山田英夫教授が『競争しない競争戦略』で示した10のニッチ戦略の分類に、ニッチな飲食店をあてはめて考えてみます。
おさらいですが『競争しない競争戦略』では、ニッチ戦略を質的限定と量的限定の2軸で分類しています。詳しくは「ニッチ・マーケティングについて」のページをご覧ください。ちなみに、左下の象限は、質も量も低いということでニッチ戦略にはならないので除外されています。
下記の3つの象限の10のカテゴリーです。このカテゴリーで分類しながらニッチな飲食店のビジネスの可能性について考えてみましょう。
1.質限定のニッチ戦略
(1)技術ニッチ戦略
①事業内容
リーダー企業が持っていない技術分野での事業。例)マニー株式会社:手術用の縫合針で世界一の品質。
②ニッチな飲食店の場合
●結論
ニッチな飲食店ビジネスとして将来性があると考えます。
●理由
他社がマネできない独自技術があれば、飲食店として大きな差別化ができます。M・ポーターの競争回避の戦略にある「参入障壁」です。また、その技術によってできた商品を別のチャネルで販売することもできます。ただし、かなりの創意工夫、努力、投資が必要だと思います。うまくいけば、浮かんでは消えるウタカタのような飲食店ビジネスから脱却できる可能性があると思います。
●具体例
①特許という手段。燻製カレーの製法で特許を持つ「くんかれ」というお店があります。特許を持っている以上は、他のお店では提供できませんね。一方、業務用として協力店舗への供給やネットでの販売が可能になります。ビジネスモデルとして将来性があると思います。しかしながら、努力、創意工夫、投資活動などが必要になると思います。
②ふぐ料理店では調理師免許が必要です。一般の飲食店では勝手にはじめることはできません。危ないですからね。技術資格は取得すると他の飲食店との差別化ができます。しかし、同業他社も免許の取得ができます。ニッチとはいえないかもしれせん。
③ミシュラン三つ星。国内で三つ星レストランはわずか10数軒。技術があれば他の飲食店は追随ができません。しかし、タイヘンな競争です。競争を不要とするニッチ・ビジネスといえるのか少し疑問です。
(2)チャネル・ニッチ戦略
①事業内容
リーダーが追随できないチャネルでの事業。例)大同生命保険株式会社:税理士を通じて販売する中小企業の経営者向けの生命保険。
②ニッチな飲食店の場合
●結論
ニッチな飲食店の進むべき道として有望だと思います。
●理由
提供する食材などを独自のルート(チャネル)で仕入れするケース。水産品、農産品の地域ブランド化が進んでいます。農林水産省も地域ブランド化を推し進めています。特定のチャネルから仕入れた食材はお客さまにとって魅力的なものだと思います。特別な生産者とのタッグマッチで特別な食材を仕入れることができれば有望だと思います。
●具体例
①全国の離島から食材を集めて提供している「離島キッチン」。それぞれの島の名前のついた海産物や焼酎はシズル感がたっぷりです。特定地域ではなく横断的に集めているところが店としての魅力になっています。
②「牡蠣酒場北海道厚岸」は厚岸(あっけし)から牡蠣を航空便で取り寄せています。牡蠣という大型市場のなかで、厚岸産の牡蠣に限定して差別化を図っています。
(3)特殊ニーズ・ニッチ戦略
①事業内容
特殊なニーズに対応した技術・サービス事業。例)トーシンテック株式会社:タクシー用自動ドア専門のメーカー
②ニッチな飲食店の場合
●結論
小さいながら安定的な地位を築くことができると思います。まさしくニッチな飲食店の本道ではないでしょうか。
●理由
特殊なニーズに対応するため、大きなビジネスに成長するのは難しいかもしれません。市場規模として小さいからです。技術、ブランド力を高めて独占的な地位を占めることが大切だと思います。
●具体例
①コーシャのレストラン。恵比寿にある「タイーム」。ユダヤ教徒には、コーシャという食事に関する戒律があります。コーシャに対応するレストランは日本にも数すくないと思います。ニッチです。
②ヴィーガン専門のハンバーガーショップ。新宿の「アイン ソフ リプル」。気候変動、動物虐待などの問題から関心が高まっています。市場として大きくなるかもしれません。その場合には競合が増え競争になります。いまはニッチですがニッチでなくなる可能性があります。
③ハラールのラーメン。ムスリム(イスラム教の信者)にはハラールという食事に関する規定があります。厳しい戒律のインドネシアやマレーシア。ここからの観光客のお目当てはハラールのラーメンです。新宿「桜花」、御徒町「あやむや」などわずか数軒しかありません。細かい技術の規定と食材の指定があります。
2.量的限定のニッチ戦略
(4)空間ニッチ戦略
