The marketing for niche restaurants

ニッチの父は建築学、母は生態学。やんちゃ息子はマーケティング

  ニッチ(Niche)は誤解されていると思います。「ニッチって知っている?」ときかれたら、「すき間でしょ」とか「小さな市場のことね」と答える方が多いと思います。すき間は間違いではありません。しかし、すき間だけだと、とてもネガティブなイメージです。

  ニッチはローマ建築からはじまっています。広まりだしたのは20世紀はじめの生態学。いまのように誰でも知っている言葉になったのはマーケティング業界が元気よく使いはじめてからです。

 実はいろいろあるということですね。私の説明では信用できないでしょうから(妻もよくそういっています)、まずは三省堂の大辞林から引用させていただきます。

ニッチ 【niche】
①西洋建築で,壁面を半円または方形にくぼめた部分。彫刻などを飾ったり噴水を設けたりする。壁龕(へきがん)。
②トンネル・橋などの脇に設けられた退避用の場所。
③「生態的地位(せいたいてきちい)」に同じ。
④広く,隙間をいう。
⑤他社が進出していない市場の隙間。特定市場分野。

 さすが大辞林ですね。説明が上手。わかりやすい。①②は建築学、③は生態学、④が一般の人の頭のなかにあるニッチ、⑤がマーケティング用語です。

1.元祖ニッチはローマ建築

 はじまりは建築学です。「くぼみ」でいいと思います。漢字で書くと壁龕(へきがん)。超難字です。「薔薇」と「憂鬱」はモテようと思って必死に練習しました。でも書けません。覚えられませんよ。壁龕はさらに書けませんね。しかも、書けてもモテない(^_^)。

 私、ニッチ教の狂信者です。なので毎日、「ニッチ、ニッチ」とつぶやきながら歩いています。最近、街で偶然、建築のニッチを発見しました。場所は、あの日本橋の高島屋さんです。日本橋高島屋の本館は1933年(昭和8年)に竣工。その後、長い年月をかけて増築を重ね、2009年(平成21年)には重要文化財に指定されています。

 いまも現役の手動のエレベーター、アンモナイトの化石があるイタリア産大理石の壁など見どころがいっぱいです。その本館の正面の入り口の入ったところ。左右の壁2か所にニッチがありました。大理石の壁にまさしく大きめの花瓶がぴったり収まりそうなスペース。いかにも!というニッチです。

 ホームページによると昔は水飲み場だったとのこと。いまは、改修されて、ただの「くぼみ」だけ。サッパリとしています。豪華で大きな花瓶を置いて、♪バラのマークの…真っ赤なバラを活けたらほんとうにピッタリだと思います。

 ニッチの歴史をたどってみると古代ローマから始まっています。はじまりは悪名の高い皇帝ネロからです。ネロがつくった黄金宮殿とよばれるドムス・アウレア(以下、黄金宮殿)にニッチがありました。現在は遺跡となって、ローマ観光の名所のひとつになっています。

 黄金宮殿は西暦64年のローマ大火後につくられました。部屋の数は数百室、森、湖、庭園もあり、全体の広さは50haとも80haともいわれる豪華な施設です。そのなかのひとつに八角形の間(八角堂)とよばれる場所があります。天井から外光を取り入れた大きな部屋です。

 この部屋の壁8か所にくぼみ、ニッチがあります。くぼみといっても小さな部屋ぐらいのスペースです。教会にあるようなドーム型の交差天井(ヴォールト天井)もついています。この場所に彫像などが置かれていたようです。ローマ観光をしたことがないので「のようです」としかいいようがないのですが。

 黄金宮殿は当時のローマ、ギリシャ、オリエントの建築、装飾様式などの「ありとあらゆる美」を取り入れた壮大な宮殿のようでした。なんでも押し込んだことで、あまり趣味がよくないとも思われたようです。後年、黄金宮殿の遺跡が洞窟(イタリア語のgrotta)から発掘されました。ここから「グロテスク」という言葉が生まれました。

 現代の建築に欠かせないコンクリートも古代ローマからはじまっています。「ローマン・コンクリート」です。火山灰、石灰、石などを混ぜたものです。紀元前2世紀ごろには、もう使われていたようです。古代ローマの壮大な建築物が生まれ、いまも残っているのは、このローマン・コンクリートの技術によるものが大きいようです。

 ニッチがネロ皇帝の時代からはじまったとすると、約2,000年の歴史があるということです。ニッチは、コンクリートの歴史と同じぐらいの長い歴史のなかで育ってきているということですね。

 ということで、建築学ではニッチは「壁のくぼみ」。すき間ではありません。「あるべきところにあると有効なくぼみ」です。ニッチな飲食店の大きなヒントです。たとえ、くぼみのような小さな店であっても「そこに存在する価値がある」ことが重要なのだと思います。

