今、現在ですが、ニッチな飲食店にはいくつかの成長モデルがあると考えています。(1)特定の地域に店舗が集まり集客力を高めて成長する。(2)独自商品を開発して市場を作り成長する。(3)社会課題の解決を目指して成長する。そして4つ目はまだ具体例のない予測モデルです。
1.ニッチな飲食店が「成長できるか」の疑問
ニッチな飲食店は、当然ながらニッチです。ニッチであるため市場も小さく、ましてや飲食店となれば少し変わったレストランというだけで「ビジネスとして大きく成長することなどない」と考えるのが普通です。しかし、よく調べてみるとそれなりに成長しているケースがあります。
前提としてですが、「成長とは何をさすのか」です。飲食店の場合は、一般論ですが2店目以上の出店ができるかがひとつの目安だといわれています。これを前提として、成長の事例と可能性についてのケースで書いてみます。
2.特定の地域に店舗が集まり集客力を高めて成長する
ひとつめのケースは、店舗の集積効果による成長です。ニッチな飲食店が特定の地域に集まることにより知名度が高まり、集客力が高まります。ここでいう「集積効果」とは経済学などで使う集積効果とは少し異なる意味で使っています。
(1)月島もんじゃストリート
東京の月島にあるもんじゃストリートをご存じの方も多いと思います。もんじゃ焼きの発祥は江戸時代から。数十年前までは、東京でも下町の子どもたちがおやつとして食べるマイナーな食べ物でした。
月島のもんじゃ焼きは、もともと数店舗があっただけで、特に発祥地というわけではなさそうです。1980年代後半から人気となって店舗が増加し、現在は月島地区一帯で約100軒の店舗*があります。価格も一人前1,000円から1,500円前後までと、子どものおやつだった時代とは別ものの商品になっています。人気店となって2店目、3店目を出店しているお店も多数あります。
もんじゃ焼きというニッチなメニューにもかかわらず、ここまで大きくなった理由として、同業者が集まり、地域として有名になり、集客力が高まったことがあると思います。また近くに同業者がいることで、差別化を意識する必要が生まれ、伝統的なお店、独自メニューのお店などが出てきています。これにより、「次はあのお店に行ってみたい」というリピート利用が発生していると思います。また、組合的な組織が生まれ、共同広告などの活動もできるようになり、知名度もあがり、さらに発展したのだと思います。
ここまで大きくなると他の地域ではマネができなくなります。いわゆる参入障壁ができています。月島以外には浅草も有名ですが、もんじゃ焼きでまず一番にアタマに浮かぶのは月島です。この地域の知名度、集客力にはかなわないと思います。
*食べログの検索から
(2)ミャンマー料理店
月島のもんじゃストリート以外にも、いくつか集積効果が見られます。高田馬場のミャンマー料理店です。ミャンマーの人たちが自然発生的に集まったようです。現在、高田馬場駅周辺に20店舗前後があるといわれています。
東京メトロの広告や女性誌、テレビ取材などで知名度が上がり、集客できているようです。組合のような組織が存在するか未確認ですが、同じ国の出身であれば情報交流はあると思います。これから組織的な活動を行うことができると、さらにビジネスとしての成長が見込まれます。
月島もんじゃストリートと同様に、近くに同じミャンマー料理店があると、他店との差別化に切磋琢磨することになります。この国が多民族国家であることから民族独自の料理を提供することで特徴を出しているお店も多いようです。昆虫食が看板メニューのお店も発見しました。ちょっとびっくりしますね。私も食べるかどうかはわかりませんが、興味はあります。
ニッチであるミャンマー料理店がここまで集中すると、他の地域でミャンマー料理店をオープンさせても厳しい状況になると思います。
(3)健康飲食店
もう少し小さな規模ですが、意図的にニッチな健康飲食店を集めた例があります。日比谷シャンテの地下1階にある5つのお店です。野菜、マクロビオテック、オーガニックなどの健康や安全・安心な食事メニュー中心の飲食店です。ここに来れば、5つのお店があることから気に入ったお店を選んで利用することができます。集中していることからリピート利用もしやすいと思います。