①事業内容
限られたエリアだけでの事業。例)セイコーマート(株式会社セコマ):北海道でシェアトップのコンビニチェーン。
②ニッチな飲食店の場合
●結論
このタイプが最も強力なニッチ飲食店のビジネスモデルではないかと考えます。
●理由
特定の地域に、特定の業態の飲食店が集中するケースはすでに多くあります。業態がニッチであれば成功しているケースが多いと思います。地域としての集中によって知名度があがり、集客力が高まります。また再来店の動機にもなります。一度大きく形成されると、他の地域でマネすることができなくなるなどメリットは大きいと思います。餃子、焼きそばなど日常的のメニューの場合、ニッチにならないことがあります。餃子の宇都宮と浜松、焼きそばの富士宮、横手、太田などです。
●具体例
①月島のもんじゃ焼き。食べログの検索では98件。月島にこれだけのお店が集中しています。全国的にも有名。修学旅行の生徒たちもやってきます。
②高田馬場のミャンマー料理店。駅前周辺に20店舗があります。このほか、大久保駅周辺にもネパール料理店が集中しています。
③日比谷シャンテの健康飲食店。野菜、オーガニック、雑穀食、マクロビオテックの飲食店が集まっています。
(5)時間ニッチ戦略
①事業内容
限られた時間だけでの事業。例)株式会社LSIメディエンス:ドーピング検査の専門機関。スポーツ大会の開催時に一斉に行う。
②ニッチな飲食店の場合
●結論
時間ニッチの飲食店は存在しますが、成長は難しいと思います。季節ニッチと考えると成長の可能性があるかもしれません。
●理由
他の業種と異なり、飲食店ビジネスでは時間が限定されると集客が困難になります。朝から飲めるセンベロの居酒屋さんなどもありますが時間限定ではありませんね。市場の発見が難しいと思います。しかし、季節を逆手にとった成功事例はあります。
●具体例
年間営業のかき氷。谷中銀座のかき氷専門店「ひみつ堂」。かき氷は夏場だけの商品です。しかし、この季節商品をゴージャスなフルーツなどでアレンジした商品で年間で営業しています。高価格商品でありながら、話題性の獲得やSNSマーケティングなどでお客さまが行列をするお店になっています。
(6)ボリューム・ニッチ戦略
①事業内容
リーダー企業が参入できない小さな市場での事業。例)バタフライ(株式会社タマス):競技人口の少ない卓球用品専門メーカー。
②ニッチな飲食店の場合
●結論
ニッチな飲食店のビジネスモデルの原点。成長への機会も多い一方、道も険しいと考えます。
●理由
小さな市場が原則です。小さな市場の発見は容易かもしれません。しかし、人気となって市場が大きくなると競合が参入してきます。昭和の頃に珍しかったベトナム料理店も、現在は多数の店舗があります。競争が激しくなっています。さらに単品メニューで分化してフォーの専門店までできています。
●具体例
①世界各国レストラン。神楽坂のカンボジア料理店「バイヨン」。見よう見真似ではじまるエスニック料理店が多いなか、ここのお店にはシェフがいます。「こんな国あったかな」と思うような世界各国のレストランが東京にたくさんあります。
②単品食材専門店。やまいも専門のお店「山芋の多い料理店」。素材が単品であることから競合対策を考える必要がありません。そのほか、パクチー、にんにくなどのお店もありますね。マグロ、イワシなどのお魚の専門のお店もあります。
③メニュー単品飲食店。若いビジネスマンが大好きなしょうが焼き定食。専門店があります。江古田の「笑姜や」。数すくない単品専門店です。そのほか珍しい「ビャンビャン麺」のお店など探すとたくさんあります。餃子専門店のように大きな市場になるとニッチではなくなり、厳しい競争となります。
(7)残存ニッチ戦略
①事業内容
製品ライフサイクルが衰退期の縮小市場での事業。例)東洋化成株式会社:アジア圏唯一のアナログレコードの製造会社。
②ニッチな飲食店の場合
●結論
常に一定の需要がある安定したビジネスモデルだと思います。
●理由
ビジネスとしての成長は見込めないかもしれません。しかし、人にとって「なつかしいもの」は常に存在するので一定のお客さまを確保できます。
●具体例
①神保町の純喫茶。本と紫煙とコーヒーを愛する人びとが集まります。ラドリオ、さぼうる、ミロンガなどお馴染みだと思います。純喫茶という昭和の名称を使っています。レトロな内装のお店で昭和の青春の思い出に浸れます。
②新宿の思い出横丁。昭和時代の古くて小さな居酒屋がいっぱい。外国人のお客さんもいっぱいです。もはや観光地ですね。古くささを使ったコンテンツビジネスまたはエンタメビジネスとしてうまくいっているのかもしれません。
