるにもかかわらず、飲食店ビジネスは応えていないと思います。ここに将来のビジネス機会があると思います。(健康飲食店のレポートもご覧ください)

*出典:「食品産業マーケティング便覧2017」富士経済
健康食品、保健機能食品と健康を志向する食品の市場は約2兆円と思われる
健康食品、保健機能食品と健康を志向する食品の市場は約2兆円と思われる
(3)多様性社会

 さきごろ、日本の総人口の約2%は在留外国人であると法務省が発表しました。50人に一人は外国人。東京ならもっと多いのかもしれません。各国料理とよばれるレストランはよく見かけるようになりました。豚肉などを食べないムスリム向けのハラール料理店、ユダヤ教徒のためのコーシャ料理店などの日本人になじみのないレストランも増えてきています。
 これからは多民族社会です。今後も在留外国人は増加すると思います。多民族のためのレストランはますます増えると思います。(ハラール料理店イスラエル料理店のレポートもご覧ください)

 家族の姿が変わってきています。日本の総人口は、1億2,770万人、前年比マイナス約20万人。減少中です。しかし世帯数は約5,800万世帯、前年比プラス約50万世帯。増加しています。核家族の世帯は減少していますが、ひとり世帯は、継続的に増加。まもなく最大の構成になります。

 ファミレスと呼ばれる家族向けのレストラン。市場規模は約1兆3,000億円。しかし、ひとり世帯が増加しているにもかかわらず、ひとり向け専門という飲食店ビジネスは、まだあまり見かけません。ひとり暮らしは若い人から高齢者まであります。これからの飲食店ビジネスの大きな機会と考えられないでしょうか。

*日本にいる外国人は約273万人(法務省2018年末発表)法務省
*外食産業マーケティング便覧2017(富士経済)
*総務省「住民基本台帳に基づく人口、 人口動態及び世帯数」平成30年1月1日
一人世帯がまもなくトップに/ファミレス市場は約1.3兆円もある
一人世帯がまもなくトップに/ファミレス市場は約1.3兆円もある
(4)経済格差、貧困

 こども食堂。全国で増えています。無料だったり、100円だったり。家庭の事情で十分な食事がとれない子どもたちのための食堂です。多くがボランティアで運営されています。
 日本の子どもの貧困率は13.7%。OECD(経済開発協力機構)加盟国の主要36か国中24位です。悲しいです。昭和時代の1億総中流はなくなりました。令和は格差社会です。子どもの貧困、母子家庭、高齢者の貧困。かなり悩ましい問題です。子ども食堂が新しい飲食ビジネスとなるかは疑問です。しかし貧困という社会課題に応える飲食の仕組みが必要であることは間違いありません。

*厚生労働省 2016年国民生活基礎調査
日本の子どもの貧困率は13.7%。OECD加盟国の主要36か国中24位
日本の子どもの貧困率は13.7%。OECD加盟国の主要36か国中24位

5.まとめ。ニッチにこそ未来がある。

 3のずらす戦略、4の新たなニッチ戦略でもわかるように、生態学のニッチ戦略というフィルターを通すと、まだ発見していない飲食店ビジネスの機会が見えてきます。
 飲食店ビジネスは、他のビジネス同様に激しい競争があります。30数億年の歴史をもつ生き物の結論は「すべての生き物が戦うことなく、それぞれのニッチを持つ」です。生きる者はナンバーワンであれば存在することができます。ナンバーワンになるためには、生態学でいうニッチを獲得して、オンリーワンになることです。飲食店ビジネスのあり方も、このニッチが合理的ではないかと思います。

 

「これだな。う~んスバラシイ」と手前みその我田引水に自画自賛で陶酔。でも「30億年もかかるんかいや!」というツッコミもありそうですね。

参考:「弱者の論理」稲垣栄洋著 新潮社
「敗者の生命史38億年」稲垣栄洋著 PHP研究所
「遺伝・多様性・循環の科学」門脇浩明・立木佑弥編集 京都大学学術出版会 
「新版・絵で分かる生態系のしくみ」鷲谷いづみ著 講談社

2019年8月12日掲載