ここでは8つのカテゴリーのうち特定ニッチ飲食店の事例についてレポートします。カテゴリーの区分けは別ページ参照してください。またこのカテゴリーの市場と顧客分析は予測概論を参照してください。
●ニッチな飲食店、イスラエル料理店の「タイーム」
イスラエル料理店「タイーム(Ta-im)」。広尾と丸の内にお店があります。
広尾の店は静かな住宅街にあります。カウンターがメインで席数は9席の小さな店です。ランチは外国人の女性でほぼいっぱいでした。
丸の内の店は皇居前に新しくできた二重橋スクエアの地下1階にあります。こちらの店は外国人の方だけではなく丸の内で働く女性たちがたくさん利用しています。
ここには、ひよこ豆のコロッケ「ファラフェル」やひよこ豆のペースト「フムス」などイスラエルらしい珍しい料理がそろっています。SNSにアップしたくなりそうな料理ばかりです。
広尾の小さなお店からはじまって、2店目を東京の中心地に新しくを出したということです。
イスラエル料理店は都内でも4~5店舗しかありません。全国を探してもあまりありません。ニッチな飲食店です。ニッチでありながらも2店舗を出すというのは積極的です。
しかしイスラエル料理店は、よくある世界の国からやってきた各国料理とは少し違っています。ユダヤ教徒のための「コーシャ」があるからです。
●ユダヤ教徒の食事の戒律「コーシャ」。どうしても必要な飲食店がある
「コーシャ(Koser)」はイスラエルの公用語であるヘブライ語の「コシェル(適正な)」からきているようです。
食材や調理方法などに細かい決まりごとがあります。動物ではひづめがあり反芻動物である牛、羊は食べてよいものとされています。そのほか鶏も食べられます。一方、豚は食べられません。ラードなど豚由来の成分の入ったものも食べられません。
魚類ではヒレとウロコがあるものは食べられます。なのでカニ、エビなどの甲殻類やタコ、イカウナギなどは食べられません。
酒や牛乳、乳製品、卵やパンなどの飲食はできます。さまざまな食べ物にさまざまな規則があります。
ユダヤ教徒のなかでも規律を厳格に守る人は約1割、習慣的に守っている人が約4割いるとのことです。あまり気にしない人もいるようです。
日本にいるユダヤ教徒のおよそ半分の人にとっては、外食する場合は安心して食事のできる専門レストランが必要ということになります。
●イスラエル料理で日本人客を開拓する
日本のイスラエル料理店でターゲットとなるお客さまはどのくらいいるのかです。とても気になります。「お客さまはだれなのか」はマーケティングに基本中の基本です。
イスラエルの人口は934万人。そのうちの74%、約690万人がユダヤ教徒です(2021年外務省)。またユダヤ教徒は全世界で約1,400万人いると言われています。米国には約570万人のユダヤ教徒がいるとされています*。したがって、この2つの国に全世界の約9割のユダヤ人がいるということになります。
当然ですが、日本にいるイスラエル人やユダヤ教徒はわずかです。外務省によると、日本に在留しているイスラエル人は608人(2020年6月)。2019年にイスラエルから日本にやってきた人は44,214人(日本政府観光局)。米国からユダヤ教徒がどのくらい日本に来ているかはわかりません。しかし極端に多いとは思えません。
また日本からイスラエルへの訪問人数も26,100人(2019年)。それほど多くはありません。「イスラエル料理がなつかしくてたまらない」という人は少ないと思います。となるとこの店では、イスラエル料理を知らない日本人に食べてもらい好きになってもらう必要がありそうです。
イスラエル料理は日本人にそれほどなじみがありません。しかもコーシャの料理です。広尾の店、さらに丸の内の新しいビルという一等地の店に、たくさんの日本人のお客さまに来てもらうためには、大変な努力が必要になると思います。このチャレンジする精神はどこからくるのでしょうか。
●「12回目の失敗までは許す」。イスラエルという国のチャレンジの精神
イスラエル人らしい「失敗を恐れずに挑戦する姿勢」があるのだと思います。
1948年建国のイスラエル。若い国です。1956年に126万人だった人口は2021年に934万人になりました。800万人の増加、人口は7倍です。食べていくためには必死にならざるを得ません。
一人当たりのGDPは成長を続け、日本よりも高く世界でも上位です。ベンチャーへの投資額や国民一人あたりの起業率の高さでは世界有数。スタートアップ・ネーションとも呼ばれています。教育への投資は惜しまず、ノーベル賞の受賞者も世界で断トツに多いユダヤ系の人びとの国です。
イスラエル建国当初の厳しい状況のなかで「あえて何かを始めない限りは、問題が解決しない」ことを肌身で感じているのだと思います。
イスラエルでは道端に「Enjoy your troubles, it’s life. (失敗を楽しもう。それが人生じゃないか)」と書かれているとのこと。失敗についても寛容で、ベンチャー投資家の発言として「12回目までは許す。13回目は本当の失敗」という記事も読みました。
この店は綿密に計画し、戦略・戦術が練り、起業家精神を発揮して日本人のお客さまを集めようとしているのだと思います。
宗教食コーシャの店というニッチな飲食店というポジションに甘んじることなく、日本でビジネスを成功させるという意思が感じられます。イスラエル人の生き方がすごいですね。
<参考文献>
*『訪日イスラエル人ウエルカムハンドブック』国土交通省中部運輸局 2018
米山伸郎『知立国家 イスラエル』文春新書 2017
Webサイト:academyhills グローバル・アジェンダ・シリーズ2017 第2のシリコンバレー:イスラエル流・起業家マインドの鍛え方。榊原健太郎