The marketing for niche restaurants

ニッチを定義する。ニッチは「すき間」ではありません。「独自地位」です

●ニッチってすき間ですか?

 「ニッチってナニ?」と聞かれたら「すき間」と答えませんか。間違いではないですが、正しくはないと思います。
   
 ニッチの定義に関する話です。世の中では「ニッチはすき間」という考え方が定着しているようです。ニッチ・マーケティングを考える「ニッチ教の狂信者」としては、これが大問題だと思っています。ニッチに対する考え方が暗いイメージになってしまっているからです。
    
 これからいろいろ話を進めていくうえで、ニッチの定義について明確にしておかなければなりません。当企画室では、ニッチは「独自地位」と考えています。

●まずは『広辞苑』。さすがに正確です

 こういう場合は、なにはさておき『広辞苑』を見てみましょう。さすが世の中の言葉について調べあげていますね。以下、引用です。

ニッチ[Niche]①西洋建築で,壁面の一部をぼめた龕(がん)状の部分。キリスト教会堂の内壁(ないへき)などに設け、彫像などを置く。壁龕(へきがん)。②[生]生態的地位のこと。エコロジカル-ニッチ。③市場や産業で他社が進出していない分野。④トンネル・橋などに設けられた避難場所。

 ①と④は建築学、②は生態学、③がマーケティングやビジネスのニッチです。別ページでニッチという言葉について解説しました。その内容とぴったり一致しています。さすが広辞苑。モレがありません。以下順番に説明していきます。別ページも参考にしてください。

●建築学のニッチ。これがニッチの元祖

 古代のローマから始まっています。暴君として有名な皇帝ネロです。西暦54年に即位ということですから、ニッチはかれこれ2000年近くの昔からはじまっています。
    
 ネロはローマに広大な宮殿ドムス・アウレアをつくりました。広い庭園と豪華でちょっと趣味の悪いぐらいの装飾品を集めました。その壮大さから黄金宮殿ともよばれました。いまは遺跡しかありませんが、ここにニッチがありました。
   
 黄金宮殿には八角堂と呼ばれる部屋があり、ここの壁に大きなくぼみがあります。そのくぼみには大きな彫像が置かれていたようです。この壁の大きなくぼみがニッチのはじまりと言われています。
    
 ニッチは現在でも建築学の用語として使われています。『インテリア デザイン&コーディネート用語辞典』では以下のように説明されています。

ニッチ niche 洋室の壁面の一部をあらかじめ凹状にへこませた窪みで、アーチ型や半ドーム型でつくられることが多い。彫像などが置かれたり、戸棚や棚を設けることもある。

 つまり建築学では、ニッチは物を置いたりする大きな壁にあるくぼみということですね。

●生態学のニッチ。「生態的地位」はちょっとわかりにくい

 生態学のニッチは20世紀のはじめごろから使われています。1917年、動物学者のジョセフ・グリンネルが使用したのがはじまりのようです。その後の1957年に動物学者のハッチンソンがニッチという概念について説明したことで世の中に広まりました。
    
 ニッチは、いまでは高校の生物学の本にも出てきます。ニッチは「生態的地位」と説明されています。でも「生態的地位」はちょっとわからないですね。
    
 『弱者の戦略』という本を書いた生態学が専門の稲垣栄洋(いながきひでひろ)教授は、この本のなかでニッチについてこんな説明をしています。

「ニッチ」は本来、装飾品を飾るための寺院などの壁面に設けたくぼみを意味している。やがてそれが転じて、生物学の分野で「ある生物種が生息する範囲の環境」を指す言葉として使われるようになった。
(中略)
一つのくぼみに、一つの装飾品しか掛けることができないように、一つのニッチには一つの生物種しか住むことができない。

 生態学のニッチは建築学のニッチからきています。そして生態学のニッチでは、生き物には必ずそれぞれが別々に存在するべき環境を持っているということです。つまり、すべての生き物にはニッチがあるということですね。

●マーケティングのニッチは独自の市場。だからすき間?

 マーケティングと言えばフィリップ・コトラーです。マーケティング業界の神さまと言われています。市場をSTP(セグメント:市場細分化、ターゲティング:市場の絞り込み、ポジショニング:市場での地位の決定)で考えることなど現在のマーケティング理論の基本となる考え方をいくつも示してきました。
    
 ニッチに関連するものとして「競争地位別戦略」を提唱しました。競争地位別戦略は市場占有率によって4つに分類しています。業界トップのリーダー、リーダーに挑戦するチャレンジャー、リーダーのやり方をマネするフォロワー、そしてニッチ戦略をとるニッチャーの4つです。ここで生態学のニッチという言葉を使いました。
   
 たとえば、おなじみのコンビニ業界。セブン‐イレブン、ローソン、ファミリーマートなどが有名です。いずれも売上高数兆円で、リーダーやチャレンジャーです。ニッチャーとしては北海道の「セイコーマート」がよく紹介されます。詳しくは別ページを参考にしてください。
   
 ニッチャーの戦略は上位のリーダー、チャレンジャー、フォロワーがねらわない市場を獲得することです。つまり独自の市場を独占することです。
    
 しかし必然的に小さな市場がターゲットということになります。ここからビジネスでは「ニッチ。それはすき間だね」と言われるようになってしまいました。ここが誤解のはじまりだと思います。

●ニッチ・マーケティングとしてニッチの定義を「独自地位」とする

 問題は「ニッチはすき間。小さな市場。もうからない」という暗いイメージです。ニッチについて前向きに考えられませんね。別ページで説明しましたが、「ニッチ(niche)」の検索数が海外では増えているのに、日本では増えていません。「ニッチはすき間」が足を引っ張っているのではないかと疑っています。
   
 広辞苑でも「すき間」についてこんな説明が書かれています。「すきま[隙間・透き間]①物と物との間の少しあいている所。すき。あい。②あいている時間。ひま。てすき。いとま。③乗ずべき機会。油断。てぬかり。」どう見ても後ろ向きです。
    
 ニッチは古代ローマでは彫像を大きな壁の大きなくぼみ。生態学では生き物が存在するべき独自の環境。マーケティングでは独自の市場を確保することでした。広辞苑のすき間とは違います。ニッチは「すき間」と考えるべきではありません。
   
 生態学のニッチ、つまり生き物が独自に住む場所であることとマーケティングのニッチ、独自の市場の確保から考えるとニッチとは独自のポジショニング、すなわち「独自地位」とするべきだと思います。
    
 「それはニッチ。すき間だね」と言う前に「それはニッチ。独自地位だね」と言いかえてみてください。これでスッキリするはずです。
    
 ニッチ・マーケティングでのニッチは「独自地位」と定義します。

ニッチとは独自地位
建築学のニッチ(日本橋高島屋本館)、生き物は存在するための環境(ニッチ)を持つ、競争地位別戦略のニッチャー(北海道のセイコーマート)

<参考文献>
森谷延周、宮崎歌津子、飯嶋房樹『インテリア デザイン&コーディネート用語辞典』オーム社 2010 
ジュリア・シュローダー/鷲谷いづみ訳『生態学大図鑑』三省堂 2021
稲垣栄洋『弱者の戦略』新潮選書 2014
フィリップ・コトラー、ケビン・L・ケラー、恩藏直人監『コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント 第12版』‎ 丸善出版 2014

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