5店舗であるため、共同での活動が難しい状態だと思いますが、お客さまの健康に関してなんらかのサービスが提供できると、リピートの回数が増え、さらに集客力が高まると思います。
(4)まとめ。仲良きことは美しきかな
なつかしい!。武者小路実篤の言葉を思い出してしまいます。協力していくとニッチな飲食店でも成長するということだと思います。
・集積効果で知名度があがり集客力が高まる。
・食材供給者なども集まり、店舗の運営基盤が整備される。
・共同活動を行うことができれば、さらに集客力が高まる。
・店舗ごとの差別化が進み、リピートするお客さまが増える。
・同じカテゴリーの飲食店が他の地域で展開することが困難になる。
3.独自商品を開発して市場を作り成長する
次のケースです。独自商品からチェーン店として大きな成長を遂げたケースに牛丼の吉野家があります。以前、吉野家さんの仕事をさせていただいたことがあります。なので歴史や商品にはすこしだけ知識と思い入れがあります。
(1)ニッチな独自メニュー
100年以上も前の1899年、まだ魚市場が日本橋のたもとにあったころ吉野家の牛丼は生まれました*。当時はとてもニッチな飲食店だったはずです。魚河岸で働く人たちのために、まだ珍しかった牛めしを提供。魚河岸の人達には人気だったと思います。
やがて関東大震災によって、魚市場とともに築地に移転。以降、牛丼の完成度を高め、「はやい、うまい、やすい」(当時)の名コピーが生まれました。珍しかった24時間営業やCM「やったねパパ、明日はホームランだ」などで牛丼の知名度も人気も高まりました。
(2)多店舗チェーン展開による成長
吉野家は1958年に社長の松田瑞穂氏によって株式会社化され、1960年代には多店舗展開が始まり、成長しました。しかし、急激な多店舗展開などにより、ここから先はご存じの方も多いと思いますが、会社更生法適用など厳しい局面を経験しています。
再建後は、食材、たれの改善など商品のさらなる向上、全都道府県への展開、広告などによるブランド強化、米国や台湾、香港、中国などへの海外展開、東商1部上場など復活と成長をとげました。その後の米国BSEによる試練などもありましたが、現在は、外食事業者では国内5位*に位置する大きなグループ企業となっています。
*三井住友銀行企画調査部レポート「外食業界の現況と今後の方向性」2017年6月
(3)市場としての成長と競合
牛丼市場の独占的な立場が長く続き、2000年代にはビジネスの成功モデルとして大きくマスコミに取り上げられ、関連本なども多数出版されました。一方、市場として回転ずし、ハンバーガー、ラーメンに続く大きな市場として成長(下図参照)したことにより、他社の参入も激しくなりました。すき家、松屋という競合店があり、かつては神戸ランプ亭、たつや、東京チカラめしなどのお店もありました。
創業から100年以上を経て、もはや牛丼がニッチな商品であるという人はいません。独自商品を磨きあげ、独自の食材流通チャネルを形成し、店舗や配送設備などへの投資を行い、さらにブランドを強化しました。とはいえ飲食である以上、独占的な販売の継続はできません。参入障壁が低いということです。しかし、成長という意味では、自社ではなく巨大な牛丼市場を成長させたといえます。
(4)まとめ。ニッチャーからリーダーカンパニーへ
牛丼だけがニッチビジネスとしてスタートしたわけではありません。同じような話はケンタッキー・フライド・チキンでも書けると思います。飲食店ビジネスだけでなく、アップルのiPhoneのように、ニッチビジネスからはじめて地球規模の市場を築くケースもあります。
飲食店でも、新しい独自メニューの開発と提供を行い、市場を拡大させて、ニッチャーから新市場でのリーダーのポジションを確保するのがポイントだと思います。飲食である以上、競合の新規参入があるわけですから、F・コトラーの競争地位別戦略にのっとって、長期的にリーダーとして事業を行うことが必要だと思います。
*参考:吉野家公式サイト「牛丼100年ストーリー」
4.社会課題の解決を目指して成長する
(1)そもそも社会的課題の解決とは
