このページでは、これから出現すると予測できるニッチな飲食店についてお話しします。8つのカテゴリーに分類しています。分類については別ページをご覧ください。予測の具体例は、このページ以降のページをご覧ください。
ニッチな飲食店からビッグビジネスに成長する
「ニッチな飲食店ではビジネスとして大きくなれないだろ」。そんなことはありません。過去の事例ではニッチな飲食店から大きく成長したビジネスがあります。いまニッチな飲食店であっても大きなビジネスに成長する可能性があります。
1.市場はあるのか:「吉野家」も「マクドナルド」もニッチから世界のビッグビジネスになった
ここまで「健康」から「地域」までの6つのカテゴリーでニッチな飲食店を説明してきました。これらのカテゴリーではお客さま(顧客)が限定されています。顧客が限定されているのであれば大きなビジネスにはなりません。反対に、この顧客層を広げることができれば大きなビジネスに成長できるはずです。
●飲食店ビジネスは小さいビジネスなのか
飲食店は古くからあります。しかしビジネスとしての歴史は、まだはじまったばかりです。
大企業のなかには長い歴史をもつ会社があります。みなさんがよくご存じの会社では竹中工務店(1610年・慶長15年)、キッコーマン(1661年・寛文元年)、三越(1673年・延宝元年、現三越伊勢丹ホールディングス)などがあります。
1600年代の創業なら約400年の歴史があります。建物なら国宝か重要文化財級ですね。建設業、製造業、小売業などは古くからあるビジネスです。そこから大企業が生まれています。
飲食業も古くからあります。ところがビジネスとしての飲食業の歴史は日本ではまだ100年ほど。フランチャイズチェーンのような大企業となるためのビジネスとなると、はじまったのは1960年代です。
そのため巨大な売上のある飲食の大企業はまだ多くありません。しかし歴史から考えるならこれから大企業がたくさんあらわれることは間違いありません。
●ニッチな飲食店からビッグビジネスになった
ニッチな飲食店からスタートして大きくなった企業を探してみると、ありますね。牛丼の「吉野家」です。世界ではハンバーガーの「マクドナルド」もそうだと思います。詳しくは後述します。
大きなビジネスになるためのポイントは、お客さま、つまり顧客です。マーケティングで最も重要な要素のひとつです。ターゲットとなる顧客をしっかりと理解して、商品づくり、利用しやすいお店づくりやビジネスのための仕組みを考える必要があります。
これについてはジェフェリー・ムーアの著書『キャズム』の考え方が役立ちます。ムーアはハイテク市場で新製品を開発した企業がなぜ失敗したのか、どうしたら成長できるかを研究しました。
2.顧客はだれなのか:イノベーターから初期採用者、さらに前期追随者へ
ニッチな飲食店の利用者は少数です。割り切って言うのなら2.5%のイノベーターです。ここから成長するためには、キャズム理論で言うように初期採用者を超えて前期追随者にまでお客さまを広げる必要があります。キャズム理論では、そのための方法論も示されています。
●キャズム。大きくなろうとしてハマる「溝」のこと
キャズムの理論は2002年にムーアが発表して注目されました。キャズム(Chasm)とは、広く深い割れ目のことです。1990年代後半、ハイテク企業が生まれて大きく成長する場合もある一方、そのまま消えてしまうものも多数あることについて研究したものです。
たとえば「Windows95」。私たちは熱狂しました。だれにでも手軽にパソコンが使えるようになったからです。ビル・ゲイツのマイクロソフトはその勢いのままに現在も成長しています。
一方、熱狂したのに、もう忘れてしまったものもあります。「セカンドライフ」を覚えていますか。リンデンラボ社がつくった仮想空間でした。日本の大手企業も一斉に参加しました。でも、もうすっかり忘れてしまいました。キャズムという溝を越えることができずに敗退。製品が普及しなかったのです。
キャズムを越えることができればニッチであっても大きなビジネスになるということです。となると、どうしたらそのキャズムを越えられるのかです。
●「溝」は初期採用者と前期追随者のハザマ
図をみてください。キャズムの説明図です。
もともとの図はイノベーション(技術革新)を消費者がどの時期に採用したかをあらわしたものです。イノベーションの伝わり方を研究したエベレット・ロジャーズが『イノベーションの普及』で提唱したものです。
