ニッチ・ビジネスの命の源は価格です。原価から価格設定はしません。ましてや安い価格で販売するのは命取りです。値付けにチカラを入れて、希望する価格で販売しましょう。
ニッチな飲食店のお客さまは、すでに、その金額を支払う心の準備ができています。安いものを食べたいと思っていません。
1.ニッチな飲食店はお店が続けられる利益が必要
ニッチな飲食店によく伺います。案外お安いことがあります。「よそより高い金額はつけられない」と思われているかもしれません。しかし、ニッチの価格については、マーケティング界の巨匠、P・コトラーも高い利益率を確保すべきだといっています。
…ニッチャーはコストをはるかに上回る価格を設定することができる。マス・マーケターが高い売上高を達成するのに対し、ニッチャーは高いマージンを達成する。(『コトラーのマーケティングマネジメント』第7章 競争への対処)
P・コトラーは、競争地位別戦略として市場のプレーヤーをリーダー、チャレンジャー、フォロワーとニッチャーという4つに分類。それぞれが、市場の中でどのような戦略をとるべきかについて説明しています。
ニッチャー(ニッチ・ビジネスの事業者)は、大きな企業が手を出さない小さな市場で一番になる。お客さまは限られた人。独自の商品やサービスを提供し、それにより高い利益を得る。としています。(詳しくは別ページをご覧ください)
ニッチな飲食店は大手の外食チェーン店とはちがいます。あえていうと「高い価格」で販売すべきということです。ニッチな飲食店ならば、店として継続できる価格、店が「この価格で売りたい」という希望価格を設定する必要があります。
2.市場は小さい、競合はいない、お客さまは払うつもりがある
高い価格でもかまわないということには理由があります。
(1)お客さまが限られる小さな市場
利益をあげる重要な要素は3つです。①売上高、②仕入れのコスト、③販売する価格です。
大手の外食チェーン店は、たくさんの人にきてもらい、売上高を大きくして大量仕入れする。それによって仕入れコストを低くおさえることができます。これで利益を確保します。カンタンに言うと「薄利多売」です。
ニッチな飲食店はニッチですから、たくさんのお客さまに来てもらうことはできません。したがって、大きな売上はありませんし、コストをおさえて仕入れることもできません。利益を確保するためには、しっかりとした利益が得られる価格を設定するしかありません。
(2)ニッチな飲食店は価格で競争しない
ニッチな飲食店には競争するようなライバル店はありません。なので価格で競争する必要はありません。おとなりの店のメニュー価格は気になるかもしれません。でも、気にしないこと。知らぬが仏。「知らぬがほっとけ~」でいきましょう。
安い店に行くお客さまは、ほかに安い店があれば、またそちらに行きます。安い店を求めて旅する人です。安い価格で勝負をはじめると永遠の苦しみがはじまってしまいます。
孫子の兵法でも「戦わずして勝つ(戦わないで勝つことが最高)」といっています。価格競争はしないことです。
(3)お客さまは支払う用意がある
ネット社会です。はじめての飲食店に行こうと思ったら、検索してから行きます。お客さまは店の雰囲気も評判もメニューの価格も確認してのご来店です。ニッチな飲食店で安く食べたいとは思っていません。
「これは安い」という価格を見たときに「大丈夫かな」と思いますよね。クルマでもファッションでも、しっかりとしたブランドのあるお店は、しっかりとした価格をつけています。信頼される商品をつくっている証拠でもあります。そこに来るお客さまは、その商品にお金を払うつもりで来店します。
3.ニッチな飲食店の上手な価格戦略の事例
(1)かき氷専門店の価格設定
価格戦略がうまくいっている例は、東京・谷中銀座のかき氷の専門店「ひみつ堂」です。かき氷で一年通して営業しています。ニッチですね。
「ひみつ堂」のヒミツは新商品戦略です。高品質の果物などを使い、工夫された新商品を季節ごとに出しています。飲食店ビジネスのお手本のようなお店です。
しかし、このお店の成功の本質は価格戦略だと思います。かき氷1杯が1,400円から1,800円。なかには2,000円を超えるものもあります。おじさんはびっくりです。おもわず、ポケットの財布をもう一回握りしめてしまいました。「大丈夫、そのぐらいならもっているから」。
「どうしても食べたい」という人が店の前に、連日何十人と並んでいます。みなさん、価格などはすでにネットで調べて十分ご承知だと思います。他にはない「ゴージャスなかき氷」を経験したいと列にならんでいるはずです。
(2)低価格からの値上げ
2022年ごろから物価が上昇しています。ニッチな飲食店で低価格メニュー提供をしているなら検討の機会です。
支援している飲食店は「もともと、オープンのときに安いメニュー価格を設定してしまった」とのこと。2019年10月の消費増税のときに価格改定、値上げを決断。全体で13%の売上げアップを目標に価格を改定しました。
お客さまが減少しないか。心配でドキドキでした。結果はコロナ禍前までの5か月間は売上が過去5年平均比の118%となりました。
2024年の現在では売上はコンテンツ・マーケティングの効果もあり130%以上までにあがっています。
ニッチな飲食店のお客さまは価格で来店するわけではない。「ニッチを目的に来店する」とはっきり確認できました。
4.低価格によるニッチな飲食店の成長戦略
かならず高価格というわけではありません。事業を拡大する場合に低価格にすることがあります。ペネトレーションプライス(初期低価格)政策です。
(1)牛丼の「吉野家」の低価格化と市場の拡大