ニッチな飲食店が成長していくためには、飲食店が提供するメニューだけではなく、お客さまが望むメニューの提供が重要だと考えます。飲食店経営者は「当店のメニューおいしいです。ぜひ、おめしあがりください」という気持ちが強いものです。しかし、お客さまは、単においしいもの、コスパのいいものがほしいというだけではないと思います。
マーケティングでは、自社が提案する製品を販売する場合はプロダクトアウト。一方、お客さまの要望から製品を提供、販売する場合はマーケットインといっています。このマーケットインで成長することがあってもいいと思います。お客さまが食欲を満たすこと以外にも望んでいることは何か。数あるなかでも、社会的な課題の解決はニッチな飲食店が取り組むべきひとつのカテゴリーとして重要だと考えます。例えば気候変動の問題を食べ物から解決することです。
(2)ひとつの例としてのビーガン食
ビーガン、まだ馴染みのない方も多いかもしれません(ビーガンとヴィーガンのふたつの表記がありますが、ここではビーガンと表記します)。健康的な生活を目指す過激なベジタリアンだという方も多いようですが、実はもっと深いものがあるようです。
マーク・ホーソン著「ビーガンという生き方」*によると、脱搾取派という語の説明としてビーガン(VEGAN)という言葉が使われています。一般的な論調として主に畜産業の動物虐待への反対運動などとしてビーガン食が話題になっているようです。
同じ動物であるペットの犬や猫には、家族と同じように服を着せ、病院にもつれていき大切にする。一方、牛や豚は、成長ホルモンや抗生物質などの薬剤を大量に投与し、成長させて屠殺する。同じ動物であり頭脳もあり感情もあることから、人間としてこの扱いに矛盾を感じる人も多いと思います。
同書から一部引用させていただきます。これを読むと家畜の扱いについては、たしかに虐待的だと思いますね。
…豚たちには各種の抗生物質が与えられ、それが病気を防ぎ、体重を増やし、消費者が好むとされる紅がかかった色を肉に加える。生後三から六カ月でかれらは殺される(豚の自然な寿命は十五年)。母豚は長く生かされ、生後七カ月で人工的に妊娠させられて以降、年に二度の割合で何度も子を産まされる。終わりのない妊娠・出産・授乳のサイクルに置かれる彼女たちは、まず動きを禁じる狭い妊娠豚用檻(ストール)に隔離され…(中略)…退屈と動きの制限で母豚は狂気におちいる…(中略)…子豚たちは生後二〇日ほどで母から引き離され、麻酔なしで去勢され尾を切られる。母親もまた「廃用」と判断された時点で屠殺される。(第1章 動物の権利より)
(3)ビーガンのもうひとつの側面
この問題と同様に、ビーガンの増加に大きな影響を与えているのは気候変動です。畜産業による温室効果ガスの排出は、気候変動に大きな影響を与えています。再び同書から引用します。
二〇〇六年の報告書「家畜の落とす長い影―環境をめぐる課題と選択肢」の中で、国連は動物性食品の生産がGHG(温室効果ガス)排出の一八%―全世界の自動車、船舶、飛行機、電車から排出される二酸化炭素の総量以上―を占めると述べ…(第4章環境より)
近ごろのやたらに熱い夏、突発的な大雨など、私たちの生活に直接影響が及んできたことで気候変動を実感している人も多いと思います。さて、この問題どうするべきなのでしょうか。毎日、仕事に追われ「そんな悠長なことよりもコンビニの弁当食べて出かけなきゃ」と思っている人も多いかもしれません。しかし、真剣に深刻に考え、何らかの行動を起こす人たちが世の中には数パーセントは存在します。この人たちが動きはじめているのだと思います。
*マーク・ホーソーン著「ビーガンという生き方」緑風出版
(4)「一時的ビーガン」市場の成長の可能性
大豆ミートなど肉に代わる食品について、技術的な進化がさらに進むはずです。メーカーも一生懸命です。大豆であれば生産コストのかかる食肉よりも低コストで生産できます。低価格であれば需要が高まることは間違いありません。今後、この市場は成長するはずです。
今でも大豆ミートのビーガンハンバーガーならば、知らずに食べれば、肉なのか大豆ミートなのかはわからないと思います。したがってビーガンになっても「肉のようなもの」は食べられます