2.生態学のニッチは唯一の独自ポジション

 ニッチという言葉がたくさんでてくるのは生態学です。生き物の全体を扱うのが生物学。そのなかのひとつのカテゴリーが生態学です。ニッチは「生態的地位」という日本語になっています。壁龕(へきがん)よりは覚えやすいですね。

 生態学ではエコロジカル・ニッチともいっています。生き物が生存するための唯一の独自ポジションということです。また、すべての生き物がニッチをもつという考え方です。生態学の専門家、稲垣栄洋氏が『弱者の戦略』という書籍でニッチについて詳しく書いています。以下引用です。

 ビジネスの世界に、「ニッチ戦略」という言葉がある。ニッチ(Niche)とは、大きなマーケットとマーケットの間の、すきまにある小さなマーケットを意味として使われることが多い。しかし、この言葉は、もともとは生物学で使われていたものがマーケティング用語として広まったものである。「ニッチ」は本来、装飾品を飾るための寺院などの壁面に設けたくぼみを意味している。やがてそれが転じて、生物学の分野で「ある生物種が生息する範囲の環境」を指す言葉として使われるようになった。生物学では「生態的地位」と訳されている。
 一つのくぼみに、一つの装飾品しか掛けることができないように、一つのニッチには一つの生物種しか住むことができない。

 生態学のなかでのニッチは、1917年、動物学者のジョセフ・グリンネルが研究発表で使用したのがはじまりのようです。その後、1957年に英国のG.イブリン・ハッチンソンがニッチという概念について説明したことで世の中に普及。生態学のニッチには100年以上の歴史があるということですね。1970年代ごろからマーケティングの競争地位別戦略にニッチが登場したことを考えると、ハッチンソンのニッチあたりからヒントを得たのかもしれません。生態学でのニッチは、現在では高校の生物学でも登場するようです。もはや専門用語とはいえませんね。

 生態学でのニッチの事例です。ニッチ(生態的地位)が重なる場合は種の間で競争がおこります。戦いですね。実験例として取り上げられているのは、ゾウリムシとヒメゾウリムシを同じ水槽に入れた場合です。この2種を同じ水槽のなかに入れておくと、やがてゾウリムシが消えてしまいます。負けたんですね。ヒメゾウリムシだけが勝者として残ります。両者が戦うことになってしまったわけです。同じところに住む、似た者どうしの2種は共存できないということ。競争排除則です。ビジネス社会よりもキビしいですね

 しかし、別の実験例でゾウリムシとミドリゾウリムシを同じ水槽に入れた場合は共存します。水槽の水面近くと底近く、エサも大腸菌と酵母菌とそれぞれに異なることから共存できるということです。食べわけ、すみわけをすることで同じ環境でもいっしょにいることができるということです。

 生き物が生き残るために考え出した戦略。ニッチな飲食店ビジネスにも多くのヒントになります。以下、参考になりそうな生き物の生き残り戦略について紹介します。

(1)集団になる

 イワシなどの青魚はいつも群れています。マグロやイルカなどが襲いかかるとダンゴのようになったり、大きな魚のような形になって逃げまわります。よくテレビで見ますね。集団になることで大きく見せて襲われる確率を減少させるということのようです。

 くわしくは後述しますが、ニッチな飲食店でも集団になることがあります。高田馬場にあるミャンマー料理店。駅周辺に20店以上あります。これによって目立つことになり、お客さまが集まります。

 飲食店ではありませんが、神田の古書店街。アマゾンでなんでも買えてしまう時代ですが、個性ある古本屋が集まっています。中には数百万もする古書も売っています。集団になることで多くの人が訪れてきます。

(2)動かない

 熱帯林に住む動きの遅い動物、ナマケモノ。ずいぶん失礼な名前をつけられてしまいましたね。でも動きが遅いのは生きていく戦略です。肉食の動物は動体視力がすぐれています。しかし、動かないものは見つけられません。ゆっくりと動くことで敵の目から逃れることができます。ヘビににらまれたカエルもじっとしています。課長に怒られそうになったときも下をむいてじっとしています。この場合は役に立ちませんが(^_^)。

 ニッチな飲食店でもじっとしているお店があります。レトロのお店です。競争激しい飲食店ビジネスのなかで、あえて変化しない戦略です。昔ながらの町中華、なつかしいスタイルのままの純喫茶、藁ぶきの古い民家で営むレストランなどです。意識している場合もありますが、自然にそうなっている場合もあります。動けないことを逆手にとった戦略です。

(3)食いわけする

 生きることの基本は食べ物です。同じサバンナに暮らすキリンとシマウマ。キリンは高木の葉を食べ、シマウマは地面の草を食べています。戦うことはありません。食べるエサをずらす「食いわけ」です。ずらすことで、それぞれのニッチが重なりません。