牛丼市場は外食のなかでも大市場でプレーヤーが多数存在します。しかし昭和30年代まで牛丼店はニッチな飲食店でした。
図は先駆者である「吉野家」の牛丼(並盛)の価格推移です。消費者物価指数で現在価値に換算した価格と比較してみます。時間の経過(吉野家の成長)とともに実質的な価格が低下していくことがわかります。
1965年の牛丼価格は120円、現在の価格にすると500円弱です。当時の「吉野家」の年間売上高は1億円弱とのこと。牛丼市場というのはありませんでした。
2020年、牛丼は387円(税込)。「吉野家」のグループ全体の売上高は2,162億円。競合店も含めた牛丼市場全体では約3,800億円にもなっています(外食産業マーケティング便覧2018)。
ニッチな飲食店ビジネスだった牛丼ビジネスは世界にも広がる大きなビジネスになりました。ニッチな飲食店のビジネス成功例だと思います。別ページでも紹介しています。詳しくはそちらをご覧ください。
(2)一杯5銭のコーヒー。「カフェーパウリスタ」の低価格戦略
コーヒーは大正期に急速に日本の社会にひろがりました。現在も銀座にある「カフェーパウリスタ」。このお店の初期の低価格戦略によってコーヒーが日本に定着しました。
新製品を低価格で販売。急速に市場を成長させて利益を確保する低価格戦略(ペネトレーションプライス戦略)の成功例です。
「カフェーパウリスタ」は当時、銀座で一杯30銭だったコーヒーを、破格の一杯5銭で販売しました。現在の価値に換算すると200円弱。この価格は、ブラジルのコーヒーの販売促進戦略のあと押しがあったことで可能になりました。
ブラジル・サンパウロ州政府は「カフェーパウリスタ」創業者の水野龍(みずのりょう)が移民事業に貢献したことの見返りとして年間60トンのコーヒー豆を12年間無償で提供したのです。
大正初期の日本のコーヒー豆の消費量は年間80トン。年間60トンの無償のコーヒー豆はとてつもない量でした。ここから一杯5銭のコーヒーが生まれ、お店は大盛況。全国に20店舗以上が展開され、世界で最初のコーヒーチェーン店ともいわれました。
「カフェーパウリスタ」の低価格戦略により日本人は本格的にコーヒーを飲むことになりました。詳しくは、別ページのブログをご覧ください。
5.ニッチな飲食店は、価格に「チカラ」を入れる
ニッチな飲食店は価格設定で間違うと、あとあと大きな影響がでてしまいます。価格の設定には時間と労力をかけたいですね。
(1)支払い額に対するお客さまの心づもりを知る
ニッチなメニューにお客さまがいくら支払うつもりがあるかを注意深く、慎重に調べる必要があります。「安いほうがいい」というお客さまは、本当のお客さまではありません。安ければ、どこのお店にでも行ってしまうお客さまです。
価格の決め方について、これまでは仕入れのコストに利益をのせて売り値にするという方法が多かったと思います。コストプラス法です。競合のお店や業界相場などを参考にする方法もあります。しかし、どちらもニッチな飲食店の場合には不向きです。
ニッチな飲食店では、お客さまの支払いそうな額で価格を決め、そこから利益を確保し、残った額を食材などのコストとする方法がいいと思います。
お客さまの支払い能力、ふところ具合については、まわりの人の意見を聞くのもいいですね。お客さまと話をしながら聞いてみることも大切です。そのほかアンケートを使う調査方法(PSM分析など)もあります。
価格設定には、さまざまなモデルがあります。飲食店でも話題になっている「サブスク」。USJが取り入れた「ダイナミックプライシング」。ネットビジネスでは「フリーミアム」などがあります。最近、たくさんのパターンが出てきています。
価格の設定は大切な問題です。日本の企業でも、いままで、ここがないがしろになっていました。「低価格にしてたくさん販売」は古い日本の考え方です。これからは、価格の設定について、常に注目しておく必要があります。
(2)価格はニッチな飲食店のブランドです
ニッチな飲食店ビジネスにはブランドが大切です。低価格では「大丈夫なの」と思われてしまい、大切なブランドがこわれてしまいます。安売り、値引きキャンペーンもやってはいけないことの大原則です。
払うつもりのあるお客さまに、さらに安い価格で提供しても喜んでいただけません。むしろ、不愉快な思いをさせてしまいます。
もうひとつ大切なのは説明です。お客さまはニッチな飲食店で小さなゴージャス体験をしたいと思っています。そのメニューはどうして、ちょっとだけ高い価格になるのかをできるだけ説明しましょう。
SNS、Webサイト、お店のPOP…さまざまなツールが利用できます。伝えようとしないとわかってもらえません。「いいものだから、いつかわかってもらえる」では楽観的すぎます。お客さまに気持ちよく払っていただく工夫をしましょう。
ということで、ニッチな飲食店は、これからも価格について研究していく必要があります。近くのお店との価格競争になってはいけません。戦ってはいけないのです。価格戦争に加担しないことが唯一の勝利の法則です。
戦争に勝つためには、戦争に参加しないこと。日本国憲法の第9条の考え方ですね。高校生のとき以来、読んでいませんが、いつかまた読んでみたいと思います。
<参考文献>
ハーマン・サイモン『価格の掟(おきて)』中央経済社 2019
M. ラマヌジャム, G. タッケ『最強の商品開発』 中央経済社 2018
白井美由里『このブランドに、いくらまで払うのか』日本経済新聞社 2006
フィリップ・コトラー『コトラーのマーケティングマネジメント』ピアソンエデュケーション 2004
槙野咲男『吉野家の牛丼280円革命』徳間書店 2002
2021年1月19日掲載 2024年8月8日改稿