日本では、ビーガン人口はまだ1%程度のようです*。アメリカでは、自分はビーガンであるという人が、2014年には1%だったのに、2017年には6%に増加しています(下図)。この数字がある程度の傾向を示しているとするなら、米国ではすでに大きな市場に成長しています。
*日本のベジタリアン・ビーガン・ゆるベジ人口調査 by Vegewel(株式会社フレンバシー)
(5)まとめ。社会的な課題を飲食で解決する
すべての肉、乳製品、卵を食生活から除外するのはなかなかの我慢が必要です。週に何日かの一時的なビーガンの人口が増え、ビーガン市場が成長するのではないでしょうか。
気候変動の解決のための飲食。食べないことを勧めるビジネス。何か禅問答のような響きもあります。このような社会的な課題を飲食によって解決する可能性は、まだ気が付いていないのですが、たくさんあるのだと思います。ここにニッチな飲食店の成長モデルがあると思っています。
ビーガンという生き方、ビーガンのハンバーガー、完全菜食主義者の人口比率(米国)
5.まだ見ぬ成長モデル
(1)グローバルニッチトップという考え方
日本の国内市場でニッチな飲食店であり続けながら、世界市場では成長モデルというケースがあるかもしれません。不勉強のため、このケースでの成功例をまだ発見していません。
高級スポーツカーのランボルギーニ。出身国であるイタリアだけではニッチにならざるを得ません。しかし、クルマは世界市場。顧客はお金持ち。世界市場であればニッチであっても大きなビジネスです。
日本の製造業でもグローバルニッチトップという考え方があります。国内では小さいビジネスでも世界市場でナンバーワンということです。これについては経済産業省が一生懸命です。わかりやすいものでは、イカの全自動釣り機、デジタル糖度・濃度計、脳動脈瘤用のクリップなどがあります。念のためですが、もっと高度なものがたくさんあります。私がうまく説明できないのでこんな具体例でご勘弁を。
ニッチな飲食店でもこれから先、このようなグローバルニッチトップでの成長モデルが生まれると思います。
(2)日本のコンテンツ「ラーメン」
たとえばラーメン。日本のラーメン市場は成長を続けています。激烈なラーメン店同士の競争による切磋琢磨と差別化。これらによって高いレベルに達し、日本のコンテンツとして、すでに海外に展開し世界ビジネスになっています。しかし、海外でのビジネスには時間と費用(経営資源)が必要です。
ムスリム外国人観光客向けのハラールラーメン。ニッチなラーメン店です。ハラールはイスラム教徒(ムスリム)に許されたものという意味。インドネシア、マレーシアなどの訪日客に人気です。といっても市場は小さく、国内では今後ともニッチな飲食店にとどまると思います。
しかし、ムスリム訪日観光客に人気であるならば、世界市場での成長をねらうことができると思います。ムスリムの人口はキリスト教徒に次ぐ人口。ムスリム人口の多い東南アジア諸国、特に2億人ムスリムを有するインドネシアなどでの展開が期待できます。日本で高い評価を得て、それをインドネシアに持ち込むことができれば大きなビジネスに成長すると思います。ラーメンという大きなカテゴリーで世界ビジネスをするよりも、効率的で成長が早いと思います。
ラーメンは一例。他の日本の飲食コンテンツで世界市場で成長できるものが多数あると思います。
*ハラールラーメンのブログもご覧ください。
(3)まとめ:哲学というブランド
ニッチな飲食店では使命が大切。違ういい方では理念、コンセプト、ブランドなどともいいます。つまりは創業者の美学や哲学です。世界市場に出ていくためには、これが必要だと思います。
製造業におけるグローバルニッチトップでは、機能や性能などは具体的な数値で評価できます。しかし、飲食は数値での評価ができません。味だけで世界で認められるのは難しいと思います。美学や哲学、使命にもとづいたブランドが必要です。国内でしっかりとお客さまに理解されるブランドを築き、それをもとに世界市場に出てゆくことが重要だと思います。
参考:不確実性の時代に生き残る中小企業の「美意識」と「経営」山口 周
2019年5月21日掲載