新しいものに最初に飛びつく人はイノベーター(革新者)です。その後、初期採用者(アーリー・アドプター)、前期追随者(アーリー・マジョリティー)、後期追随者(レイト・マジョリティー)、最後にラガード(遅滞者)と続きます。イノベーター(革新者)については、前述の「提案」でもお話ししました。
エベレット・ロジャーズはアメリカ、アイオワ州の農民が1920年代から1940年代に雑種のトウモロコシをどう採用したのかを研究しました。そこから、イノベーションの普及について理論化しました。
ムーアは『キャズム』のなかで、初期採用者と前期追随者のあいだにキャズム(溝)があると唱えました。そして、ここを超えることで大きく成長できるとしています。
●キャズムを越えるための3つの考え方
ムーアはキャズムを越えるためのさまざまな方法論をこの本のなかで示しています。ここでは飲食店ビジネスにマッチすると思われるものを3つピックアップしてみます。
ひとつは、顧客の絞り込みです。どのような人をターゲットにするかです。キャズムを越えた先にある前期追随者は全体の34%という大きな顧客層です。そのなかで標的にすべきお客さまはだれなのかということです。
ムーアはノルマンディー上陸作戦になぞらえて「橋頭保(きょうとうほ)を築く」と言っています。広いヨーロッパをドイツ軍から解放するために、どこに上陸するのが一番なのか。それはイギリスから至近でパリにも近いノルマンディーでした。同じように、まずどの顧客層を足掛かりにするのかが大切ということです。
ふたつめは「実用的」にすることです。ムーアはキャズムを越えた先にいる人たちは「実利主義者」だと言っています。実用性を大切にしています。無理してまで利用したいと思っていません。これに対応することが重要です。
ニッチな飲食店のお客さまは、値段が多少高くても、ちょっと辛すぎる味でも受け入れてくれます。ニッチだからです。しかしキャズムを越えるためには、橋頭保となるお客さまが「この店で、この価格で、この商品なら食べたい」と思えるものにすることです。
実用的とは、お店を利用しやすい仕組みにすることでもあります。たとえばチェーン店化することです。駅近くや繁華街などいろいろな場所で利用できるようになります。24時間営業や持ち帰り、宅配もできればさらに広がっていきます。
最後、3つめはだれと競争するかです。広くお客さまを獲得したいと思うなら、競争相手(競合)が必ず出てきます。うまくいっているビジネスなら「私も」という参加者が必ずあらわれます。だれと競争するのかを見極め、作戦を立てる必要があります。
●もうひとつのカギは「連続的な新しい試み」
ということで、キャズムを越えるためには顧客を考える、実用的にする、競争相手を考えるということでした。
しかし飲食店ビジネスはハイテク企業とは少し違います。飲食店の商品(メニュー)はすぐに他店にマネされて陳腐化、低価格化してしまうからです。
これに負けないためには、連続的に新しいメニューや提案を試みることだと思います。たとえば「時間」のところで紹介した元祖メニューのお店です。元祖で生き残っているお店のいくつかは、連続的に元祖となる新しいメニューを出しています。
事例で紹介する「吉野家」や「マクドナルド」も連続的に新しいメニューやアイデアで成長につなげています。これがニッチからビッグビジネスになるための共通するモデルだと思います。革新的なメニューや新しい提案で生き残り、成長する。こうあるべきだと思います。
●日本発のニッチ・メニューで世界市場に進む
人口1億人の日本市場でニッチであったとしても、世界の人口は70億人を超えています。世界市場を対象にすればビッグビジネスになります。
経済産業省がほめたたえるGNT(グローバル・ニッチ・トップ)企業もこの考え方です。日本の小さな市場では成立しなくとも世界市場でならば優良企業になれます。
世界市場を対象にするなら日本発のメニューです。牛丼の「吉野家」も、現在世界の各地でがんばっている「ラーメン」店も日本発のオリジナルメニューです。出店した相手国で競合がすぐ出てきてはかないません。
競合と対決しないためにもニッチが重要です。ここまで説明してきた「健康」から「地域」までのニッチのカテゴリーから「成長」する飲食店が出現するものと予測できます。
<参考文献>
ジェフェリー・ムーア『キャズム Ver2』翔泳社 2020
エベレット・ロジャーズ/三藤利雄訳『イノベーションの普及』翔泳社 2007
2022年6月9日掲載 2024年6月14日改稿