③古民家食堂。なつかしいたたずまいの家を飲食店にしています。「こんな家あったな」と思うと入ってみたくなるかもしれません。そのほか歌声喫茶、すっぽん料理などかつて人気だった飲食店ビジネスならば一定のお客さまが利用すると思います。
(8)限定量ニッチ戦略
①事業内容
意図的に生産・供給量を絞る事業。例)Be-1(日産自動車株式会社):大衆車マーチのシャーシを使って限定1万台で発売。
②ニッチな飲食店の場合
●結論
ニッチということではなく、飲食店のビジネスモデルとして可能性がある気がします。
●理由:つい先日テレビで100食限定のお店の紹介がありました。限定による価値観の高まりとともに、スタッフに負担のかからない一定時間の就業、廃棄する食材を減らすなど社会課題の解決にもなりそうです。
●具体例
1日100食限定のお店「佰食屋」。うかがったことがないので書籍と食べログから記事、写真を参考にさせていただきます。「売上を、減らそう」。すっきりとしたコンセプトでわかりやすいですね。100食に限定することで、働く時間が集中、短くなります。限定によって価値観が高まり高利益率になります。さらに食材の廃棄が少なくなります。ビジネスモデルであり、特定の飲食カテゴリーではないので、ニッチな飲食店ということではないのかもしれません。しかし、飲食店のビジネスモデルとしていい雰囲気がしますね。未来を感じます。
3.質・量限定のニッチ戦略
(9)カスタマイズ・ニッチ戦略
①事業内容
完全オーダーメイドの製品やサービスを行う事業。例)株式会社銀座山形屋:スーツの仕立て。型紙を残すので次からは生地を選ぶだけ。
②ニッチな飲食店の場合
●結論
特定のお客さまだけの飲食店。究極のあり方だと思います。
●理由
これにあてはまるニッチな飲食店を発見できていません。セレブのためのおかかえシェフとレストランになると思います。検索では出てきませんね。格差社会です。しかも拡大する傾向にあります。これから需要が高まるのかもしれません。もやしだけがたくさん入ったみそ汁が好きな私。このカテゴリーの分析には時間がかかるかもしれません(^_^)。
●具体例
ルイ16世とマリー・アントワネット、西太后のような世界でしょうか(*^^*)。
(10)切替コスト・ニッチ戦略
①事業内容
製品・サービスを切替えるとコストがかかる事業。例)クオリカプス株式会社:医薬品のカプセル製造。カプセルを変更すると認可が取り消しとなるため、切替コストが高くなる。
②ニッチな飲食店の場合
●結論
このニッチ戦略は有望だと思います。
●理由
お客さまがリピートする仕組みは重要なマーケティング施策です。定額サービス(サブスクリプションモデル)も浸透してきています。食べ放題・飲み放題の変形施策のようにもみえます。ラーメン店、コーヒーショップなど利用頻度の高いお店に適しています。お客さまにはコスト面で、お店には固定客増加のメリットがあります。居酒屋の定額サービスについては、アルコールの過度な飲用につながる恐れがあります。
もっとも期待できるのは健康に関連するニッチな飲食店です。高齢化が進み、これまでターゲットではなかった80代、90代が元気です。新たな顧客層として早期につかまえることでビジネス機会が生まれます。健康に対応する飲食店はリピート利用されるはずです。
●具体例
①アスリートのための食堂。「鹿屋アスリート食堂」、「筋肉食堂」などスポーツをする人の健康管理を特徴にしています。体力づくりは今後も関心が高まると思われます。
②健康飲食店。健康面で、毎日の食習慣の改善が必要なお客さまも多いはずです。外食では、これに対応するお店が少なく問題だと思います。「タニタ食堂」では、健康的なメニュー作りや健康管理サービスなどに力を入れています。
③高齢者向け健康飲食店。「かんてんぱぱcafé」では、食物繊維を豊富に含んだ寒天メニューが人気です。「お通じ」は高齢者にとって重要な問題。若年層から高齢者までの女性のお客さまでいっぱいです。
4.まとまりました。「だから、どうなのか」を考える必要があります
多くのニッチな飲食店がこのなかに当てはまり、分類ができたと思います。しかも、それぞれにビジネスとしての可能性のようなものも少し見えてきました。しかし、市場規模や将来性などがよくわかりません。多くが(6)のボリューム・ニッチ戦略に分類されるような気がします。ということで、分類だけでなく、もう少し別な角度から見たものも考える必要があると思います。
続きは来週の同じ時間に同じチャンネルで!……いやいや、そんなにカンタンにできません。「ミスターかたつむり」です。(^_^)。
(わかりにくいと思いますので、カンタンな一覧表にしておきます。ご参照ください)
2019年5月9日掲載 2024年6月17日改稿