専門食料品店という小売店があります。たとえばお魚屋さんです。いっしょに飲食店を経営する場合があります。「そんな店あったなぁ」と思う方も多いはずです。専門食料品店は減少しています。しかし、ここから成功する飲食店が誕生するかもしれません。コンテンツづくりがカギです。
●ピンチです。窮地に立つ専門食料品店
お魚屋さん。このごろ見かけなくなりました。商店街のまん中あたり。ゴム引きのエプロンに白い長ぐつ、ねじり鉢巻きのおじさんが元気よく店先で「らっしゃい、らっしゃい」。「おくさん、今日もきれいだねぇ。アジの話だよぉ。刺身でおいしいよ」。「ありがと~。はい、おつり。百万両!」。
しかし、そんな声も消えてしまいました。お魚を買うのはスーパーになったからですね。なんでも買えるスーパーのワンストップショッピングにはかないません。
お魚屋さんだけではありません。肉屋さん、八百屋さん、果物屋さん、お茶屋さん、牛乳屋さんなど、かつて商店街にあったお店は減少する一方です。20年でほぼ半減しています。来店客が減っているということです。この先も減少が続くと予想できます。ピンチです。
●お魚屋さんがやっている人気の飲食店
減少が続く専門食料品店。しかし、がんばっているお店もあります。
東京・門前仲町の「富水」さん。店先に新鮮な魚が並んでます。でもヒョイと横を見ると飲食店もあります。お昼どきは結構なこみ具合。近隣で働くひとたちが集まっています。夜は夜で居酒屋として人気のようです。マグロのフライなどお魚屋さんでないとできないメニューもあります。こんなお店が近くにあるといいですね。
小田急線の豪徳寺駅から3分。「農家レストラン 旬世」さんがあります。カフェテリアスタイルでサラダケールやスイスチャードなどの珍しい野菜もいっぱいです。サラダ専門の野菜をつくる農家から仕入れています。お店は若い女性のお客さんでほぼ満席。
レストランは二階。一階は八百屋さんです。もちろんレストランで食べた野菜がたくさん並んでいます。お土産に買いたくなってしまうというわけですね。
六本木・東京ミッドタウンの「お肉の専門店 スギモト」さん。店先には豪華・松阪牛などがケースにならんでいます。高級牛肉の販売店に飲食店がついている感じです。本拠地は名古屋。老舗です。さらにネットでの販売にも熱心です。
肉屋さんが飲食店を兼営するケースは多いように思います。トンカツやコロッケなどの総菜を売ることも多いからでしょうか。
それでも魚屋さん、八百屋さん、肉屋さんが飲食店を経営しているケースは少なく、ニッチな飲食店と言えます。
●専門の強み。垂直統合のニッチな飲食店
生産から流通までをひとつの事業者がまとめることを「垂直統合」と言います。経営の指南書に書かれている立派な経営戦略です。つまりお魚屋さんの飲食店経営は、高度な経営戦略ということになります。
一方で、飲食店ビジネスへの参入は大変です。すでに市場は固まっています。25兆円規模の大市場ですが成長はありません。それどころかコロナ禍で大変です。
また業態については、私の偏見かもしれませんが、大手の外食チェーン店かラーメン屋か焼肉屋ばかりです。つまり「儲かるかもしれない」と思う業態に集中しています。結果、苛烈な競争です。やがて安売りの道に踏み込んでしまいます。飲食店ビジネスは血だらけです。
それでも先細りの専門食料品店にとって飲食店経営は活路になるかもしれません。それは専門性があるからです。すなわちニッチな飲食店だからです。
ニッチな飲食店で成功するならコンテンツづくりです。コンテンツはネットなどで提供できる独自情報のこと。ニッチな飲食店のお客さまは、この情報を求めています。ニッチであればネットで検索したときに上位に表示されます。広告をしなくても認知度が高まるということです。
専門食料品店であればニッチな情報をもっているはずです。特に「健康情報」は有効です。専門食料品店から生まれる飲食店ビジネスが二つ予測できます。
●予測:食物繊維をおいしく食べる体験。お米屋さんレストラン
ひとつはお米屋さんです。いま雑穀米、麦類などが注目されています。お客さまが求めているのは、おいしいお米やブランド米だけではありません。特に手元に時間とお金がある高年齢層が雑穀米や麦類に関心があります。現代人には食物繊維が不足しているからです。
厚生労働省は食物繊維の摂取目標を1日あたり男性21g、女性18g以上としています。結構大変な量です。しかし雑穀米や麦類なら容易です。この情報提供がポイントです。
しかしどれも白いお米ほどおいしくありません。お米屋さんの知識と技術でおいしい食べ方を知らせる必要があります。レストランで実際に提供して体験してもらうのが一番です。