 ニッチな飲食店にとってのエサは、変ないい方になっちゃいますがお客さまですね(^^)。食物繊維が豊富なカンテン料理をメインにするお店があります。お客さまの多くは中高年の女性。食物繊維はお通じによい影響があります。年齢の高い女性が気にされています。ターゲットであるお客さまを絞りこんだニッチな飲食店だと思います。お客さまは近くにスパゲティやハンバーグのお店があっても、そんなお店には行きません。エサが違いますね(^^)。

 そのほかいろいろです。大きな魚にくっつくコバンザメ。大手のラーメンチェーン店さんがマクドナルドと牛丼店のある地域に優先して出店。コバンザメ戦略として有名になりました。タカやワシは昼間、ネズミのような小動物をエサとして探します。夜はフクロウです。エサは同じでも時間帯をずらすことで共存できます。早朝から飲める居酒屋さんはこの作戦ですね。海底の砂に隠れているカレイやヒラメ。飲食店では…税務署の目を逃れるために営業していないように見せる戦略ですか?う~ん…これは戦略ではなく犯罪かもしれません(^_^)。

 生き物のニッチについて稲垣栄洋氏は、「すべての生物は自分だけのニッチをもっている。まるでジグソーパズルのように多くの生物によりニッチが埋められていく。」とも言っています。

 たとえば地球全体を大きなジグソーパズルと考えます。生き物それぞれが、パズルのひとつのピースを持っているわけです。そのピースが地球全体というパズルを埋めています。地球上の生物はおよそ175万種。地球は175万のピースでできたジグソーパズルということです。

 すべての生き物がニッチをもつ。つまり、生きているものには必ず存在するべき場所があるということです。なんだか救われますね。
 ニッチな飲食店で考えるときにも、戦わずにたったひとつの場所を独占するということが重要なのだと思います。生態学のニッチは、ニッチな飲食店の戦略のお手本になることが多いと思います。

3.ニッチを広めたマーケティング

「ニッチは、すき間だ」といわれるようになったのは、マーケティングの大家、P・コトラーが提唱した競争地位別戦略からだと思います。競争地位別戦略では事業者をシェア(市場占有率)の大きい順に4つの地位に分類しています。リーダー、チャレンジャー、フォロワー、ニッチャーです。くわしい説明は眠くなりそうなので、近所の食品スーパーの例でお話しします。

 私の住んでいる江戸川区の西葛西には食品スーパーがいくつかあります。ひとつは「イオン」。全国チェーンの大きなスーパーですね。近くの駅からは無料の送迎バスなども運行しています。フードコートにあるタコ焼き屋さん、大きめのボールサイズにネギたっぷりでお気に入りです。このお店がリーダーです。

 近くに「オーケー」があります。エブリデー・ロー・プライスがキャッチフレーズ。休日にはカートに山盛りの買い物をする家族連れでにぎわいます。店舗数も増えています。ご近所ナンバーワンのお店になりたいと思っているはずです。このお店がチャレンジャーです。

 地場のスーパー「マルエイ」。東京都近郊に数店舗を展開しています。イオンから数百メートルの近さです。品揃えはイオンと同じぐらいの数があります。しかし、商品は安めのブランドなども多く揃えています。なので価格はちょっとお安くなっています。お買い得品もあります。このお店がフォロワーです。

 そして最後のお店がニッチャー。「永盛マート」。中国・アジア系の食品専門のスーパーです。ニッチです。メインの通りからすこし離れています。スーパーで見たことのない商品がいっぱい並べてあります。お客さまも中国をはじめアジア系のひとたちばかり。わざわざ遠くからのお客さまもいるようです。リーダー、チャレンジャーのお店はここにあるような商品は扱いません。もちろん品揃えに加えようとも思っていません。売上が小さいからです。

 マーケティングのニッチについては、また別のページで詳しくお話しします。
 ビジネスのなかでニッチが語られるようになって、ニッチという言葉は日常の言葉になりました。その分、あいまいにもなっています。すき間、儲からないビジネスなどとも思われてしまっています。

 あらためてですが、ニッチのはじまりは古代ローマの建築物。2000年の歴史、ニッチの父です。一般化したのは生態学。ニッチの母です。そして、日常の言葉にしたのは、やんちゃ息子のマーケティング。
 お父さんは泰然としていました。関心がないからでしょうか。お母さんは、ニッチの定義にこだわらず、いいように使っているやんちゃな息子にヤキモキしていたかもしれませんね(^_^)。

参考
渡辺道治(第3章) 『西洋建築様式史』 美術出版社 2010
武末祐子 『グロテスク装飾のインパクト』 西南学院大学学術研究所 2012
稲垣栄洋 『弱者の戦略』 新潮社 2014 
原登志彦監修 西村尚之 『大学生のための生態学入門』 共立出版 2017

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