前のページで「ニッチな飲食店」を8つに分類しました。そもそも「ニッチな飲食店」は小さく、か弱い飲食店です。それをどのように繁盛店にするのかが難問です。ニッチの本家、生態学にヒントをもらいましょう。ターゲットと社会の課題を考えることが大きなポイントです。
1.生物学の学びを社会に生かす
生物学の研究は社会に大きな影響を与えています。オタマジャクシがカエルになるのを観察するだけではありません。
「バイオミメティクス」。日本語では生物模倣です。生き物を観察し研究して、その模倣によって新しい技術を生み出すことです。
グライダーの発明者、オットー・リリエンタールは鳥の飛ぶようすを観察してグライダーをつくりました。グライダーはやがて航空機へと発展しました。
かんたんにくっついて、くり返しはがせるテープ。ジャギジャギでベリベリのテープです。動物の毛にくっついて種を遠くに運んでもらう植物(オナモミ)の仕組みから生まれました。
ヨーグルトの蓋。かつてはヨーグルトの蓋の裏側にはヨーグルトがぺとっとついていました。ペロっとなめましたよね。いまは蓋の裏にヨーグルトは残りません。ロータス効果とよばれるハスの葉の撥水構造の研究から生まれた技術です。
技術だけではありません。生物学と社会学を結びつけた社会生物学という分野も生まれています。社会におけるヒトの利他的行動や親子関係などを研究しています。
同じように生態学からの学びを現代の飲食店マーケティングに生かせるはずです。
2.「ニッチって、なにさ」。3つの分野のニッチとその誤解
ニッチは古代ローマ皇帝ネロの時代からはじまりました。彫像や花びんを置く壁や柱のくぼみのことをさす建築用語です。
生物学でニッチという言葉を使った先駆者はジョゼフ・グリネル。1917年に鳥の研究でニッチという言葉を使いました。生息する場所を説明するために建築用語のニッチが使いやすかったようです。
さらに1980年にマーケティングの神さまとよばれるP・コトラーが「競争地位別戦略」のなかで「特定の小さな市場」をニッチとして説明しました。(詳しくは別ページ「ニッチの父は建築学…」をご覧ください)
マーケティングのニッチから日本では「ニッチはすき間」とされてしまいました。「すき間ビジネスじゃ小さくて儲からないね」みたいな言われ方です。誤解です。個人的には悔しくてハンカチが涙でビショビショです。マーケティングでのニッチはすき間ではなく「独自の地位」と考えるべきです。
3.生態学のニッチはパズルの「ピース」
生態学でニッチは生態的地位とされています。生物学者の稲垣栄洋教授が著書『弱者の戦略』のなかでニッチをわかりやすく説明しています。ニッチはジグソーパズルのピースとしています。
すべての生物は自分だけのニッチを持っている。まるでジグソーパズルのように多くの生物によりニッチが埋められていく。(P76)(中略)長い生物の歴史の中で、ジグソーパズルのピースは全てはめられて地球上のほとんどのニッチがすでに埋められている。(P93)
地球の環境全体が大きなジグソーパズルになっていて、あらゆる生き物がそれぞれにパズルのピースを持っている。そのピースで地球全体が埋まっているということです。
わかっているだけですが地球上の生物はおよそ175万種とのこと。地球の生物環境は175万枚のピースでできたジグソーパズル。ひとつの種にひとつのピースがニッチです。原則的に重なりあうことはありません。独自のものです。
4.ニッチの確保は「ずらす」そして「新しい環境」
(1)ニッチをずらす
生物界ではニッチが重なる場合には競争がおきます。戦いです。もちろん強者が勝ちます。でも敗れたものは西部劇のガンマンのようにバッタリたおれて死ぬわけではありません。敗れた生き物は「やばいよ、やばいよ」といいながら逃げていきます。逃げていって新しい棲みかを確保するのです。これを「ニッチをずらす」というようです。
世の中のすべての生物が、ナンバー1になれるニッチを探し求め、他の生物とニッチが重ならないようにニッチをずらしていく。これが「ニッチ分化」または「ニッチシフト」と呼ばれる現象である。(P75)
同じサバンナに暮らすキリンとシマウマ。キリンは高木の葉を食べ、シマウマは地面の草を食べています。食い分けです。食べる餌(エサ)をずらすことでニッチが重ならないようにしています。
(2)新しいニッチを確保する
地球上のほとんどがピースで埋まっているとなると新しいニッチを手に入れるのは難しいということでしょうか。しかしそうでもなさそうです。環境の変化があるからです。稲垣教授はこう説明しています。
もし、椅子取りゲームの椅子が新たに置かれるとすれば、それは大きな変化が起こったときである。洪水や山火事などの大きな変化は全ての生物にとって大きな脅威である。しかし大きな変化はニッチが空白となり、新たな椅子が置かれるチャンスでもある。その椅子を見つけて早く座るというのも有力な戦略だろう。(P95)
環境の変化によって新しいニッチが生まれ、いち早くそれを手に入れることでニッチをつかむチャンスがあるということです。
5.「ニッチな飲食店」の2つの大戦略。ターゲットと社会の課題
小さく、か弱い「ニッチな飲食店」が厳しい飲食店ビジネスのなかで生き抜いていくための方法も、前述のやり方です。ニッチをずらしたり、新しいニッチを獲得したりすることです。具体的にはどういうことでしょうか。
(1)食い分け。ターゲットの選定
どの層のお客さまをエサにするか。エサとはひどい言い方ですが、なりゆきですいません。つまりターゲットとしての顧客をだれにするかです。