たとえばの事例です。食物繊維が豊富なかんてん。かんてんメーカーの伊那食品工業が経営するアンテナショップ「かんてんぱぱカフェ」はランチの女性に大人気です。ここも飲食店に販売店が併設されています。ランチを食べたお客さまは帰りにお店で「お土産」を買って帰ります。観察による推定ですが、ランチタイムの客単価はおそらく一般のお店の倍以上と思われます。
情報の提供と実際に食べる体験、さらにその商品も購入できるお店なら人気店になれるはずです。
●予測:世界の未来を救う。お豆腐屋さんレストラン
もうひとつはお豆腐屋さんです。特に注目するべきは「大豆タンパク」です。
気候変動などから食肉をこのまま続けられないと世界中の人が思っています。世界人口の増加、このところの飼料の高騰などもあります。長期的に食肉価格はあがると予想されます。
またベジタリアン人口について、日本では4%ですがドイツやカナダでは10%近くにもなります。さらに世界全体で毎年1%程度増えています(観光庁)。
豆腐や大豆タンパクについては好きとか嫌いとかの問題ではなく、食べる必要性に迫られるのだと思います。
まだ盛り上がらないのは情報が不足しているからです。特においしい食べ方がわからないからです。大豆ミートのハンバーガーだけでは無理ですね。
食べ方の工夫が新しい食材を広げます。たとえばトマトです。16世紀の大航海時代に南米からヨーロッパに持ち込まれました。このトマトが食卓にあがるのは18世紀。200年かかっています。
イタリアで広がったトマトが19世紀になって移民によって北米に持ち込まれました。ここでアメリカの偉大な発明トマトケチャップが生まれました。やがてトマトは世界へと広がり現在に至っています。新しい食材は食べ方の普及がポイントです。
豆腐も含めて大豆タンパクを広めるためには専門店の知識とメニュー提案が必要です。ここに専門食料品店の飲食店ビジネスの機会があるはずです。豆腐や大豆タンパクがたくさん食べられるようになれば世界の未来を救うことになるはずです。
●健康の市場は成長する。コンテンツでは正しい健康情報を
コンテンツの提供で気をつけなければいけないのは正しい情報です。「それは本当ですか」です。
健康情報に関しては、これまでに多くの事件や騒動がおきています。テレビでも納豆ダイエット、白いんげん豆ダイエットなどでトラブルがありました。
また紅茶キノコ、酢大豆、ココア、にがり、バナナ、ブルーベリーなど多くの食品がブームになりました。ときにはスーパーに人だかりができました。
「フードファディズム」とも呼ばれています。フードファディズムは栄養学が専門の高橋久仁子群馬大学名誉教授が提起しました。「食物や栄養が健康や病気に与える影響を過大に評価したり信じること」としています。「これを食べるだけで健康になれる」という考え方です。食品である限り少し食べただけでは健康に大きな影響はありません。
健康の市場も成長しています。たとえば「健康食品」です。これには明確な定義がありません。ドラッグストアなどで売られている「健康食品」はただの食べ物です。
健康食品の販売ではいつも問題が発生します。効果がないのにあるように見せかけるからです。消費者庁のサイトには健康食品会社への行政処分の状況が掲載されています。厚生労働省が認めているのはトクホ(特定保健用食品)、機能性表示食品、栄養補助食品の3つだけです。
健康については関心が高い。お金を払う用意がある。だからビジネスチャンス。しかし、根拠のある正しい情報であることが前提です。健康に関する情報の提供には細心の注意を払う必要があります。
●まとめ:専門食料品店には「ニッチな飲食店」の活路あり
専門食料品店は減少一方で厳しい状況です。これから先も減少するはずです。垂直統合つまり飲食店ビジネスへの参入もひとつの戦略です。
しかし飲食店ビジネスは競争が厳しくて大変です。ここでニッチな専門性を生かしすべきです。特に独自情報の提供(コンテンツ・マーケティング)を行うことで成長が期待できます。健康や未来の食に関連するお米屋さん、お豆腐屋さんに注目すべきです。
<参考文献>
一般社団法人金融財政事情研究会編『第14次 業種別審査事典(第1巻)』きんざい 2020年
佐々木敏『佐々木敏のデータ栄養学のすすめ』女子栄養大学出版部 2018年
高橋久仁子『「健康食品」ウソ・ホント』講談社ブルーバックス 2016年
「飲食事業者等におけるベジタリアン・ヴィーガン対応ガイド」観光庁 令和2年版
2022年5月31日掲載 2024年6月7日改稿