「ニッチな飲食店」にとって、これが肝心かなめの一丁目一番地の最優先です。ターゲットはマーケティングで最も大切な考え方のひとつです。
シマウマもキリンも異なるエサを食べています。食い分けをしなければ競争、戦いになってしまいます。ビジネスでもどこの層をターゲットにするかを間違えると戦うことになります。そうならないようにするべきです。
多くの飲食店は「来てくれるならだれでも」が基本です。牛丼店なら「サラリーマン」、ファミレスなら「家族」。このぐらいのはずです。ターゲットを選ぶというほどではありません。しかし「ニッチな飲食店」はターゲットの選定が運命の分かれ道です。
ハラール・ラーメン店が東京都内に何軒かあります。狂気のラーメン好き日本人もたまに見かけますが、ターゲットとなる顧客は来日するムスリム観光客に限られます。
薬膳料理店が最近少し増えています。なんとなく身体に不調がある。しかし医者にいっても改善しない。西洋医学や科学ではいまのところ答えが出ていない不調です。
これについて厚生労働省も「補完代替医療」のひとつとして取り組みはじめています。
薬膳料理店のお客さまは、この「なんとなく身体に不調がある」方。そしてその多くが女性です。限定的なターゲットです。
生き物のニッチに見習って食い分けをすること、つまりターゲットを絞って選ぶことが「ニッチな飲食店」のひとつの大きな戦略です。
(2)新しい環境。社会の課題に取り組む
人間社会の変化は、自然界よりも大規模で、速く、しかも複雑です。自然界よりも新しいニッチを確保する機会がはるかに多く生まれているはずです。
社会が変化すると、社会に問題が発生し、解決すべき課題が生まれるということです。灼熱の夏と風水害の気候変動、経済が縮む少子高齢化、心が痛む子どもの貧困、国際紛争と戦争、家計に響く物価高騰…。数えだしたら止まりません。
喫緊の課題である気候変動の対策ではCO2削減のために食肉をやめることがひとつです。ビーガンやベジタリアンなどが広まっています。日本ではこれらの飲食店があまりありません。来日した外国人旅行者が困っています。ここにニーズとチャンスがあります。
日本の子どもの貧困率は11.5%(厚生労働省「国民生活基礎調査」)。以前より改善しましたがまだまだです。令和は格差社会。ボランティアの子ども食堂が増えています。
飲食店の新しいビジネスとは言えません。しかし貧困という社会課題に応える飲食の仕組みが必要であることは間違いありません。
解決すべき社会課題からニーズとチャンスを考えることも「ニッチな飲食店」の大きな戦略のひとつです。
6.「ニッチな飲食店」の8つの分類をさらに分析する
ここで「ニッチな飲食店」のターゲットと社会の課題という二つの大きな戦略について考えてみました。ここから前ページの「ニッチな飲食店を8つに分類する」をあらためて眺めてみることにします。
ターゲットで考えると③愛好、④特定、⑤時間の「ニッチな飲食店」は限定されたターゲットになります。⑥地域も少し微妙ですがターゲットは限定されています。
社会の課題としては①健康と②提案の「ニッチな飲食店」が社会課題の解決に応えようとしています。
⑦成長の「ニッチな飲食店」については市場での成長を目指すことから、特定の社会課題の解決はできません。もちろんターゲットも限定できないと思います。競争が必要になるはずです。
⑧曖昧の「ニッチな飲食店」。そうめん専門店とか豚生姜焼き定食の専門店などのような飲食店ビジネスです。ターゲットも限定されていませんし社会課題の解決もなさそうです。珍しいことから「ニッチな飲食店」の雰囲気はあります。しかし「ニッチな飲食店」とすべきかどうか曖昧です。
詳細はそれぞれのページで論じます。
7.まとめ。最後の勝利はニッチ
「ニッチな飲食店」ビジネスは進化の歴史から学ぶことも多くあります。稲垣教授は『38億年の生命史に学ぶ生存戦略』のなかでこう語っています。
私たちの目の前にいる植物や生き物たちは、すべて三十八億年の進化の歴史の中で勝ち抜いてきた勝者たちである。この進化の歴史の中で、生き物たちは勝ち抜き、生き抜くための「戦略」を発達させてきた。そこには、たくさんのチャレンジがあった。さまざまな試行錯誤が行われてきた。(中略)どんなに弱そうに見える生き物でも、どんなにつまらなそうに見える生き物でも、すべて生き抜くための戦略をもっているのだ。(P3)
生態学のニッチは厳しいながらもロマンがあふれた考え方です。最後は弱者も生きる場所を探し出して勝利するからです。
「ニッチな飲食店」は名曲にたとえて言うなら「♪世界にひとつだけの店。ひとつひとつが違うオンリーワンでナンバーワンの店♪」です。ひとさし指を立てて歌いながら言ってみました。
生態学のニッチ戦略というフィルターを通すことで、まだ発見していない飲食店ビジネスの機会が見えてきます。最後はやはりニッチです。
「これだな。う~んスバラシイ」。我田引水に自画自賛でジコチューの陶酔。でも「38億年もかかるじゃないか」というツッコミもありそうですね。
<参考文献>
成美堂出版部編『生物に学ぶ技術の図鑑‐生物模倣技術<バイオミメティクス>の知恵』成美堂出版 2018
鷲谷いづみ・後藤 章『絵でわかる生物多様性』講談社 2017
ジュリア・シュローダーほか/鷲谷いづみ訳『生態学大図鑑』三省堂 2021
稲垣栄洋『弱者の戦略』新潮社 2014
稲垣栄洋『38億年の生命史に学ぶ生存戦略』PHP 2020
2024年9月28日掲載